悪役令嬢の面の皮~目が覚めたらケモ耳旦那さまに股がっていた件

豆丸

文字の大きさ
上 下
64 / 74

事件は続くよ⑥ 侍女

しおりを挟む
 
 正妃さまの言葉に床に突っ伏し泣き喚くミリヤ妃。現実を受け入れたくないようで、ぶつぶつと言い始めてます。 

「…こんなの、何かの間違いよ…ひっく、私は、悪くないものっ。王子妃として、大嫌いな、勉強も。ううっ、聖女として汚い爺、婆の癒しもしてきたのにっ。こんなのって、酷いわっ」
 
 だだっ子のように泣くミリヤ妃。その隣に降って沸いたように、いつぞやの能面侍女が現れた。

 あれ?侍女さんいつからそこに居たんですか? 
 
 ミリヤ妃の周りを囲む兵士は、気付かないのか誰も咎めない。視線すら向けない。
 
 ええ?なんでですか?明らかに不審者ですよ。
 旦那さますら見ていない。まるで最初から居ない人のような扱いに嫌な予感がする。
 旦那さまの袖を引っ張り侍女さんを指差した。

「どうしましたか?ヴィー?」
 不思議そうな旦那さま。
 
 能面侍女は、屈むとミリヤ妃の耳元に何を囁いた。
 
 そのとたんーーーカッと両目を見開いたミリヤ妃は大きな奇声をあげた。 

「ぎゃーあああぁっ!ぐううーっ。
 わ、悪いのは私じゃないの。じゃあ、誰だ?……誰よ?そうだお前じゃない。そうよ!」 
 血のように真っ赤な目が、アリアナさまを捕らえた。ギラリとねめつけるように全身を見据える。ピンク色の口が大きく裂けて、長い舌が覗いた。 

「アリアナ様さえ、聖女さえ居なかったら。私はこの国唯一の聖女でいられた。
 そうだ聖女はお前だ!アリアナじゃない。
 お腹の赤子さえ存在しなければジャスティス王子が王太子に成れたのに。
 そうだ。全て、腹の子が悪い。だから……私の為、俺の為。死んでしまえっ」 
 甘ったるいミリヤ妃の声にノイズのように混ざる男の声。突如の変貌に驚愕して、誰一人として動けない。
 
 能面侍女はニタリと笑うとミリヤ妃の手にナイフを握らせた。
 
「いけません!ミリヤ妃。魔に呑まれてしまいます!」アリアナさまが叫ぶ。
 
「キエエーっ!!
 ミリヤ妃は人とは思えない跳躍をして、囲んでいた兵士を飛び越えアリアナさまの前に躍り出た。
 その切っ先は確実にアリアナさまのお腹に向けられていた。 

「アリアナさま!逃げて下さい!」 
 私も叫んだ。
 
「アリアナは傷つけさせません!僕が護ります」ダニエル王子は武器も持たずに大きくナイフを振り下りかざす、ミリヤ妃の前に立ちふさがった。


「ダニエル王子っ」
「誰か!ミリヤ妃を捕らえろ!」
「シオン隊長頼むっ!」
「解っています!」 
 人々の怒号が飛び交う中、確かにスージーさんと旦那さまの声を聞いた。

 振り下ろされたナイフはダニエル王子に届く前に、ミリヤ妃の腕ごと凍りついた。
 制止したその僅かな瞬間をスージーさんが見逃すはずもなく。綺麗な回し蹴りをミリヤ妃に叩き込んだ。
 
 べしんっ!!
 
 ミリヤ妃の細い体はボールように床をバウンドして、部屋の隅のカーテンに突っ込んだ。

 ミリヤ妃は白目を剥き、口から泡を吹き気絶していた。所々擦り切れ血が出ていますけど、生きてますよね?
 ん?少し前にジャスティス王子にも同じ問いかけをしたような気がします……本当に似た者夫婦と云うことですかね。

 項垂れたジャスティス王子と気絶したミリヤ妃が兵士に拘束され連行されていく。
 
 ナイフを向けられ、気分の悪くなったアリアナさまはダニエル王子と兵士に護衛され自室に引っ込んだ。念のため王宮医師の診察を受けるという。
 
 アリアナさまも心配ですが、いち早く能面侍女を捕まえないとです。
 彼女がミリヤ妃を唆して、アリアナさまを害するようにナイフを渡したのですから!
 くるりと謁見の間を見回しても能面侍女の姿は見当たらない。どさくさに紛れて逃げたみたいです。 

「旦那さま、スージーさん!早く能面侍女を探さないと逃げられちゃいますよ」 
 
「奥さまどうしたんだい?能面侍女って誰のことだ?」怪訝そうな顔のスージーさん。 

「ええ?誰のことってミリヤ妃の侍女ですよ。さっきもナイフをミリヤ妃に手渡してたじゃないですかー?」 

「は?ミリヤ妃に侍女なんていないぜ」
「……ヴィー。ミリヤ妃は侍女をこきつかい虐めるので、媚薬事件以降彼女についていませんよ」 

「そんな、旦那さままでっ!冗談ですよね?
 ほら、能面みたいな顔の侍女ですよ。
 騎士団に慰問だとミリヤ妃と護衛騎士のランディさんと一緒に押し掛けて来ていましたし、フローラさんのお店にもミリヤ妃と護衛騎士の二人と一緒に居ましたよ?」 
 私が必死に捲し立てると旦那さまは口許に手を当て考え込んだ。 

