がらくた置き場~SS集

豆丸

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お疲れ社畜OLは異世界ヤクザの膝の上 前編☆

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 ◇ 
 
 我輩は社畜である。
 名前はちゃんとある。 

 パワハラ上司のミスを押し付けられ午前様、当たり前の自腹タクシーで帰宅、スーツを脱き下着姿のまま、パジャマを着る気力もなくそのままソファーに行き倒れた。 

 くたびれた赤いソファーのお気に入りの猫のぬいぐるみに顔を埋め、大きく息をした。 


 ああ、疲れた……。  
    
     ……癒されたい。 

 信じられないほど深く眠った。まるで穴に落ちるみたいに。  

 ストンと落ちて、目が醒めたら猫だった。まごうことなく猫。瞳の色は綺麗な青。白くてもふもふした毛並み。長いしっぽにピンクの柔らか肉球。
 自分の肉球をじっと見つめる。
 無限プニプニしたい。そっと地面の感触を味わう。土の感触が不思議だった。
 猫なので視点が地面すれすれで低い。

 ここが何処なのか把握しようと、潜んでいた藪からそろそろ抜け出ると……そこには教科書に出てきそうなくらい立派な和式庭園が広がっていた。

 私は目を真ん丸にして庭を眺めた。
 古い松に似た植物と灯籠、真ん中には大きな池があった。警戒して近づき水面を覗く水面に写った猫な私と目があった。
 
 そっと肉球を伸ばし水面に触れた……冷たい。
 って、言うことは夢じゃない。感覚ある些かリアルな夢なのだろうか?
 濡れた肉球を舐めた。じゃりと舌のざらつきと温かさすら感じる。なんとも人間との感覚の違いが面白い。 
 もう一回と伸ばしかけた猫手に待ったの声がかかった。 

 「猫、その池には怪魚がいる…喰われても知らないからな」聞こえた声は若く凛と澄んでいた。 

 押しの男声優さんの声に似いた。
 
 なっ!!か、怪魚!!
 思わずうっとりなりかけた、言われた内容に脱兎のごとく池から離れた。
 
 とっさに少年の声のした方に走る。池から少し離れた場所に質素な屋敷が佇んでいた。広い縁側に障子、開いた襖から、若草色の畳が見えた。

 素敵な屋敷。
 某日曜日の夕刻のアニメに出で来そうな家の豪華版である。
 
 その屋敷の縁側に少年が一人正座しお茶を優雅に飲んでいた。少年の隣に茶筅や茶器が置いてあるからこの人が自分で容れたのかもしれない。 

 青みかかった黒い髪は長く、横にまとめて括られ下に垂らされていた。平均な日本人にはなく目鼻の彫りが深い。黒目が大きく切れ長の一重の瞳。鼻は形よく高い。唇は厚く綺麗な弧を描く。

 特記すべきは頭の上にあるバッファ型の角らしき物である。色は黒に近い紫。本当に角なのか?趣味のコスプレなのだろうか?
 
 猫な私は判断に迷う。

 服装は涼しげな朝霧色の浴衣を着ていた。肩幅も胸部も広く大きくがっちりしていた。
 筋肉質なの太ももの御立派さが浴衣ごしからでも、はち切れそうなのがわかってしまった。

 それは最高級の御筋肉様だった。
 弾力性に富んでいそうな極上の。

 私の心の声は駄々目れだったようだ。

「にゃー!にゃあ!にゃあ!うにゃん…」
 そう猫として。

「猫……私に話しかけているのか?……私が恐ろしくないのか?」 
 少年は驚き目を瞬かせた。 

 私はのどをゴロゴロさせながら、縁側に飛び乗り、少年のお膝に頭をすり付けた。 

「なっ!!触れるな」
「にゃーん!!」
 猫なで声で媚びを売り、膝頭に懸命に擦り付けた。浅ましくその素晴らしい太ももに乗せてと懇願した。

「なんともないだと……これは、驚いたな」 
 少年は困ったように一度身を硬くしたが「好きにすればいい」と、私がお膝に乗るのを許してくれた。  

 肉球で恐る恐る感触を確認してからゆっくり乗る初上陸した少年の太もものなんて素晴らしいことか。
 
 膨大な包容力に心地よい安心感。優れた弾力性と硬いのに柔らかいという矛盾。この素晴らしい太ももに感謝し、心より癒される。今日まで頑張って生きて良かったというものだ。

