41 / 74
旦那さまのいない5日間③
しおりを挟むうーん、朝日が眩しい。
旦那さまの留守のベッドは広くて寂しい。寄り添い眠ったシリウスの柔らかい頬っぺたにキスをしてから起きた。ぬくもりを求めて身動ぎするシリウスに暖かい毛布をかける。
早く起きて、昨日の分の書類仕事のお手伝いしないと!
昨日の一件でジャスティン王子は、王妃の監視下に置かれ、外出禁止になったので今日は安心して仕事に取り組めるはずです。
外から聞こえる人の声、木を叩く音、物を引き摺るような鈍い音。
あれ?朝早いはずなのに玄関が騒がしい。急いで着替え、恐る恐る玄関ホールを覗くと、たくさんの職人さんが働いていた。その職人の中に親方らしき厳つい男の人の話すシャーリングさんとリンスさんを見つけた。
「すいません奥様騒がしかったですか?」
リンスさんはいち早く私に気づき駆け寄ってきた。シャーリングさんはなにやら熱心に話込んでいる。
「これは……昨日の乱闘の修復ですか?仕事が早いですね」
「そうです。朝一番に町に伺いまして手の空いている職人に声をかけましたら、たくさん来ていただけました」穏やかに微笑むリンスさんは、心配そうに私の顔を覗き込んだ。
「奥様っ。顔色が優れませんわ。
昨日、ジャスティン王子に無理矢理に連れ去られそうになられたショックが大きいのですね。お痛わしいことですわ」大袈裟に嘆くリンスさん。
「はーっ。
ジャスティン王子は真実の愛を貫いたミリア妃に永遠の愛を誓ったはずなのに、今さら捨てた奥さまを寄越せと暴れられ屋敷を壊された。本当に迷惑ですよ」シャーリングさんは周りに聞かせるような大きな声、芝居かかった口調で話す。
ん?もしかして、わざと聞かせているのかな?
職人さんたちは手は止めないけど、一度シャーリングさんを横目でチラリと見た。うん、聞いてるみたいだよ。
「旦那さまは、ジャスティン王子の治める領地の魔物まで代わりに討伐しました。それなのに……旦那さまの愛する奥さまを連れていこうとするなんて、酷い仕打ちですわ」リンスさんが悲しそうにハンカチで目頭を抑えた。涙は出ていないけどね。
ふええー!なにやら小劇場が始まったみたい。私も参加すべきなの?チラッと二人を伺うと二人とも私を見ていた………え?私も、何が言えと?
「えーと、尊敬する旦那さまとかわいい子供と引き裂かれ、ジャスティン王子の子を産むなんてまっぴらごめんですわー」棒演技だけど、なんとか頑張った。吹き出しそうなので下を向き顔を覆う
「奥さま!泣かないで下さい。さあ、お部屋に戻りましょう」
笑いを耐えぶるぶる震える肩にリンスさんが手を置くと、さっと寝室に誘導してくれた。危なかった~。枕に顔を埋め、布団をかぶりひとしきり笑った。
この日は一日中、修理で職人さんが仕事をする。私が心労で体調を崩したことの信憑性を増すため外出禁止にされました。
今日の騎士団詰所行きは諦めて、シャーリングさんに教わり昨日の書類仕事の続きをこなします。
それとなくさっきの小劇場のことを聞いたら、ジャスティン王子の狼藉を民衆に流布し、彼らを味方につけたいからと言っていた。
シリウスはワタルさんと鉢を植え直し、スージーさんも一緒に水やりのお手伝いをしている。
私は、書類仕事が一段落してから、シリウスと一緒に昼食を食べた。今日はじゃがいものチーズグラタン。芋はなんと庭園の端にワタルさんが作った畑から収穫した。ほくほくのじゃがいもはとても美味しかった。
お昼過ぎにシリウスに絵本を読んでいると、玄関からまたもや芝居かかった声が響いた。
「まあーっ!奥様たいへんでございます。直ぐ玄関にいらしてください」
「ど、とうしたんですかー?」
シリウスと慌てて玄関ホールに駆けつけると、巨体を揺らし、兎耳をピョコピョコさせたミミさんがいた。
「なんということでしょうかー!王子妃ミリア様より、奥様を王子妃つきの侍女に任命するとのお達しですわ~」
こ、今度の役者はミミさんですかー?