「成る程……豹変したミリヤ妃。空中から現れたナイフは……そういう理由だったのですね。確かに、先ほどアリアナ様が叫んだ言葉とも符合します」
 一人納得する旦那さま。私とスージーさんは顔を見合わせた。
 
「どういうことですか?旦那さま」

「ああ、すいません。能面侍女はヴィーにしか見えていなかったと言うことですよ。先ほど能面侍女がナイフをミリヤ妃に渡したと言いましたが、私たちには唐突に空中から現れたように見えたんです」 

「そうだぜ!急に現れて驚いた」
大きな耳をピンとさせ、頷くスージーさん。

「ええ?私にしか見えていない?そんなことってあるんですか?」 

「あります。騎士団でもフローラ嬢の店でも見えていたのはヴィーだけです。現に私とスージーには見えていなかった。
 ミリヤ妃が豹変するまで、側にいた兵士も気付かなかったのは見えていなかったからです。
 聖女のアリアナ様だけは敏感に気配を感じた。だから『魔に呑まれてしまいます!』とミリヤ妃に警告したんです」
 
 警告虚しく魔に呑まれたミリヤ妃は、人外の動きをしてアリアナさまを襲ったと。
 

「それじゃぁ、能面侍女は魔の者だったんですね。そっか、私だけに見えるのは同じ闇属性だからですかね?」
 魔の者=魔物、魔人の総称。魔物の吹き溜まりの向こう側の魔界の住民。その魔の者に近いと思うと少し怖いです。 

「そうですね……同じ闇属性だから見えたのです。でも、勘違いしないで下さいヴィー。同じ闇属性でも貴女は魔に呑まれなかった。
 魔は人の負の感情を喰らい増幅させる。そして、操ります。ミリヤ妃に能面侍女がずっと付いていたのは、彼女の負の感情がよっぽどお気に召したからでしょう……貴女とは違いますよ」 
 安心させるように旦那さまは私の手を握った。

「シオン隊長……ミリヤ妃が操られているとしたら、アリアナ様とお腹の子を確実に狙ったように見えたぜ」心配顔のスージーさんに頷く旦那さまは、国王に進言した。
 国王さまは、直ちに魔よけの神器をアリアナさまの部屋に設置すると慌ただしく宝物庫に向かった。

「ご苦労様でした。シリウスが首を長くして待っていますよ。あとは大丈夫ですから、迎えに行ってあげて下さい」残された私たちに正妃さまが優しく声を掛けてくれた。 

 確かに、シリウスが待ちくたびれていそうです。私たちも疲れましたし、早く迎えに行って帰りましょう! 

 旦那さま、スージーさんと私で正妃さまのお部屋にシリウスを迎えに行った。 



 でもーーー。
   そこにシリウスは居なかった。 


「……シリウス様でしたら、先ほどシオン隊長の命令だと獣人騎士団の方がお迎えに来ましたわ」
 
 正妃さま付きの侍女の言葉を聞いて旦那さまが顔面蒼白になった。

 え?どういうことですか? 
 
「私は、獣人騎士団に頼んでいません………まさか、この為に町で獣人を集めていたのですか?
 くっ、やられました。シリウスが攫われました」
 
「え?タスクさんのお迎えじゃないんですか?
 うそ、うそですよね?」 
 目の前が真っ暗になった。  

しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。

石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。 そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。 新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。 初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、別サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。

朝日みらい
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。 宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。 彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。 加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。 果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?

冷徹義兄の密やかな熱愛

橋本彩里(Ayari)
恋愛
十六歳の時に母が再婚しフローラは侯爵家の一員となったが、ある日、義兄のクリフォードと彼の親友の話を偶然聞いてしまう。 普段から冷徹な義兄に「いい加減我慢の限界だ」と視界に入れるのも疲れるほど嫌われていると知り、これ以上嫌われたくないと家を出ることを決意するのだが、それを知ったクリフォードの態度が急変し……。 ※王道ヒーローではありません

隣国に嫁いだちょいぽちゃ王女は帰りたい

恋愛
パンデルム帝国の皇帝の末娘のシンシアはユリカ王国の王太子に政略結婚で嫁ぐことになった。食べることが大好きなシンシアはちょいぽちゃ王女。 しかし王太子であるアルベートにはライラールという恋人がいた。 アルベートは彼女に夢中。 父である皇帝陛下には2年間で嫌になったら帰ってもいいと言われていたので、2年間耐えることにした。 内容はありがちで設定もゆるゆるです。 ラブラブは後半。 よく悪役として出てくる隣国の王女を主役にしてみました。

処理中です...