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事件は続くよ⑥ 侍女
しおりを挟む正妃さまの言葉に床に突っ伏し泣き喚くミリヤ妃。現実を受け入れたくないようで、ぶつぶつと言い始めてます。
「…こんなの、何かの間違いよ…ひっく、私は、悪くないものっ。王子妃として、大嫌いな、勉強も。ううっ、聖女として汚い爺、婆の癒しもしてきたのにっ。こんなのって、酷いわっ」
だだっ子のように泣くミリヤ妃。その隣に降って沸いたように、いつぞやの能面侍女が現れた。
あれ?侍女さんいつからそこに居たんですか?
ミリヤ妃の周りを囲む兵士は、気付かないのか誰も咎めない。視線すら向けない。
ええ?なんでですか?明らかに不審者ですよ。
旦那さますら見ていない。まるで最初から居ない人のような扱いに嫌な予感がする。
旦那さまの袖を引っ張り侍女さんを指差した。
「どうしましたか?ヴィー?」
不思議そうな旦那さま。
能面侍女は、屈むとミリヤ妃の耳元に何を囁いた。
そのとたんーーーカッと両目を見開いたミリヤ妃は大きな奇声をあげた。
「ぎゃーあああぁっ!ぐううーっ。
わ、悪いのは私じゃないの。じゃあ、誰だ?……誰よ?そうだお前じゃない。そうよ!」
血のように真っ赤な目が、アリアナさまを捕らえた。ギラリとねめつけるように全身を見据える。ピンク色の口が大きく裂けて、長い舌が覗いた。
「アリアナ様さえ、聖女さえ居なかったら。私はこの国唯一の聖女でいられた。
そうだ聖女はお前だ!アリアナじゃない。
お腹の赤子さえ存在しなければジャスティス王子が王太子に成れたのに。
そうだ。全て、腹の子が悪い。だから……私の為、俺の為。死んでしまえっ」
甘ったるいミリヤ妃の声にノイズのように混ざる男の声。突如の変貌に驚愕して、誰一人として動けない。
能面侍女はニタリと笑うとミリヤ妃の手にナイフを握らせた。
「いけません!ミリヤ妃。魔に呑まれてしまいます!」アリアナさまが叫ぶ。
「キエエーっ!!
ミリヤ妃は人とは思えない跳躍をして、囲んでいた兵士を飛び越えアリアナさまの前に躍り出た。
その切っ先は確実にアリアナさまのお腹に向けられていた。
「アリアナさま!逃げて下さい!」
私も叫んだ。
「アリアナは傷つけさせません!僕が護ります」ダニエル王子は武器も持たずに大きくナイフを振り下りかざす、ミリヤ妃の前に立ちふさがった。
「ダニエル王子っ」
「誰か!ミリヤ妃を捕らえろ!」
「シオン隊長頼むっ!」
「解っています!」
人々の怒号が飛び交う中、確かにスージーさんと旦那さまの声を聞いた。
振り下ろされたナイフはダニエル王子に届く前に、ミリヤ妃の腕ごと凍りついた。
制止したその僅かな瞬間をスージーさんが見逃すはずもなく。綺麗な回し蹴りをミリヤ妃に叩き込んだ。
べしんっ!!
ミリヤ妃の細い体はボールように床をバウンドして、部屋の隅のカーテンに突っ込んだ。
ミリヤ妃は白目を剥き、口から泡を吹き気絶していた。所々擦り切れ血が出ていますけど、生きてますよね?
ん?少し前にジャスティス王子にも同じ問いかけをしたような気がします……本当に似た者夫婦と云うことですかね。
項垂れたジャスティス王子と気絶したミリヤ妃が兵士に拘束され連行されていく。
ナイフを向けられ、気分の悪くなったアリアナさまはダニエル王子と兵士に護衛され自室に引っ込んだ。念のため王宮医師の診察を受けるという。
アリアナさまも心配ですが、いち早く能面侍女を捕まえないとです。
彼女がミリヤ妃を唆して、アリアナさまを害するようにナイフを渡したのですから!
