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3 ひと皮むけて

平井の兄 2

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帰る途中で先輩を見つけて、3人で家に戻る。先輩が、
「じゃ、おやすみなさい」
と言って部屋に入っていったので、俺と兄ちゃんも部屋に入る。
チャンネル権は客人に、と思って、兄ちゃんの前にテレビのリモコンを置いて
「なんか飲む?」
と聞く。兄ちゃんは、さっきから黙っていたけど、急に正座して
「飲み物とかいいから。優介、ちょっと座れ」
と膝の前の畳を右手で叩く。俺は条件反射で、兄ちゃんの前に正座。これ、オヤジが説教するときのやつじゃん。
「兄ちゃん、やっぱりこの状況は許しておけん」
「はい」
「優介、お前今から藤原さんに好きだって言ってこい」
「えー。でも」
「男が『でも』とか『だって』とか言うな」
だって、は言ってません。
「藤原さんとは、4月から一緒に住んでるんだろ。それまであっちは、独り暮らししてたんだよな」
「はい」
「つまり、お前が嫌なら、藤原さんは一緒に住まないって選択肢もあったわな」
「はい」
「それが答えなんじゃねーの」
兄ちゃんは立ち上がり、
「立て」
俺が立つと、ガンガン尻を叩いてくる。
「いてーよ」
「ほら、今すぐ行け。行ってこい」
文字通り俺は部屋を叩き出されて、キッチンで途方に暮れる。どうしたらいいんだ?呆然としてたら、ガラっと、俺の部屋の襖が開いて、すごい目で兄ちゃんが睨んでくる。もう。なんでだよ。なんでこんな急に。
仕方なく先輩の部屋をノックする。
「あの。先輩、ちょっと話良いですか」
ちょっと間があって。
「なに?」
先輩が出て来た。わ。風呂上がりの良い匂いする。
「あの。座ってください」
3人でご飯を食べたテーブルに向かい合って座る。兄ちゃんが部屋のテレビをつけたみたい。テレビの嘘臭い笑い声が聞こえてくる。
「あの。俺。先輩のことが好きです」
「うん。知ってる」
ダメだ。これ、ふざけて俺、多分何千回も言ってるやつ。
「あの。本気で好きなんです」
「それで?」
先輩が半笑いだ。いつもの、ふざけてるやつじゃないって、わかってもらえないと困るんだけど。
「初めて会ったときから、本当に好きなんで
す」
「それがどうした」
それがどうしたって。あの。これ、マジで、マジなやつなんですけど。先輩が、半笑いを引っ込めて、真剣な顔になる。そう。数式書くときのあの顔。
「平井くんて、わたしのことなんだと思ってるの?」
「富岳」
「それは心外」
スパコンに例えたのは失敗か。でも、その計算力は富岳並だと思ってて、俺的には誉めたつもりなんだけど。
「富岳さんは、人間が指示入れないと動かないでしょ?わたしは、自分の意志で動いてるよ」
「はあ」
急に何を言い出すんだ、先輩?しかも、スパコンにさん付け。
「平井くんが、しつこく誘うから一緒に住んでる、って思ってるでしょ。違うから。わたし、富岳さんとは違うから」
予想外の展開に頭がついていかない。ていうか、俺。なに?どういうこと?
「つまり、どういうこと?」
「わたしも好きだから。好きだから一緒に住んでる、って言ってるの」
あの。富岳さんだったら、処理追い付きます?これ。えっと。俺今、何言われた?
「平井くん、わたしの下の名前知ってる?」
「那由さん」
「那由さん、結婚してくださいって言ってみ」
「那由さん、結婚してください」
え?あの。えっと、これって何なんですか。
「どうして、ちゃんと言ってくれないの。いつもいつも、おちゃらけてふざけて、あー冗談ですーとか、嘘でーすとか」
「ごめんなさい」
「わたしは、平井くんとずっと一緒にいたいから、ここに来たのに」
先輩が。先輩が別人になった。ここにいるのは、俺の知らない藤原那由さん。
「ごめんなさい。俺、本当にマジで真剣に那由さんと一生一緒にいたいです。だから、結婚してください」
しばらく、間があく。もう何がなんだかわかんねー。
「わたしも、結婚したいです」

「あの。えっと、これ。罰ゲームとかじゃないですよね」
「は?」
「いつも、ふざけて結婚して、とか、好きとか言ってたから、その罰」
「なにそれ。誰得?」
「本当にマジで、結婚してほしいんですけど、俺」
「だから、はいって言ってるでしょうが」

なにをどうしたらいいのか。全くわからなくなってしまう。えっと、本当に、俺どうしたらいいのか。
「明日、ゼミで発表なの。準備させて」
「はい。おやすみなさい」
「はい、おやすみなさい」
襖がスルスルっと閉まって、那由さんが見えなくなる。俺は、しばらくそのまま、動けなかった。


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