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かけがえのない① 旦那さま視点
しおりを挟むーー生まれて初めて、綺麗だと見惚れた令嬢は獣人を嫌悪していた。
どれ程彼女に尽くしても返ってきたのは軽蔑した眼、蔑む刃のような言葉。
屈辱的な閨、我が子のシリウスさえ否定され……いつしか解り合うことを諦めた。
◇
私のヴィヴィアンに手を出そうとした。凍らせる価値のないジャスティス王子の顎に拳をめり込ませた。放物線を描き地面に倒れる。
今この場で、殺されなかったこと感謝して下さい。
騒ぎを聞き付けた護衛騎士数名が地面で伸びたゴミを引き摺るように連行した。
護衛騎士からヴィヴィアンが落ち着いたら、謁見の間に来るよう伝えられた。
「ヴィー、もう大丈夫です。叩かれた頬を聖女アリアナに治癒してもらいましょう」
震える細肩を引き寄せ、安心させるよう一度抱擁した。そっと背中を支え歩くように誘導した。
ヴィヴィアンは顔色も蒼白く、体の震えが止まらないようです。震えを止めようと赤い唇を噛んだ。
可哀想に……。
無理もない馬鹿糞王子に暴行され、強姦されかけたのですから。王城だからと油断した自分の不甲斐なさに腹がたちます。
「無理をしないで下さい……こんなに震えています。頬も腫れて痛かったでしょう?」
手のひらに氷塊を作りハンカチでくるむと、ヴィヴィアンの頬に当て冷やした。
滲みると顔をしかめる彼女。痛々しさに深い後悔だけが胸を締める。
護りたい何に変えても、護りたかった誰を犠牲にしてもーーーー。
「旦那さま大袈裟ですよー。アリアナさまは赤ちゃんが要るんですから、無理させられませんよ。このくらい大丈夫です!」
ヴィヴィアンは体の震えが治まっていないのにも関わらず私は安心させようと笑顔を作った。
健気な様子に胸が熱くなった。
馬鹿王子の……顎だけでなく、四肢の関節も外して、魔力検査に感知しない程度に臓器の一部を秘密裏に凍り付けにしてやればよかった。
まあ、王の御前で五月蝿く騒ぐ口を封じられたので良しとしましょうか?
……今はですがね。
夜毎、私のことを愛していると獣耳に囁く美しい妻。獣人を否定され続けた屈辱的な悪夢の日々は終わりました。
春の女神、風花の出現によって。
今は家族三人で過ごす夢のような毎日。愛し同じように愛を返される幸福。得られた幸せを誰にも奪われるつもりはありません。
王子、ミリヤ妃が予想外の行動をするので、最善を尽したつもりが後手に出てしまいました。もう、証拠は充分揃っています。
私のヴィヴィアンに傷つけたことを死ぬほど後悔してもらいますよ。
◇◇◇
魔に呑み込まれアリアナ様を襲ったミリヤ妃に容赦のないスージーの回し蹴りが決まりました。
気を失ったミリヤ妃と項垂れたジャスティス王子を兵士が引き摺るように退室させる。直ちに貴族牢に収監されるのでしょう。
さて……自尊心だけは強い王子が、格下と馬鹿にするダニエル王子に仕える屈辱にいつまで耐えられるでしょうかね?見ものですね。
少しは懲りて、大人しく職務を全うしてくれたら良いですが。耐えきれず直ぐに馬脚を現しそうです。
まあ、そうなったらお仕舞いですが。
王子のときと違ってただの一貴族、ダニエル王子の前で暴れるものなら即牢屋行きです、その事を王子が理解していると良いですが…。
あの狸国王は、最後の仕事にと王子を反乱分子の割り出しに使いたいようです。馬鹿過ぎて御輿に担がれそうにありませんが。
いくら図太い神経のミリヤ妃でも、4回の生け贄刑に処されれば気が狂い、一生出られない治療院に入ることでしょう。二度と私とヴィヴィアンの前に姿を表すことはありません。
私たち夫婦に群がる害虫を一斉に駆除出来て一安心です。
しかし、王妃には悪いことをしました。子を内戦で失くした彼女にはミリヤ妃の堕胎は大きな衝撃だったようです。
