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3 ひと皮むけて

研究授業

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一学期の中間テストも終わり、新人2人も慣れてきたころ。新人が入った年は、だいたいいつもこの時期に一度目の研究授業を行う。
研修最終日の研究授業は、どちらかというと研修のまとめの儀式的な要素が強く、よくここまで、頑張ったと言うために行われているようなもの。しかし、採用後、学期の半ば毎に行われる研究授業は、新人の鍛え直しの場。授業内容が適正か、改善すべき点はどこか、徹底的に議論がなされ、新人は容赦なく叩かれる。
「水谷先生、鈴木先生ちょっと良いですか」
教頭席の前に鈴木先生と2人で立つ。
「そろそろ、里見先生と平井先生の研究授業を行いたいと思います。再来週の金曜日で調整して良いかしら」
「はい」
この場合、はい、以外の選択肢はない。
「どちらが先を希望しますか?」
2人の授業を一コマずつ続けて見て、そのあとで会議室に集まり、研究会議という名の壮絶なダメ出し会になる。後で授業した方の印象が強いまま会議に入るため、よりボコボコになるのは、後から授業した方。
「平井先生を先、でいかがですか」
鈴木先生に提案する。
里見先生の授業はときどき抜き打ちで見ているが、授業の内容、進め方にまだたくさんのアラがある。もっとたくさんの人の目で鍛え直してもらいたい。 
「鈴木先生の御意見は?」
「それでよいかと」
「じゃ、きまりね。では、再来週の金曜日、2時間目に平井先生、3時間目に里見先生が授業をして、4時間目に研究会議です」
日程が決まった。あとは、そう。特訓しなければ。
「つきましては、今日からしばらく、里見先生と特訓したいんですが」
「特訓ね。わかりました。門限に遅れるときには、水谷先生が寮まで責任持って送ること、少なくとも21時には寮に帰ることの二つの条件で許可します」
「ありがとうございます」
席に戻る。再来週なら、おそらくここまで授業が進んでいるはず。まずは、指導案を見せてもらおうかな。
「里見先生、明日以降の授業の一年生の指導案、見せてください」
「はい」
この間、廣瀬先生にガミガミ叱られながら片づけていた引き出しから、「指導案(一年)」とタイトルの付いたファイルを取り出す。インデックス付きできちんと並んでいて、感心感心。
「再来週の金曜日、研究授業になりました。3時間目なので、1年2組です」
「はい」
「研究授業までに、鍛え直しです。寮長先生の許可はもらいましたから、今日から放課後、特訓で」
「はい」
素直だ。高校のときからこの素直さは変わらない。これが、里見先生の一番の良さだと思う。
「わ、研究授業ですか。頑張ってね」
廣瀬先生から、優しく声がかかる。
「あ、あの。特訓とか、頑張ってね、とか。なんか怖いんですけど」
眉をひそめて、おどおどと言う。なんかこれ、何かに似ている。
「研究授業って言えば、新人を叩き直す鬼の研究会議がつきものでしょう。泣くなよ、愛莉」
廣瀬先生、脅かしすぎです。
「授業をよりよくするためのものですから、先生方もあえて厳しい御意見をくださるのです。研究授業は、里見先生を泣かせるのが目的なのではなくて、あくまで、授業をより良くするのが目的ですからね」
そう。世の中ときどき、目的と手段が逆転してしまうことがある。授業を良くすることが目的で、研究授業はその手段。研究会議でダメ出しするのは、その後の授業を改善するための手段なのであって、新人を凹ませることが目的ではないのだ。 
「わかりました。よろしくお願いします」
頭を下げてふと
「でも、わたしが泣くほど叱られるのが前提っていうのも、おかしくないですか?わたし、結構誉められて伸びるタイプですよ」
里見先生からこんな発言が出るとは、少し意外で、笑ってしまう。
「悪いが、わたしには叱られて泣きべそかく愛莉しか見えない。まあせいぜい、がんばりたまえ」
廣瀬先生が悪のりする。
「誉められたいなら、誉められるような授業をしてください。僕もいつも叱りたくて叱っているわけじゃないんです」
僕もつい悪のりする。
「ごめんなさい」
一応謝っておきます、という態度。口をとがらせて、そう。これは拗ねている。
「ここ、誤字。それと、この授業のねらいがここの単元のねらいからずれてます。書き直し」
「えー。どこですか?」
赤ペンで大きく丸をつけて、誤字を指摘して、指導案をつき返す。
「あー。廣瀬先生、今日の閉門当番ですけどー」
「しばらく、変わればいいんでしょ。研究授業終わったら、お仕置きだ。覚悟しておくように」
「その、お仕置きってなんですかー?こないだからすごい怖いんですけど」
「里見先生、すごい怖いは誤用!」
「水谷先生もたいへん怖いです」
里見先生もふざけだしたな。
「じゃ、閉門当番するんで、帰りまーす」
「あ、お願いします」
里見先生は、なんだろう。やっぱり小動物的に愛らしい。
「ほら、早く書き直してください。9時には寮に帰す約束なんですから、時間がもったいない」
「はい」
パソコンに向かい、誤字の訂正から作業を始めたようだ。授業のねらいを見直すのか、指導書と教科書を交互に見ている。
「水谷先生」
「何か?」
「あ、いえ。なんでもないです」
やがて、手が動き出す。不器用で、ほっておくとすぐ手を抜く。まったく目が離せない。
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