 「にゃあん!にゃあん!ゴロゴロゴロ(ありがとうございます。押し似の声の少年よ) 」
 自然に喉が鳴って止まらない。私の御礼の気持ちは存分に伝わったはずだ。 

「……変な猫だ」 
 少年は終始渋い顔だったが、私を邪険に払い除けたりはしなかった。

 猫になってよかった!筋肉最高だ。幸福を噛み締める。
 ……嗚呼、癒される。
 心行くまで少年の太ももを堪能し、癒しを得た。極上の心地よさに猫は寝るものだ。図々しく膝の上で丸くなり寝てしまった。 

 

 ◆  


 
 猫が居た……私の膝の上に。初めて感じる小ささに仄かな温かさに戸惑いを隠せない。
 
 猫……結界に護られた竜屋敷に突如紛れ込んだ異分子。どこから湧いて出たのだ?

 いくら兄でも刺客に猫を寄越さないだろう。
 それに私を恐れず尚且つ触れても毒に侵されない生き物など初めてだ。
 呪われた竜子の私にすり寄り喉を鳴らした。信じられない…きっと毒耐性を持つ魔物の一種なのだろう。
 
 呪われ竜子こと高楼竜二…それが私。
 高楼黒竜組の頭の次男として産まれた。
 高楼黒竜組はサカンジレンカ大陸に古くから存在する任侠組の一つ。
 数多の種族を構成員とした組の頭は代々毒竜と決まっていた。
 兄の竜一より私の方が毒竜として強かった。余りに強い毒は近寄るだけで他者を害した。そう産んでくれた母です蝕んだ。
 ゆえに毒耐性の強い者しか私の近くに居られない。近づくだけで肺が毒で焼けるからだ。
 
 毒で人からも動物からも恐れられた。普段は結界屋敷に押し込められ、頭から出撃命令が出れば敵を殲滅させるために出動する。私に継ぐ気はないのに、次期頭を狙う実兄からは命を狙われた。

 力が強いからといっていいことなど一つも在りはしない。 

 したり顔の曾祖父に『女に欲を出せば毒気も抜けるぞ』などと、できもしない助言をされたが何の役にたつというのか? 

 女どころか生き物に触れることすら出来ないのにーー。

 
 でも、こうして今まさに猫が膝に乗っていた。
 乗ると触れるは違うのか??
 
 由々しき事態にただ困惑するばかり。

 猫が毒に侵され苦しみもがいたら、人を呼ぼうと思っていたがそれは杞憂に終わった。 
 猫が寝た……私の膝の上で。
 それはそれは幸せそうに喉を鳴らしだらしなく腹を見せた。 軽く温かい。初めての感覚に戸惑いを禁じえない。生き物として無防備すぎる姿に胸を掻き乱される。
 
 腹辺から逆巻くのは膨大なる喜び。
 この小さき生き物に…私から触っても良いだろうか? 
 
 ゆっくりとそっと触れる。柔らかい、温かい。

 寝息にあわせてピクピク動く髭、桃色の鼻。僅かに開いた口から小さな牙と鼻と同じく桃色の舌が動く。
 滲むように染み出す可愛らしいという単語。
 
 私は、猫を見ていた筈だった。そうだ膝に載っていたのは猫だったんだ。
 
 しかしーー今、触れていたのは女だった。

 私の膝に頭を載せたのは少女のように小さい女だった。閉じられた睫毛は長く、鼻は丸く小ぶりだ。同じく小さい唇は赤く色づき、艶かしい。開いた口から吐息と、ピンクの舌が僅かに覗く。 

「おっ!女」 
 驚き膝を動かせば、「あっう。筋肉ーっ」と女は私が立ち上がれないように腰にしっかりと手を回して拘束した。 

「離してくれ!毒が回るぞ……っ!!」 
 引き剥がそうと触れた女の腰は恐ろしく細く、そして素肌だった。  

 肌……っ! 

