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貴女が望むなら
しおりを挟む「一昨日来やがれってんだーっ!」
ミリヤ妃の去った馬車のあとに塩を撒くスージーさん。
「なんで?塩を撒くんだワン?もしかしてミリヤ妃は、ナメクジの妖精なのかワン?」
不思議そうにカンタさんが豪快にお清めをするスージーさんを見つめていたよ。
ふう、本当に騒がしい困った人でした。絶対夫婦交換なんてしませんよ!旦那さまは私のですから。
「それにしても……凌辱未遂事件の薬のことわかったんですね?」
「ええ、薬の名前はカリアシュ。歓楽街アレドリアに自生する花の根から作られる薬でした。昔は反抗的な奴隷や娼婦を言いなりにするため、使用されていましたが、長く使用すると自発呼吸すらしなくなり、自死を迎えてしまう。
今は……倫理的にも問題が有るため、製造、使用は禁止されています」旦那さまは不機嫌そうに言った。
「うーん……ミリヤ妃は、禁止されている薬をどうやって手に入れたのでしょうか?」
「そうそう、公には隠してるけどあのミリヤ妃の母親は、アレドリアの元娼婦だよ」
タスクさんが、詳しく説明してくれた。
ミリヤ妃の母が上客だったバレント男爵に妊娠させられ産んだけど、クズな男爵は「私の子じゃないと!」と、親子を切り捨てた。
そんな過酷な生活の中、ミリヤ妃は幼少期から娼館の手伝いをさせられていたそうだ。
少女に成長し癒しの力が発現すると、アレドリアで聖女が現れたと話題になった。
クズ男爵は、手のひらを返して「聖女は我が娘だ!」と、ミリヤ妃を養女に迎え、母親を側室にしたと。
男爵家に迎えられた母子は今までの鬱憤を晴らすかのように、贅沢三昧に遊んで暮らし男爵を頭を抱えた。大して裕福じゃない男爵家の財政を傾けるほど。でも、男爵の苦労は報われることになる……娘は学園でこの国の第一王子を射止めたのだから。
「ミリヤ妃なら、母親の昔のツテで薬を手に入れられたかもね……でもさ、四年も前だし立証するのは難しいよ」軽い口調でタスクさんが言うと、ギロリと旦那さまが睨んだ。
「団長、怖いよ~?ほらさ、母親も眠るように死んでるし。詳細を聞けないから」
タスクさんは大袈裟にぶるりと狐の大きなしっぽを震わせた。そう、ミリヤ妃の母親は彼女が結婚して半年後に亡くなっている。
「ヴィヴィアン……貴女が望むなら、時間が掛かかっても証拠を揃えます。冤罪を証明して名誉挽回します」旦那さまが初めて、私の前で膝を床につけ、かがむ姿勢を取った。優雅な所作で跪く。そして、美しい顔を私に向けた。
ひぁぁーっ!!これはっ!
騎士が姫様に忠誠を誓うときにするポーズ!
騎士団の制服も相まって、凄くカッコいい。額縁に保存しておきたいぐらいです!ああ、この世界に写真がないのが悔やまれます。
せめて、この目に焼き付けないと!
じー、じーっと食い入るように見つめる。またばき一つだってしませんよ。
「凄い目力ワン!焦げそうワン!」
「奥様、目が乾くぜっ」
「あはは、ヴィヴィアンさんって本当に団長が好きなんだねー」
尊敬の眼のカンタさん。呆れ声のスージーさんとタスクさん。
外野はうるさいですが、お構い無しに旦那さまを見つめ続けますよ。
「はあ、ヴィヴィアンは私を見つめるのに忙しいようですが……貴女の気持ちを教えてください」
待ちきれなくなった旦那さまはすくっと立ち上がりと私の手を握った。
ああ、眼福タイムが終わってしまった。
残念な気持ちを飲み込んで生真面目な顔をした旦那さまの前でかしこまった。旦那さまは私のことを真剣に思ってくれているのだから。
「……冤罪証明しなくていいです。
調査や立証に時間をかけるくらいなら、もっと旦那さまと一緒の時間を増やしたいです。過去じゃなくて今を大事にしたい」
大切なので小声で伝えた。そんなことより!もっともっと旦那さまを見つめたい。
「よいのですか?今のままでは、貴女の名誉は回復されない」
「回復しなくても旦那さまや、屋敷の皆さん騎士団員さんのおかげさまでなーんの不自由もありませんから」
お姉さんには悪いけど、名誉より旦那さまとの今の生活が大事。旦那さまを危険に晒したくもない。貴族的には名誉回復は重要なのかもしれないけど。
英雄の旦那さまの子供のシリウスが謗られることも少ないだろうし。
「それに……冤罪なら、それこそ罪滅ぼしに王子妃に戻してやろうとか、夫婦交換とかジャスティン王子に言われそうじゃないですか?王様が賛成したら王命になっちゃいます」
考えただけで鳥肌ものである。
「……確かにそうですね」
第一王子夫婦の行いを思い出した旦那さまは、大きな溜め息をついた。
そして、真っ直ぐに私の顔を見つめた。
「仕方ありません……貴女の望むように私との時間を増やしましょう」旦那さまの口角がわかりやすく上がった。
「やった~!嬉しいです」
嬉しくて旦那さまに首に抱きつく。逞しい腕は自然に私の腰に回されて、長いしっぽがさわさわと太ももをくすぐる。
「おとうちゃまっ!ぼくもだっこ~」
別室に避難していたシリウスが狡いとばかりに旦那さまの足を引っ張る。
「シリウスは母親に似て、甘えん坊ですね」
旦那さまは空いた手でヒョイっとシリウスを抱き上げ、肩に乗せた。「うきゃー」と、かん高い声をあげるシリウス。旦那さまの反対の手は、また私の腰に回されて。家族三人だんごのようにくっついた。
はうっ、温かい~。幸せ~。
この幸せは絶対守るぞっ!
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