くるりと謁見の間を見回しても能面侍女の姿は見当たらない。どさくさに紛れて逃げたみたいです。
「旦那さま、スージーさん!早く能面侍女を探さないと逃げられちゃいますよ」
「奥さまどうしたんだい?能面侍女って誰のことだ?」怪訝そうな顔のスージーさん。
「ええ?誰のことってミリヤ妃の侍女ですよ。さっきもナイフをミリヤ妃に手渡してたじゃないですかー?」
「は?ミリヤ妃に侍女なんていないぜ」
「……ヴィー。ミリヤ妃は侍女をこきつかい虐めるので、媚薬事件以降彼女に侍女は一人もついていませんよ」
「そんな、旦那さままでっ!冗談ですよね?
ほら、能面みたいな顔の侍女ですよ。
騎士団に慰問だとミリヤ妃と護衛騎士のランディさんと一緒に押し掛けて来ていましたし、フローラさんのお店にもミリヤ妃と護衛騎士の二人と一緒に居ましたよ?」
私が必死に捲し立てると旦那さまは口許に手を当て考え込んだ。
「成る程……豹変したミリヤ妃。空中から現れたナイフは……そういう理由だったのですね。確かに、先ほどアリアナ様が叫んだ言葉とも符合します」
一人納得する旦那さま。私とスージーさんは顔を見合わせた。
「どういうことですか?旦那さま」
「ああ、すいません。能面侍女はヴィーにしか見えていなかったと言うことですよ。先ほど能面侍女がナイフをミリヤ妃に渡したと言いましたが、私たちには唐突に空中から現れたように見えたんです」
「そうだぜ!急に現れて驚いた」
大きな耳をピンとさせ、頷くスージーさん。
「ええ?私にしか見えていない?そんなことってあるんですか?」
「あります。騎士団でもフローラ嬢の店でも見えていたのはヴィーだけです。現に私とスージーには見えていなかった。
ミリヤ妃が豹変するまで、側にいた兵士も気付かなかったのは見えていなかったからです。
聖女のアリアナ様だけは敏感に気配を感じた。だから『魔に呑まれてしまいます!』とミリヤ妃に警告したんです」
警告虚しく魔に呑まれたミリヤ妃は、人外の動きをしてアリアナさまを襲ったと。
「それじゃぁ、能面侍女は魔の者だったんですね。そっか、私だけに見えるのは同じ闇属性だからですかね?」
魔の者=魔物、魔人の総称。魔物の吹き溜まりの向こう側の魔界の住民。その魔の者に近いと思うと少し怖いです。
「そうですね……同じ闇属性だから見えたのです。でも、勘違いしないで下さいヴィー。同じ闇属性でも貴女は魔に呑まれなかった。
魔は人の負の感情を喰らい増幅させる。そして、操ります。ミリヤ妃に能面侍女がずっと付いていたのは、彼女の負の感情がよっぽどお気に召したからでしょう……貴女とは違いますよ」
安心させるように旦那さまは私の手を握った。
「シオン隊長……ミリヤ妃が操られているとしたら、アリアナ様とお腹の子を確実に狙ったように見えたぜ」心配顔のスージーさんに頷く旦那さまは、国王に進言した。
国王さまは、直ちに魔よけの神器をアリアナさまの部屋に設置すると慌ただしく宝物庫に向かった。
「ご苦労様でした。シリウスが首を長くして待っていますよ。あとは大丈夫ですから、迎えに行ってあげて下さい」残された私たちに正妃さまが優しく声を掛けてくれた。
確かに、シリウスが待ちくたびれていそうです。私たちも疲れましたし、早く迎えに行って帰りましょう!
旦那さま、スージーさんと私で正妃さまのお部屋にシリウスを迎えに行った。
でもーーー。
そこにシリウスは居なかった。
「……シリウス様でしたら、先ほどシオン隊長の命令だと獣人騎士団の方がお迎えに来ましたわ」
正妃さま付きの侍女の言葉を聞いて旦那さまが顔面蒼白になった。
え?どういうことですか?
「私は、獣人騎士団に頼んでいません………まさか、この為に町で獣人を集めていたのですか?
くっ、やられました。シリウスが攫われました」
「え?タスクさんのお迎えじゃないんですか?
うそ、うそですよね?」
目の前が真っ暗になった。
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