曇りのち晴れはキャシー日和

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第三章 出会いは風のごとく

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 修太郎さんがニヤリと笑った。続いて警官も笑う。二人はそのまま抱き合った。
「久し振りだな、修太郎」警官が野太い声を出す。
「おう。坂本こそ元気そうじゃないか。ちゃんと仕事してるし」体を離した修太郎さんが、坂本と呼ばれた警官の顔を見る。「最近は、劇団にも顔を出してないとマスターが言ってたぞ」
「ああ。このところ、忙しくてな。近々、顔を出すと伝えといてくれ」
「あの」僕はおそるおそる二人の話に割り込んだ。「どういうご関係で」
「ああ。こいつは俺のダチで坂本っていうんだ」修太郎さんが坂本警官の肩を叩いた。「例の劇団員なんだが、最近、ご無沙汰しているようだから、久し振りにここで演技をやらせてみたんだよ」
「そういうこと。どうだ、落ちぶれていないだろ。まだまだ現役さ。あ、お嬢さん、さっきは失礼しました」坂本警官が菜々実を見て敬礼する。「絵のこと悪かったね。別にヘタなんて思ってないから安心してくれたまえ」
「ほう。じゃあ、上手いと思っているのか?」と修太郎さん。
「いや、それは」坂本警官が困った顔になる。「個性的な絵だとは思うが。まあ、演技と同じだよ。感性は人それぞれだ」
「なんなのよ。驚かさないでよね」姉貴が車の窓枠にもたれてぐったりする。「はあ。心臓が止まるかと思ったわ」
「はは。申し訳ない」坂本警官が頭をかいた。「ところで、さっき言った事件のことなんだが」
「ああ、あの男ね」修太郎さんがあっけらかんと言う。「あいつは俺の元カノを寝取った男なんだ。だからぶっ飛ばしてやった」
「おお、あの彼女のことか」坂本警官が手を打った。「そうか。あのときの間男か」
「ねえ、だから、その元カノって誰なのよ」姉貴が食いつく。
「そんなことはどうでもいい」修太郎さんが片手を上げて姉貴を制した。「それより坂本。あの男、適当に処理しておいてくれ。殴ったやつは、どこか外国にでも逃走したとかなんとか」
「演技に定評がある俺に任せろ。適当にはぐらかしてやる。それでもまだブーブー言うようだったら、一晩、臭い飯でも食わせてやるから」
 ……あのね、坂本さん。あなたの職業倫理ってどうなっているんでしょうね。それとも、それも演技の一つですか? 僕は座席に深々と体を沈めた。
「ところで修太郎。お前ら、どこへ行くんだ?」坂本警官が車の中をのぞき込んだ。「そんな大勢で、やけに楽しそうじゃないか」
「ああ。これから愛媛の松山まで、花火を見に行くんだよ」修太郎さんが後部シートにいる庄三さんを指さす。「あの爺さんが、どうしても見たいというもんでな。俺はその付き添いだ」
「そうか。それは楽しそうでよかった──なにい?」坂本警官の顔色が変わった。「な、な。花ちゃんじゃないですか! なぜ、花ちゃんが一緒に」
「あ、こんにちは。お元気ですか?」花ちゃんがにっこり笑った。
「はいっ! 本官はもちろん元気です」坂本警官がビシッと敬礼する。「花ちゃんこそ、お元気ですか?」
「はい。おかげさまで。またお花を買いにきてくださいね」
「はい。もちろん絶対に確実に行かせていただきます!」そう言ったあと、悔しそうな顔になる。「いいなあ。花ちゃんも一緒なのかあ。俺も行きたいなあ」
「じゃあ、来ればいいじゃないか」
「いや、今日はそうはいかないんだ。この後、署長に呼ばれていてな。断ると、後々面倒なことになるんだ。くそ、残念だ。この坂本、なんてついていないんだ。可哀想な星の下に生まれてきたことを呪うしかない」
 花ちゃんがクスリと笑って窓からミニひまわりの鉢植えを差し出した。「あの、このミニひまわり、差し上げます。よかったら育ててください」
「ええっ! 本当にくれるのですか?」坂本警官が目をむいた。「ありがとうございます。本官、このミニひまわり殿を死ぬ気でお世話させていただきます。ええ。死んでも枯らしませんとも」
「町のアイドルの花ちゃんを前にしたら、鬼警官の坂本も形無しだな」修太郎さんが苦笑する。「じゃあ、もう行くよ。まだ寄らなきゃならないところもあるからな」
「ああ。また会おうぜ。気をつけて行けよ」坂本警官が一歩下がった。「他県で事故って免許証を汚すんじゃないぞ」
「まあ、どのみち今は免停中なんだけどな」修太郎さんがあははと笑いながら頭をかく。
 みんなが一斉に修太郎さんの顔を見る。免停中? 嘘でしょ、そんな。
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