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旦那さまのいない5日間②
しおりを挟む大半の騎士団員は旦那さまの討伐に付き従い居なかった。閑散とする詰所で快くタスクさんが迎え入れてくれた。いつもの鍛練場に案内される。
「あはは、シオン隊長の危惧した通り、ジャスティン王子迎えに来たんだねー。ヴィヴィアンさんが受け入れると思ってるなんて……本当に、おめでたい頭だよー」乾いた笑いをたてタスクさんは大げさに肩をすくめた。
「あれ?カンタさんは居ないんですか?」
いつもなら私たちが来ると美味しい物がもらえるからしっぽをフリフリ飛んで来るのに。
「カンタは、ああ見えても強くてさー。優れた鼻で魔物の棲みかがわかるから重宝されてるんだ」
へええ?そうなんだ。人は見かけによらないです。
感心していると、手持ちぶさたのシリウスが鍛練場を走り出してしまった。
訓練中の人たちも居るのに、止めようとすると、タスクさんがニヤニヤしながらシリウスを追いかけた。そして、その小さな手に小ぶりの木刀を手渡した。
「シオン隊長が居ないときは、シリウス坊がママを守らないとだからな~。強くなろうな」
ぽんと、タスクさんがシリウスの頭に手を置いた。
「うん!ぼく、つよくなる」
シリウスは、キラキラしたお目目で木刀を振り回す。危ないっ。飛んできそうだよ。ワタルさんがすっぱ抜けそうな持ち方を直してくれた。そのままワタルさんが手を添え振り方を教えてくれる。
「羨ましいぜっ。こんな幼い頃からワタルさんに追随してたら、シリウスさまスゲエ剣士になれるな」
興奮気味なスージーさんも隣で剣を振り始めた。
いやいやまだ2歳だし、可能性は無限大。
ママとして、出来たら本人の望む道に進んで欲しいです。でも、みんなはきっと旦那さまの後を継いで伯爵家を、ひいては獣人騎士団団長になってほしいんだろうな~。
うーん……王命に乗っかるようで嫌だけど、シリウスの選択の余地のためにも兄弟は必要かも。
高貴な人はしがらみ多くて窮屈そうだ。公務をしない、モーシャン地方を無視するのは論外だけど、ジャスティン王子は年齢的に立太子とされていてもおかしくないんだし。
ミリア妃もジャスティン王子も子供が出来なくて辛い思いをしてきたのかもしれない。
私を公妾にしようと必死な王子が少し哀れに思えた。
ん?でも、公妾って別に私じゃなくてもいいんじゃー?ふっと素朴な疑問が湧いた。
「大丈夫?ヴィヴィアンさん、煮詰まってる~?」
鍛練場の休憩用の椅子に座りシリウスの訓練を見学する。一人、悶々と考えているとタスクさんが声を掛けてきた。
「えーと、タスクさん。ジャスティン王子は何であんなに私に固執するんですかね?別の高位貴族女性はたくさんいますよねー?」
「ああ、それー?
黒魔法を使えることもあるだろうけどさ。単純に気に入にいらないんだよ。
シオン隊長とヴィヴィアンさんがうまくいってることがさー。学生時代からなにかとイチャモンつけてきてたし」
「はあ?そんな理由ですか?」
ジャスティン王子に同情して損したよ。
「毎回、閨の次の日わざわざ呼び出して、詳細を聞こうとするんだぜー。黙る団長の拘束の跡を指さして、護衛騎士と一緒に揶揄って嗤うんだ。あはは、クソ性格悪いよなー」
タスクさんは目を細め、私を見ていた。暗にあんたの責だと言われているかのようで居心地が悪い。
「前の私がすいませんでした……今は拘束してませんよ!ラブラブ夫婦目指してますから」
頭を下げて謝るとタスクさんはくすっと笑った。
「あはは、わかってるよ。中身変わったってさ。シオン隊長に聞いたし。ヴィヴィアンさんから絶えず団長の濃いマーキングの匂いするから、団長を受け入れてるってわかるよ。団長も最近はデレデレで腑抜けだしさ、本当に見てられないよ~。独身者には羨ましい限りだ」
「えへへ、そうですか?」
笑うタスクさんにつられて私も微笑んだ。
「……ただ…」
「へ?」
「次に、シオン隊長を裏切ったり傷つけたら俺たちが赦さない」
タスクさんの笑みがすうっと消えた。ばっと騎士団全隊が一斉に私を見た。冷たい瞳が鋭いナイフのように突き刺さる。まるで世界が停止したかのように、静寂に包まれた。
ーー怖い。
底冷えする震えが足元から伝わる。絶対にタスクを敵に回してはいけない。ごくりと唾を飲み込むと、震えながら言った。
「そ、そんなことしません。だ、旦那さまを大切にしますよ」
「あはは、今のヴィヴィアンさんならそう言ってくれると思ってたよー」
再びへらりと笑うタスクさん。何事もなかったように木刀を降る団員たち。世界は動き始めたのに私の震えは止まらなかった。
騎士団に居たら世界一安全だわ、私はそう確信した。
◇
鳥当番の燕獣人のイザークさんの連絡を受けて、屋敷に帰れたのは夕刻に近かった。
「うわあ、これはすげえな」
歪んだ玄関扉にスージーさんが叫んだ。所々でひっくり返った植木鉢。無惨に散った花。深く皺を刻んだワタルさんが無言で一つ一つ丁寧に植え直していく。酷い!ワタルさんが心を込め育てたのに。怒りが沸々と込み上げる。
「みなさん怪我してませんか?大丈夫ですか?」
入った玄関ホールは乱闘後のようだった。壊れた花瓶に、曲がった絵画。引き裂かれたカーテン。汚れた床に何故かツーンとする香辛料の匂い。
「シリウス様にお変わりはありませんか」
ミミさんが駆けてきて、シリウスを放漫な胸で抱きしめた。
「ホッホッホッ、我々は大丈夫です」
「お帰りなさいませ奥様。掃除が行き届かず、すいません」
埃一つ被っていないシャーリングさんと、何故かとてもすっきりした顔のリンスさんが笑顔で出迎えてくれた。その後ろに控える見慣れた侍女、使用人の顔に安心して涙が滲む。
「掃除なんていいんです!みなさんが無事で良かった~っ。それにしても何があったんですか?」
我々はと、強調して言うところが気になる。無事じゃなかったのは……もしかして。
夕食を食べたあと、シャーリングさんとリンスさんに詳しく話を聞いた。うん、やっぱり無事じゃなかったのはジャスティン王子でした。勿論屋敷の人たちは一切手を出していない。
旦那さまが王妃に手を回していたので、イザークさんが王妃の護衛騎士に訴えた私の危機は、直ぐさま王妃さまの耳に入った。
王妃さまは、自分つきの護衛騎士を早馬で走らせてくれて。
王妃さまの護衛騎士は穏便に説得してジャスティン王子を連れ帰ろうとした。でも、馬鹿王子はごねにごね、とうとうキレた。
そして、自分の護衛騎士に王妃さまの護衛騎士の排除を命じたと……アホとしか言いようがないです。
乱闘になった両騎士団を止めようとした、シャーリングさんの箒の先が誤ってジャスティン王子の股間にめり込んだり。
乱闘に巻き込まれたリンスさんが、たまたま持っていた激辛香辛料が滑ってジャスティン王子の目に入ったりと些細なハプニングがあったようですが、無事に回収されていきましたとさ。
たいへんでしたね二人とも。
私もうっかり重い石像をジャスティン王子の足の小指に落としたかったです。
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