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「伊織、蒼君からのメッセージも電話も無視してるの?さっき蒼君から電話あったわよ。」

蒼のメッセージに返信をしなくなってから2週間ほど経ってから蒼は電話をしてくるようになった。忙しいだろうに・・・

そしてその電話を俺は取ることができないでいたんだ。そればかりかこれまでも見ていたいじめられていた時の夢に加えて蒼に嫌われる夢を見るようになってしまって睡眠時間が短くなっていた。一度寝ても2~3時間で起きてしまう日々を繰り返していた。

「・・・蒼に嘘ばかりつくのが嫌なんだ。」

「そっか。ねえ伊織、最近眠れてないんでしょ?クマ酷いよ?ご飯もまだ食べるの難しい?体重もどんどん減って母さん心配だよ・・・」

眠れていないことで
「ごめんね、母さん。俺頑張るから・・・」

母さんの泣きそうな顔が嫌で、食事の量を増やしたけれどどうしても異物を入れられた給食を思い出してしまって後々気持ち悪くなって吐いてしまった。

自分という人間が嫌で嫌で仕方なくて、自分の存在が恨めしくて嫌悪感を感じてしまっていた。

それでも、家族は俺を必死に支えてくれていたしテレビに映る蒼を見ると少し元気になれた気がしたからどうにかギリギリで生きていけていた。

だが12月に入ったばかりの金曜日。同じ日に3人も俺のもとに訪問者が現れた。

「伊織、鈴木君と橋下君って子が来てるんだけどどうする?」

裕貴と晋作・・・俺に何の用事なんだよ。俺にとっては彼らはもう友達じゃないんだよ。

「会わない。」

「分かったわ。」

そういえば2人も北高に受かってたんだった。俺が北校をやめてからもう1ヶ月以上経っているしなぜ今訪ねてきたのかが分からなかった。

「伊織?何度もごめんね?母さん、少し出掛けてくるから留守番お願いね。昼ご飯下に用意しているから授業の動画見終わったら食べなさいね?」

「うん。ありがとう母さん。」

母さんは毎日毎日俺が少しでも食べられるようにと試行錯誤してくれている。それでも食べられないことが申し訳なくて仕方ない。

「あ・・・蒼だ。」

テレビに蒼の出ているCMが流れてきて、昔より大人っぽくなって背も高くなった蒼を見つめる。

蒼はキラキラ輝いている。たくさんの人から応援されて、たくさんの人の声援を受けて、たくさんの人から愛されている。明るい場所にいる。

数年前までは俺と蒼は同じ空間にいて同じように過ごして、お互いがいれば良くて、何でも話せて、一緒にいると落ち着いて、大親友だって全力で言えた。

なのに今は俺はこの家から出ることすらできなくて、ご飯も食べれなくて、眠ることもできなくて、学校にも行けない。虚しかった、悔しかったどうにかしたかった。お母さんが作ってくれた昼ごはんを部屋に持って行って無理やり食べてみた。怖くても口に入れて飲み込んだ。

でも吐いてしまった。

もう嫌だった。何もかもが嫌だった。

自分のことが嫌いで嫌いで仕方なくて、涙が溢れた。この涙は悔しいからなのか辛いからなのか悲しいからなのかよく分からないけれど、止めることができなかった。

「ぅ、、、ぅ、、、そうっ、そぉ、、、っ、、うっ、、」

居るはずもない蒼の名前を呼んで助けを求めた。本当は蒼に話したい、会いたい、声が聞きたい、メッセージを送りたい。

でも、こんな俺が蒼に時間を使ってもらうなんて申し訳なくてどんどん蒼が遠くなっていって自分がどんどんふつうじゃなくなっててその現実を見たくなくて蒼を無視した。

無視されることが辛いことを知ってるのに無視した。蒼は見捨てることなく毎日忙しい中で電話をしてくれてるし蒼とのトーク画面は蒼からのメッセージで埋まっていた。

-伊織、どうした?

-伊織、電話に出てくれ。

-伊織に会いたいよ。俺今日も撮影行ってくる。今日は雑誌。

-ただいま、今帰ってきた。明日はダンスレッスンがあるから早く寝なきゃいけねえのに全然眠くない。

-おはよう、レッスン行ってくる。

-今日のテレビ収録超高級弁当出た!

-伊織、再来月新曲出るぞ。俺またセンターさせてもらえる。

-なあ伊織、なんかあったか?大丈夫か?

-俺には話せねえ?

-おやすみ

-おはよう、今日はドラマ撮影行ってくるな。

-電話、出てくれねえの?

-返さなくていいけど既読はつけてろよ。じゃねえとお前の生存確認できねえ。

こんな風に毎日何度も送ってくれるメッセージに既読だけをつける日々が続いている。

蒼のことが大好きなのに、蒼の迷惑にしかならない自分が本当に嫌いだ。いじめられたのだって自分のせい、もっと抵抗できたのにしなかった。耐える道を選んで助けを求めなかった。

「もぅ、、いゃだ、、、、そう、、、たすけて、、」

どれぐらい泣いていたのか分からない。止めたくても涙は止まらなくて、涙が一筋また一筋と頬を伝る度に蒼の名前が口から漏れた。

ふと俺の体を誰かが包み込んだ。ギュッと強く抱きしめられた。

「バカ、何でこんなになるまで頼らなかったんだよ。バカ伊織、バカだ、伊織はバカ野郎だ。」

俺が昔聞いたのよりも低くなった声。でもファン第一号の俺はテレビやラジオから何度も聞いた声。

「うぅぅぅ、、そ、そぅ、、?」

「ごめん。こんなになるまで放っててごめん、無理してでも会いに来なくてごめん。」

「~っ、、ぅ、、、」

子供みたいに泣き疲れて眠ってしまうまで俺は蒼の腕の中で泣き続けた。だって本当は辛くて辛くて仕方なかったから。いじめられて平気なわけなかった、嫌だった。無視されたのも、痛いのも、変なもの食べさせられたのも、全部全部嫌だった。助けて欲しかった・・・

こんな自分になりたくなかった。

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