伸ばしたこの手を掴むのは〜愛されない俺は番の道具〜

にゃーつ

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知らない人が俺の近くにしゃがみ込んだ。

ピアスをしててなんだかちょっとチャラい感じがする人。その人は優しそうに微笑んで、

「はじめまして、俺は理玖って言います。君の名前は?」

「えっと、、、、俺の名前、、、」

名前、、、俺の名前って、、なんだっけ。

あ、そうだ、楓だ。

「、ぁ、、か、楓」

「楓君だね。よろしくね。」

名前を呼ばれたのはかなり久しぶりで、自分の名前すら思い出せなかったことに驚いた。ここに来て初めて自分の名前が呼ばれた。

「はい、、、。」

よろしくってどういうことだろう。もしかして、次はこの人の子供を産むのかな。でも、柊さんと番になってしまってる俺は別の人には拒絶反応が出てしまう。それに、もう産みたくない、、、。

「あの、、、、」

「ん?何?」

「俺、もう産みたくないです、、、」

「え?」

「ぁ、、、ごめんなさい、、、ごめんなさい、、、産む、、産むから、、、ごめんなさいっ、、」

「楓君?俺は君に子供を産ませるためにここに来たわけじゃないよ?」

え、、違うの?

なら、なんで?分からないことだらけだった。俺とちゃんと会話してくれる人なんてここに来てから初めてだった。この人は、何?

「楓君、単刀直入に聞くよ?君は、柊結弦の子供を無理やり産まされたのか?」

「っ、、、」

「それは、肯定と受け取っていいね?それに、匂いがしないってことは君は兄さんに番契約をされているね?そして今、番欠乏の症状で起き上がることができない。違う?」

本当のことを否定することはできない。でも、この人が何者なのかが分からなくてどうしたらいいのかが分からない。

「あの、、あなたは?」

「ん?さっき言った通り理玖だ。」

「ぇっと、、、何者なのかが、、分からなくて、、」

ここに来て会ったことがあるのは柊さんとその奥さんといつもくるお医者さん、あとはいつも来てくれるメイドさん。俺はその4人しかしらない。

「怖がらないで聞いてね?俺は柊理玖。柊結弦の弟だ。」

それを聞いて体が震えてしまった。怖い。単純にそう思った。

「大丈夫、俺は兄から君を救たくてここに来たんだ。兄がしていることは大罪だ。君をここに監禁してこんな状態にしている。このままでは君は死んでしまう。」

「・・・いいんです。」

「え?」

「死んでいい。」

「な、なんで、、、?」

「なんで?じゃあ、なんで死んじゃダメなんですか?」

死んじゃダメな理由が俺には分からなかった。こんな状態では子供だって産めないだろうし、もう邪魔なだけだろうし。

「君は生きていたくないの?」

生きていたく、ない。
だって、俺は生きていたって道具にされるだけ。最近では少しの食事も吐いてしまう時もあるし、トイレだって1人では行けない。起き上がることもできない。こんな状態で生き続けたいと思うのか?

自分の産んだ子供にも会えず、自分の番にも会うことができず、愛されもせず、自分の体が弱っていくのを感じる毎日。

そんな日々で生きる希望なんて生まれるわけがない。俺は馬鹿だから何度も何度も期待した。子供を産めば、愛してくれるかも、もう1人産めば、次こそはって、、、

でも、願った願いは一度も叶わなかった。

「もうやり残したことは、ない?」

「・・・・・・。」

やり残したこと、、、、、。

「・・・会いたい人もいない?」

「・・・俺が、、俺が産んだ子供に、、、会ってみたいっ、、、でも、、、」

「でも?」

「会いたくない、、、、」

「どうして?」

「辛かったことを、思い出すからっ、、、俺はきっと、俺が産んだ子供に恐怖を感じてしまうっ、、、ここから声が時々聞こえるから、それで十分です。」

本音だった。窓から遠くに聞こえる子供の声を聞きながらすごす日々の中で会いたいという願いを諦めることがずっと出来なかった。

出来たことのない家族という存在、自分と血のつながった存在、、、俺のお腹を蹴っていた子供達。

でも、会いたくないのも本音だ。怖いから。俺にとっては自分のお腹の中で育てた大切な子供であることも事実だが、柊さんとの子供。あの冷たい瞳や俺を道具のように使う彼の行動を嫌でも思い出す。それが怖くて仕方なかった。

だから、会いたくなかった。お腹の中にいたあの10ヶ月の思い出だけで十分だと思った。会話ができたわけでも顔を見れたわけでもないけれど、俺の体は覚えてる。確かにあの子たちは俺の中にいたんだ、俺のお腹の中で生きていたんだ。

「・・・俺、また会いに来てもいい?」

「え?」

「君に会いに来てもいい?」

「・・・」

「いや、勝手に会いにくることにするよ。好きな食べ物とかある?お土産に持ってくるよ。」

「・・・好きな食べ物、、、」

「じゃあ嫌いなのは?」

「・・特に、ないです、、、。」

「そっか。じゃあ消化が良さそうなもの持ってくるね。」

俺の頭を撫でてその人は扉から去っていった。結局、何しに来たのかよく分からなかった。また来るって言っていたけど、本当なのかな、、、?

とりあえず疲れてしまった。今日はもう眠ろう。今の俺は眠ってばかりだが、少しのことで体が疲労を感じてしまう。眠くて仕方ない。

久しぶりに人と会話して、少し、ほんの少しだけ嬉しかった。



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