上 下
94 / 96
第7章 また混乱

28 博多攻囲戦 26 生還

しおりを挟む
ルシア軍司令部アーネンニコライ

    司令部に左翼のダミアン少将から連絡が入る。

    「なに?大将の階級章を付けた人物を捜索中?マジックシゲノブか!」

    クツーゾフが興奮したように言う。

    「と言うことは、今、敵軍は司令官不在!好機です。殿下、いっきに」

    「待て、クツーゾフ。敵は全く動揺していない。あの変な国歌を聞いたか?敵は気迫を失っていない。ヘタに攻めたら逆襲を食らうぞ。ここは戦力を消耗しないように慎重に戦うんだ。」

    「しかし。」

    「我々は敵の最重要港を占拠している。まあ、必死になって取り返しにくるわな。そしてだな、客観的に見れば敵中に孤立しているとも言える。物量は向こうの方が上だ。で、あるならば戦力の消耗は絶対に避けなければならない。守りを固めて、耐えて敵が態勢を崩すまで待つんだ。その時に渾身のパンチを食らわせる。これしかない。」



    そこへ報告が入る。    

「皇太弟殿下、帝都より伝令使が参っております。」

    皇帝崩御(こうていほうぎょ)。この一報により、ルシアの軍事的方針は一変することになる。

    「くう、まずい。このタイミングでこれはないだろう。急ぎ帝都に戻らねば。帝位を狙っているヤカラはごまんといる。帝都を押さえられて即位宣言でもされてはまずいことになる。だがこっちは戦の真っ最中と来ている。どうする?どうする?」

    親指の爪を噛みながら部屋の中を行ったり来たりする。

    「殿下、イヤ陛下。状況を整理いたしましょう。まず今なによりも肝要(かんよう)なのは一刻も早く帝都に戻り、陛下の帝位を確定させること。もはや、東洋の島国などどうでもよいと言っても良いでしょう。皇帝崩御は絶対に秘匿(ひとく)し、皇国と休戦して国に帰る。これしかありません。」

     「そうなのだが、今、まさに戦闘中。どうやって休戦する?」

    「全くのウソでは騙されてくれないでしょう。騙すときは話の中に一部の真実を混ぜるのです。そう、例えば皇帝陛下は崩御されたのではなく、病の床にあると。これなら帝都に帰らなければならない理由ともなるし、何もかも放り投げて帰国せねばならないということもない。」

    「うむう。他にはすぐに思いつかん。それにしよう。だがな、こういうことには阿吽(あうん)の呼吸がいるのだ。今、敵は全面攻勢をかけてきている。いったんはこれを頓挫(とんざ)させなければならん。クソ、押し切れなかったという気分にさせなければ停戦には応じんよ。」

    「ふむう。それもそうですな。」

    「ということで、みんな聞いていたな。兄上の崩御は絶対他言無用。そして皇国の全面攻勢をしのぎ切る!皆の助けがいる。踏ん張れ!」

    「ウラー!」

    司令部にいた全員が叫ぶ。我らの司令官がいよいよ皇帝になられる。やるぞ。

    「あっ!」

    アーネンが叫ぶ。何事かと全員がアーネンを見る。

    「こうなるとマジックシゲノブを絶対に殺してはならない。殺せば皇国は絶対に停戦に応じない。」

    「おお、確かに。殺した瞬間、この戦は弔(とむら)い合戦となりましょう。」

    「捜索隊に伝令!マジックシゲノブを殺してはならんと伝えよ。」

    その命令は遅かった。捜索隊はひよどりごえをした皇国軍に撃破されていた。まあ、結果的にはルシアはそれで救われたのであるが。




可也山山麓

    突如現れた騎馬隊にルシア軍シゲノブ捜索隊は混乱する。

   「止まれ~!」

    「どこから現れた?」

    「◯の中に十の字がある旗印だ。」

    「ウスリーで右翼に突撃をかましてきたシマズか!」

    止まってしまったのが致命的になる。止まった瞬間に皇国軍が突撃してきたからだ。



真田繁信

    「博多攻囲軍最高司令官真田繁信である。名乗れ。」

    「はっ、島津勢園田惣兵衛(そのだそうべえ)麾下伊藤成信(いとうなりのぶ)、少佐でござる。」

    「助かった。礼を言う。見事な馬術だった。馬であの崖を下りるとは、感服した。」

    「これなる平石善次郎義勇(よしたけ)の下田流馬術のおかげでござる。」

    園田惣兵衛も戦国を生き抜いてきた3万石の領主である。部下の功績は取ってはならぬとわかっていた。

    「うむ、平石善次郎、帰ったら下田流馬術を教えてくれ。伊藤少佐、この隊の指揮権をしばらく預かる。我願う指揮権。」

    「我、渡す指揮権。」

    「我、受ける指揮権。」

    「突撃用意。」

    「弾込め。」

    騎兵銃には銃剣は不要だ。それより長い馬上槍を装備している。銃は馬上で取り扱うために歩兵銃より、よほど短い。馬に乗りながら弾込めするのは熟練の技を要する。馬上銃は命中率が悪い。外しようのない距離まで接近してから銃を撃つ。銃を撃ったら弾込めしている時間はない。銃をしまい、鞍に取り付けられた馬上槍を引き抜き、騎馬による白兵戦を行うのである。

