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main course ― 主料理

接触

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「櫻井、おめでとう」

 法廷から事務所へ帰ってきた途端に、同僚の吉井から声を掛けられた。

「ありがとう。早いな。もう知ってるのか?」
「さっきからニュースで流れてるよ。いい男に映ってるぜ」
「あははは……なるほど」

 日本のマスメディアは子供だと、こういう時痛感する。事件の真相よりも、警察の怠慢よりも、途方もなく長い時間を無駄に過ごした冤罪による被害者よりも、無罪を勝ち取った弁護士がちょっとテレビ映えする顔の作りなら、そこに飛びつくのだ。

 それを利用して売名行為する者も確かにいる。どっちもどっちと言われても仕方ないのだが、祭り上げられテレビでチヤホヤされて、本来の仕事がおざなりなった人間ならいくらでも見てきた。最終的な職業欄には「タレント」とでも書けばいい。俺にはまったく興味の無い話だ。


 デスクに戻れば、事務員の安田さんの達筆な字でメモ書きが数枚。そのうち、三枚はテレビの取材依頼。もう一枚は……

 ピクッと頬が震える。

 俺はメモを手に、安田さんのデスクへ足を運んだ。
 ベリーショートにメガネ。中性的な雰囲気を持つ安田さんは電話対応に追われていたが、デスク前で足を止めると、タイミングよく受話器を置いてくれた。

「安田さん、メモありがとう。悪いがこの三件は丁重にお断りしてくれないだろうか?」
「あ、櫻井さん。お疲れ様です。ふふ。かしこまりました」
「かしこまらないでくれよ」
「ふふふ」
「ところでさ、このメモは?」

 若干声を潜めて、安田さんに四枚目のメモを見せた。

 ―― tears of blood ――

 電話を受けた時間の下に、素っ気なく一行書いてある英字。そのメモ用紙を見て安田さんが俺を見上げた。

「ああ。それ、すみません。私もお名前をお伺いしたのですが、教えていただけませんでした。ただ、店の名前だから、櫻井さんに言えば分かるとおっしゃって。こちらから折り返しお電話差し上げますと、連絡先もお伺いしたのですが、それも結構だと」
「ふむ。一時間前なんだね? で、相手は男性……?」
「そうですそうです。男性です。その時間に電話がありました」
「分かったよ。ありがとう」

 安田さんは仕事に戻る素振りも見せず、興味津々という表情でこちらを見上げたまま。
 仕方なく事実を『曖昧に』説明した。

「先月だったかな? 学生時代の友人と飲みに行ったんだよ。久しぶりで飲みすぎちゃってね? 酔ってて覚えてないんだけど、マスターと意気投合して、きっと名刺を渡したんだろうね? 多分、また飲みに来てね! っていう営業じゃないかな?」
「あーなるほど! 確かに、その男性ちょっとそんな感じでした。親しげと言うか。お友達のような話しぶりで。だからお名前もお伺いしたんですけどね」
「うんうん。気にしなくていいよ。今度、電話があったら適当にあしらっていいから」
「かしこまりました」

 安田さんはやっぱりかしこまって、にっこり微笑むとうやうやしく頭を下げた。

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