手降り身振り動作が大袈裟過ぎて大根役者ですが大丈夫ですかね~。
しかも、女主人宛の手紙を勝手に開けて読んでるし、突っ込み所満載なんですが?
玄関ホールの職人さんがミミさんの剣幕に驚き顔を上げた。おっ、しっかり聞いてますね。
「おいっ!どうした」
演技とは無縁のスージーさんが通りかかり、怪訝な表情で手紙を読んだ。
あ、スージーさんも人の手紙を勝手に読んだら駄目ですよって、聞いてませんね。
「はああっ?なんだよこれ。
王子妃つきの侍女なんて建前でジャスティン王子に差し出して、お手付きにするつもりじゃねーかよっ!クソ、公妾断ったら姑息な手段使いやがって!!」
スージーさんは手紙をぐしゃぐしゃに丸めて床に捨てた。おーい、それ私宛ですよ。
「まだ、シリウス様もこんなに小さく母親を求めておられるのに、親子を引き離そうとするなんて酷いですわ~」
ハンカチを両手に持ち、ミミさんがワンワン泣いた。本当に涙出てるよ。口調はわざとらしいけど、思っていることは真実みたい。
「……マアマと、バイバイなの?ぼく、いやなのに」
ミミさんの雰囲気に飲まれたのか、シリウスも泣いて私の首にすがった。
「バイバイなんてしませんよ……シリウスはママの宝物ですから。大きくなるまで側にいますよ!王妃さま付き侍女はお断りします!だから、安心して下さいね」優しく背中を擦ると、シリウスは泣き止んだ。
「マアマ!だいちゅき」
「ママもシリウス大好きですよ」
チューと頬っぺたにキスされたので、私もお返しのチューをした。
職人さんたちが顔を見合わせて、ポカンとしていた。仲良し親子アピールだったけど。もしかして、やり過ぎたかな?
まあ、いいや。本当に仲良し親子だから。
気にせずシリウスが興味を示した職人さんの仕事道具を見せてもらった。
気さくに話し掛けると初めては驚いたような顔をしていた職人さんが、休憩時間にお茶とお菓子を出すと「貴族なのに気取ってなくて話しやすいです」と、最後には笑顔を見せてくれた。
その後……シャーリングさんに文面を教わりながら、ミリア妃に失礼にならないようにお断りの手紙を書いた。貴族はまどろっこしい。本音で書いたら、何処で挙げ足を取られるかわからない。書いた手紙は今日の鳥当番にお願いして王城に届けてもらった。
夕刻、職人さんたちが帰り見違えたように綺麗になった玄関ホール。シャーリングさんが支払いは全て王宮に請求して下さいと言っていた。
あとでまた、ジャスティン王子は王妃に怒られるだろうなー。あはは、自業自得だよね。
60
お気に入りに追加
286
あなたにおすすめの小説
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ
記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした
結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。
傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。
石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。
そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。
新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。
初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は、別サイトにも投稿しております。
表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?
おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました!
皆様ありがとうございます。
「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」
眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。
「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」
ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。
ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視
上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。
朝日みらい
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。
宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。
彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。
加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。
果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?

冷徹義兄の密やかな熱愛
橋本彩里(Ayari)
恋愛
十六歳の時に母が再婚しフローラは侯爵家の一員となったが、ある日、義兄のクリフォードと彼の親友の話を偶然聞いてしまう。
普段から冷徹な義兄に「いい加減我慢の限界だ」と視界に入れるのも疲れるほど嫌われていると知り、これ以上嫌われたくないと家を出ることを決意するのだが、それを知ったクリフォードの態度が急変し……。
※王道ヒーローではありません

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
悪役令嬢の逆襲
すけさん
恋愛
断罪される1年前に前世の記憶が甦る!
前世は三十代の子持ちのおばちゃんだった。
素行は悪かった悪役令嬢は、急におばちゃんチックな思想が芽生え恋に友情に新たな一面を見せ始めた事で、断罪を回避するべく奮闘する!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる