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3 ひと皮むけて

水谷の演技

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廣瀬先生は電話で非番のスタッフに寮生の看病をお願いしているようだ。もうすぐ4時間目になろうというのに、いったい里見先生は何をしているのか。
「じゃ、寮に着いたら、里見先生に早く出勤するよう言っていただけますか?すみません。よろしくお願いします」
電話を切ったらそのまま、廣瀬先生は次の授業に向かう。一息入れる暇もない。
里見先生が不在の間、教科主任と僕とで代理授業をする。指導案が、立て前どおりに生きる日がこんなにも早く来るとは。
寮監は、大変な仕事だということは、わかっているつもりではある。母もよく、寮生の急病で夜中に寮から呼ばれていたし、長期に寮を離れられないことを理由に、家族で旅行をしたこともない。
我が家が特殊だということに気付いたのはいつ頃だったか。夏休みの思い出に旅行を上げられないことの寂しさは、幼いころに捨てようと決めたものの一つだ。
また一つ、ピンチヒッターをつとめ上げて、昼休み。職員室に戻ろうとしたとき、パタパタいう足音に続いて、
「こら。教師のくせに廊下を走るな」
鈴木先生の声がした。
「ごめんなさい。すみません」
来たようだ。
「里見先生、笹生さんどう?」
廊下の遠くから廣瀬先生が尋ねる。こんなにも長い時間寮生に付ききりだったのだ。よほど高熱だったに違いない。
「扁桃腺が腫れているとかで、39度台の熱だったんです。病院で点滴して、今、寮で寝てます」
点滴か。それは時間がかかるな。
「お医者様はなんと?」
「とにかく今日は安静に、ということでした」
と言いながらソワソワしている。職員室に入ると席にも行かず、教頭先生の席に直行。寮生の様子を報告しているのだろう。
さて。ここは。教頭先生の次は教科主任の席が妥当だろう。自分が不在だった間の授業の心配を。
はあ。こっちに来たか。
自席に荷物を置く里見先生が次にどこに行くか、観察する。パソコンを開いて、まず出勤簿に押印。
そのまま、手帳を開いた。ここはやはり、注意せねばならないようだ。
「里見先生、教科主任のところへは行きましたか?留守中の授業について、報告を受けないと」
「あっ!はい。行ってきます」
新人の間は、なにもかもがわからないことだらけだ。知らないが故に失敗をし、叱られて覚えて、徐々に仕事が出来るようになる。今日は、寮生の診察に付き添う、というようなイレギュラー業務をこなしたのだから、本当は目をつぶってやりたいところだが、それではいつまでも成長しない。ときに心を鬼にして叱らねばならないこともある。
「里見先生、主任に叱られてるっぽいですねー」
廣瀬先生が教えてくれる。たしかに、ペコペコ頭を下げている。温厚な教科主任の厳しい顔は久しぶりに見る。主任も頑張って叱っているようだ。
「ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
戻ってきて僕と廣瀬先生とに交互に頭を下げる。
「主任からなんと言われました?」
「朝、電話連絡をしなかったことについて、注意を受けました。それと、午前中の授業は、主任と水谷先生が代理で入ってくださったそうで、ありがとうございました」
「なぜ、電話連絡を自分でしなければならないかは、わかっていますか?」
「不在中の授業をどうするか、主任と話し合うためです」
「そうですね。なぜ今朝、それが出来なかったのでしょう」
「ごめんなさい。忘れていました」
「そのことに対して、主任から叱られましたか」
「はい。叱られました」
「教頭先生のあと、すぐに主任のところへ行かなかったことについては?」
「それについては、叱られませんでした」
「今日は、生徒の発熱に付き添って、お疲れ様でした。でも、反省するべきことがありますね」
「はい」
「何がいけなかったか、わかりますか?」
「朝、電話連絡を忘れたこと、出勤してからすぐ、主任のところへ行かなかったことです」
「なぜそのミスが起きたかはわかりますか?」
「慌てていたからです」
「そうでしょうか」
えっ、違うの?どういうこと?顔に大きく「わかりません」と書いてある。里見先生は、本当にわかりやすい。
「反省文、出してください」
「あの。なぜミスが起きたかが、わかりません」
「わかるまで、考えてください。間違えていたら書き直しです」
さて。財布を掴んで購買へ。ちょっと怖がらせ過ぎた気もするが、答えは自分で見つけ出さないと、また同じミスを繰り返す。ここは、鬼教官の出番だ。
そろそろ昼食をとらないと、午後からの授業に差し支えてしまう。今日はもう、パンをかじる時間しか残っていない。
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