 さっと女の肢体に視線を走らせれば、なんと下着姿だった。
 小さいながら柔らかそうな胸を包むピンク色の胸当てお揃いの色の透けて肌の色が見えるパンツ。

  ーーこれは、
       なんだ。

 腹の底からぞわりとした『ナニか』が競り上がり、戸惑う胸を弾丸のようにバァンと撃ち抜いた。 

「かっは!」
 苦しい、此れは敵襲かっ!? 
 
 初めて感じた胸の痛み、下半身から競り上がる激情は脳を突き抜け白く弾けた。叩き付けられなすすべもなかった。
 
 そうして私は、気を失っていたらしい。

 目が醒ますと、なぜか喜色満面な曾祖父が居た。曾祖父に成人祝いだと御馳走と竜酒を飲ませられた。曾祖父は毒耐性が強く昔から何くれもなく私の世話をしてくれた。 

 成人……あの脳を突き抜ける初めて感覚が精通だったのか。快楽とは程遠い噴流のようだった。


「猫が庭に居たんだ……それがいつの間にか女人に変化した……幻だったのか?」
 私は庭で起こったことを全て曾祖父に話した。

 手下に庭を探させたが不審者も猫も見つけられなかった。やはり私の願望が見せた幻なのだろう。
 
「違うな、竜二は運命の番に会えたんじゃろう」
 曾祖父は長い髭を撫で付けながらこう満足そうに言った。

「運命の番」 

「そうじゃ、組を立ち上げた初代様は毒性が強すぎて誰も番になれんかった」 

「…私と同じだ」 

「そうじゃ、その時異世界から運命の番が現れた。初代様は毒が全く効かない彼女と愛し合い結ばれ組を大きく発展させたそうじゃ」 

「彼女が私の運命の番ならどうして消えてしまったのですか?」
 私の番なら今そばに居ないのはおかしい。

「多分……お前に覚悟が足りんからじゃろ」

「私の覚悟?」 

「お前を恐れ監禁し都合よく酷似する父と、暗殺しようとする兄を屠り自らが頭になる覚悟じゃよ」

「ーーそれは」 
 自分が組の上に立つ、そんなこと考えたこともなかった。

「身内を喰らう覚悟はないのか?」 
 酷く平坦な顔で曾祖父は私を見ていた。落胆させたのかもしれない。

「…私…には、恐れ多い」 

 家族を屠り自分は消えない罪を応う。そんな重い覚悟などない。 結界の中に居れば少なくとも誰も傷付けない……薄っぺらな安穏だけはある。なとえまやかしだとしても。

「そうか…竜二はまだ若い。気が変わったらわしに言いなさい。協力しよう」
 そう私の耳に毒を添えて曾祖父は影の中に溶けて消えた。 


 何時もの変わらない穏やかな日々、結界に護られた仮初の。

「にゃーん」
 お茶をたてる縁側に時折混じる異分子……そう変わったのは猫だ。あの日から度々現れるようになった。

 あざとく甘えすり寄り膝にのる。重いと邪魔だと追い出せばいいのだ。二度と来るなと蹴飛ばせば、偽りの平穏に戻れる。
 
 可愛らしい丸い瞳で私を見つめる。小さく鳴き、膝で丸くなる無防備な猫。
 
 その温かさに、柔らかさに気が狂いそうだ。触れたい。手触りの良い毛並みを堪能する。このぬくもりを知って追い出せるはずもない。

 時折ペロリペロリと私の太ももまで舐めてくれる。舐められるとざわりと腰にまとわりつく感覚が生まれる。もっと舐めてほしい、願うなら……初日の下着姿で。妖艶な肢体を思い出して我知らず勃起してしまった。

 しまった!こんな醜態を晒す予定じゃなかったんだ。
 
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