    手を振り上げて隊の様子を確認する。

    「いまより騎兵の華(はな)、騎馬突撃を敢行する!」

    手を振り下ろす。

    「とつげき~!」

    この頃はもう真田繁信の名は軍神のひびきを伴ってきこえていた。ウスリー敗戦後の撤退戦では多くの兵が助けられた。その兵どもは撤退中に味わったにぎりめしの味とともに繁信の名を飲み込んでいる。その兵どもは帰って繁信の評判を盛り上げる。鷲巣砦の戦いに参加した兵は諸葛孔明かと思えるような神算鬼謀ぶりに感嘆しきりであった。千曲川の戦いでは砲でもってルシアを圧倒して見せた。堂々と砲でもってルシアを圧倒したのだ。川越の咄嗟遭遇戦では倍の軍勢を破って見せた。

    その真田繁信が直接指揮する騎馬突撃。百年兵を養うは、ただこのときのため。小さい頃から厳しい訓練に耐えてきた。こちらは3百、向こうは5百。そんなものは関係なかった。3百の兵、全てがやる気に満ちていた。

    ルシア側もダミアンの率いる熟練騎馬師団の一部だ。決して弱兵ではなかったが、突進力の差が明暗を分けた。至近距離で銃を撃ち合ったあと、お互いに馬上槍を持って激突する。最初の激突で勝負は決した。態勢が崩れたのはルシア側で隊形を保っていたのは皇国側であった。

    ルシア騎兵はバラバラになって逃げて行く。

    「追うな。司令部に帰らないといけない。帰るまで守ってくれ。アーネン・ニコライと決着をつける。」



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

    あと1・2話で第1部を終わろうと思います。構想を練って第2部ではヨーロッパ編としてナポレオンに脅かされたアーネン・ニコライに頼まれてグラン・ダルメ(フランス大陸軍)と対戦する真田繁信を考えています。

    その前に今作をちょっと見直してファンタジー要素を加味して「なろう」にリメイク版を掲載しようかなとも考えています。なぜ繁信が強いのか?秘密の能力があった。そんな感じ。落ち着いて出来の悪いところを手直ししてみようかなとも考えています。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

初夜に「君を愛するつもりはない」と夫から言われた妻のその後

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
結婚式の日の夜。夫のイアンは妻のケイトに向かって「お前を愛するつもりはない」と言い放つ。 ケイトは知っていた。イアンには他に好きな女性がいるのだ。この結婚は家のため。そうわかっていたはずなのに――。 ※短いお話です。 ※恋愛要素が薄いのでファンタジーです。おまけ程度です。

【完結】そして、誰もいなくなった

杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」 愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。 「触るな!」 だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。 「突き飛ばしたぞ」 「彼が手を上げた」 「誰か衛兵を呼べ!」 騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。 そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。 そして誰もいなくなった。 彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。 これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。 ◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。 3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。 3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました! 4/1、完結しました。全14話。

冤罪で自殺未遂にまで追いやられた俺が、潔白だと皆が気付くまで

一本橋
恋愛
 ある日、密かに想いを寄せていた相手が痴漢にあった。  その犯人は俺だったらしい。  見覚えのない疑惑をかけられ、必死に否定するが周りからの反応は冷たいものだった。  罵倒する者、蔑む者、中には憎悪をたぎらせる者さえいた。  噂はすぐに広まり、あろうことかネットにまで晒されてしまった。  その矛先は家族にまで向き、次第にメチャクチャになっていく。  慕ってくれていた妹すらからも拒絶され、人生に絶望した俺は、自ずと歩道橋へ引き寄せられるのだった──

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

幼馴染の彼女と妹が寝取られて、死刑になる話

島風
ファンタジー
幼馴染が俺を裏切った。そして、妹も......固い絆で結ばれていた筈の俺はほんの僅かの間に邪魔な存在になったらしい。だから、奴隷として売られた。幸い、命があったが、彼女達と俺では身分が違うらしい。 俺は二人を忘れて生きる事にした。そして細々と新しい生活を始める。だが、二人を寝とった勇者エリアスと裏切り者の幼馴染と妹は俺の前に再び現れた。

ナイナイ尽くしの異世界転生◆翌日から始めるDIY生活◆

ナユタ
ファンタジー
見知らぬ子供を助けて呆気なく死んだ苦労人、真凛。 彼女はやる気の感じられない神様(中間管理職)の手によって転生。 しかし生涯獲得金額とやらのポイントが全く足りず、 適当なオプション(スマホ使用可)という限定的な力と、 守護精霊という名のハツカネズミをお供に放り出された。 所持金、寝床、身分なし。 稼いで、使って、幸せになりたい(願望)。 ナイナイ尽くしの一人と一匹の ゼロから始まる強制的なシンプル&スローライフ。

(完結)私は家政婦だったのですか?(全5話)

青空一夏
恋愛
夫の母親を5年介護していた私に子供はいない。お義母様が亡くなってすぐに夫に告げられた言葉は「わたしには6歳になる子供がいるんだよ。だから離婚してくれ」だった。 ありがちなテーマをさくっと書きたくて、短いお話しにしてみました。 さくっと因果応報物語です。ショートショートの全5話。1話ごとの字数には偏りがあります。3話目が多分1番長いかも。 青空異世界のゆるふわ設定ご都合主義です。現代的表現や現代的感覚、現代的機器など出てくる場合あります。貴族がいるヨーロッパ風の社会ですが、作者独自の世界です。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

処理中です...