でも、彼女も私とヴィヴィアンを盾に利用した王の計画に加担している以上は、無傷ではいられませんよ。
王は王妃を守りたかったようですが、これを善き戒めにしてください。
本当に私とヴィヴィアンが隣国に亡命しないように。
そのあと、慌てふためくヴィヴィアンに能面侍女の話を聞き、ミリヤ妃の豹変に辻褄が合いました。
心配なのは命を狙われたアリアナ様とお腹の子ですね。今出来ることは、王に魔避けの神器を準備させることですが。
アリアナ様は一刻も早く聖都の父親の猊下のお膝元に避難した方がいいですね。
聖都は結界で護られて外から魔が入れません。
聖都から迎えを頼むとしても、無事引き渡すまでは獣人騎士団で護衛した方が安全ですね。
今後の獣人騎士団の配置を頭に巡らせながら、待っているであろうシリウスを迎えに行く。
そして、自分の浅はかさを思い知った。
王妃の部谷にシリウスは居なかった。私の命令で獣人騎士団が連行して行ったそうです。勿論、私はそんな命令を出してはいません。
誘拐されたーーー私の大事な息子がっ!騎士団を名乗る不届きものに!
獣人への仕事の斡旋。行方不明の獣人と北の山。未亡人ナージャさんの息子の「騎士団になれるかもしれない」の言葉。全てが嵌まった。
やはり……ローベルハイム公爵ですか?
孫のシリウスを誘拐するためだけに、偽の獣人騎士団を作ったのですか?
それとも獣人騎士団に成り代わるつもりですか?
いや、まだ別の貴族か犯罪者の可能性もありますよ。身代金目的の営利誘拐か?私を脅す可能性もあります。
自分の不甲斐なさに悔しくて、ギリギリと歯軋りをした。
「……旦那さま!早くシリウスを探しましょう!」
大きなヴィヴィアンの声に我に返った。
「そうですね!まずは大切なシリウスを取り戻してからです。犯人もそこにいるはずです」
私とヴィヴィアンの愛の結晶に手を出そうとするなんて、愚かな行為死んでも後悔させてやりましょう。
「イザーク仕事です。
シリウスが誘拐されました。全速力でのタスクに門を閉めるように伝えてください」
「了解しました!三門全てですか?町の治安維持の第二騎士団の連中が黙っていませんよ。ひと悶着しても良いんですか?」
窓から逆さに顔を出したイザークは、何処か嬉しそうだった。
「怪我をさせなければ良しとします。追って直ぐに正妃さまから閉門許可書をお出ししてもらいます。取り急ぎ行ってください」
「わかりましたよ!久しぶりに戦闘嬉しいなー」
にぱっと晴れやかに笑うイザークに釘を指した。
「すみませんが、イザークは伝達のちに、上空から不審な馬車を探して向かう方角を私とタスクに知らせてください。私も直ぐに馬で門に向かいます」
「ちぇ、戦闘なしか。まあ、シリウス坊のため本気だすよ」
ヒラリと窓から飛び立ったイザークの姿はあっという間に小さくなった。燕獣人の彼なら大した時間も掛けず、タスクに知らせてくれます。
「旦那さま、私も行きたいけど…足手まといですよね?シリウスのことお願いします」
確実に戦いになる……分をわきまえているヴィヴィアン泣きそうな顔のままで私を見つめた。
「ヴィー。貴女は正妃さまに閉門許可書をお
願いしてください」
「はい!任せてください!
旦那さまも気をつけて行って来てください。二人の好物を作って待ってますからね」
ヴィヴィアンは泣き笑いの顔で私の両手を握った。
スージーにヴィヴィアンの護衛を託すと城の馬屋に急いだ。足が早く獣人に怯まない豪胆な馬が居るとよいのですか……。
貸し渋る多数の兵士のなか「是非、私の馬を使って下さい!」と、快く貸してくれたのはヴィヴィアンがその命を救った護衛騎士のランディだった。
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