悪役令嬢の面の皮~目が覚めたらケモ耳旦那さまに股がっていた件

豆丸

文字の大きさ
上 下
40 / 74

旦那さまのいない5日間②

しおりを挟む
 

 大半の騎士団員は旦那さまの討伐に付き従い居なかった。閑散とする詰所で快くタスクさんが迎え入れてくれた。いつもの鍛練場に案内される。 

「あはは、シオン隊長の危惧した通り、ジャスティン王子迎えに来たんだねー。ヴィヴィアンさんが受け入れると思ってるなんて……本当に、おめでたい頭だよー」乾いた笑いをたてタスクさんは大げさに肩をすくめた。 

「あれ?カンタさんは居ないんですか?」 
 いつもなら私たちが来ると美味しい物がもらえるからしっぽをフリフリ飛んで来るのに。 

「カンタは、ああ見えても強くてさー。優れた鼻で魔物の棲みかがわかるから重宝されてるんだ」 

 へええ?そうなんだ。人は見かけによらないです。
 感心していると、手持ちぶさたのシリウスが鍛練場を走り出してしまった。 
 訓練中の人たちも居るのに、止めようとすると、タスクさんがニヤニヤしながらシリウスを追いかけた。そして、その小さな手に小ぶりの木刀を手渡した。 

「シオン隊長が居ないときは、シリウス坊がママを守らないとだからな~。強くなろうな」 
 ぽんと、タスクさんがシリウスの頭に手を置いた。
 
「うん!ぼく、つよくなる」  
 シリウスは、キラキラしたお目目で木刀を振り回す。危ないっ。飛んできそうだよ。ワタルさんがすっぱ抜けそうな持ち方を直してくれた。そのままワタルさんが手を添え振り方を教えてくれる。 

「羨ましいぜっ。こんな幼い頃からワタルさんに追随してたら、シリウスさまスゲエ剣士になれるな」
 興奮気味なスージーさんも隣で剣を振り始めた。 

 いやいやまだ2歳だし、可能性は無限大。 
 ママとして、出来たら本人の望む道に進んで欲しいです。でも、みんなはきっと旦那さまの後を継いで伯爵家を、ひいては獣人騎士団団長になってほしいんだろうな~。 
 うーん……王命に乗っかるようで嫌だけど、シリウスの選択の余地のためにも兄弟は必要かも。 

 高貴な人はしがらみ多くて窮屈そうだ。公務をしない、モーシャン地方を無視するのは論外だけど、ジャスティン王子は年齢的に立太子とされていてもおかしくないんだし。
 ミリア妃もジャスティン王子も子供が出来なくて辛い思いをしてきたのかもしれない。 
 私を公妾にしようと必死な王子が少し哀れに思えた。 
 
 ん?でも、公妾って別に私じゃなくてもいいんじゃー?ふっと素朴な疑問が湧いた。 

「大丈夫?ヴィヴィアンさん、煮詰まってる~?」  
 鍛練場の休憩用の椅子に座りシリウスの訓練を見学する。一人、悶々と考えているとタスクさんが声を掛けてきた。

「えーと、タスクさん。ジャスティン王子は何であんなに私に固執するんですかね?別の高位貴族女性はたくさんいますよねー?」 

「ああ、それー? 
 黒魔法を使えることもあるだろうけどさ。単純に気に入にいらないんだよ。 
 シオン隊長とヴィヴィアンさんがうまくいってることがさー。学生時代からなにかとイチャモンつけてきてたし」 

「はあ?そんな理由ですか?」 
 ジャスティン王子に同情して損したよ。  

「毎回、閨の次の日わざわざ呼び出して、詳細を聞こうとするんだぜー。黙る団長の拘束の跡を指さして、護衛騎士と一緒に揶揄って嗤うんだ。あはは、クソ性格悪いよなー」 
 タスクさんは目を細め、私を見ていた。暗にあんたの責だと言われているかのようで居心地が悪い。
 
「前の私がすいませんでした……今は拘束してませんよ!ラブラブ夫婦目指してますから」 
 頭を下げて謝るとタスクさんはくすっと笑った。

「あはは、わかってるよ。中身変わったってさ。シオン隊長に聞いたし。ヴィヴィアンさんから絶えず団長の濃いマーキングの匂いするから、団長を受け入れてるってわかるよ。団長も最近はデレデレで腑抜けだしさ、本当に見てられないよ~。独身者には羨ましい限りだ」 
  
「えへへ、そうですか?」 
 笑うタスクさんにつられて私も微笑んだ。 
 
「……ただ…」 
「へ?」  
  
「次に、シオン隊長を裏切ったり傷つけたら俺たちが赦さない」
 タスクさんの笑みがすうっと消えた。ばっと騎士団全隊が一斉に私を見た。冷たい瞳が鋭いナイフのように突き刺さる。まるで世界が停止したかのように、静寂に包まれた。 

 ーー怖い。 

 底冷えする震えが足元から伝わる。絶対にタスクこの人を敵に回してはいけない。ごくりと唾を飲み込むと、震えながら言った。 

「そ、そんなことしません。だ、旦那さまを大切にしますよ」 

「あはは、今のヴィヴィアンさんならそう言ってくれると思ってたよー」 
 再びへらりと笑うタスクさん。何事もなかったように木刀を降る団員たち。世界は動き始めたのに私の震えは止まらなかった。

  
 騎士団に居たら世界一安全だわ、私はそう確信した。


 
 ◇


  
 鳥当番の燕獣人のイザークさんの連絡を受けて、屋敷に帰れたのは夕刻に近かった。 

「うわあ、これはすげえな」 
 歪んだ玄関扉にスージーさんが叫んだ。所々でひっくり返った植木鉢。無惨に散った花。深く皺を刻んだワタルさんが無言で一つ一つ丁寧に植え直していく。酷い!ワタルさんが心を込め育てたのに。怒りが沸々と込み上げる。
 
「みなさん怪我してませんか?大丈夫ですか?」  
 入った玄関ホールは乱闘後のようだった。壊れた花瓶に、曲がった絵画。引き裂かれたカーテン。汚れた床に何故かツーンとする香辛料の匂い。

「シリウス様にお変わりはありませんか」 
 ミミさんが駆けてきて、シリウスを放漫な胸で抱きしめた。

「ホッホッホッ、我々は大丈夫です」 
「お帰りなさいませ奥様。掃除が行き届かず、すいません」  
 埃一つ被っていないシャーリングさんと、何故かとてもすっきりした顔のリンスさんが笑顔で出迎えてくれた。その後ろに控える見慣れた侍女、使用人の顔に安心して涙が滲む。  
 
「掃除なんていいんです!みなさんが無事で良かった~っ。それにしても何があったんですか?」
 と、強調して言うところが気になる。無事じゃなかったのは……もしかして。 
 
 夕食を食べたあと、シャーリングさんとリンスさんに詳しく話を聞いた。うん、やっぱり無事じゃなかったのはジャスティン王子でした。勿論屋敷の人たちは一切手を出していない。 

 旦那さまが王妃に手を回していたので、イザークさんが王妃の護衛騎士に訴えた私の危機は、直ぐさま王妃さまの耳に入った。 
 王妃さまは、自分つきの護衛騎士を早馬で走らせてくれて。
 王妃さまの護衛騎士は穏便に説得してジャスティン王子を連れ帰ろうとした。でも、馬鹿王子はごねにごね、とうとうキレた。 
 そして、自分の護衛騎士に王妃さまの護衛騎士の排除を命じたと……アホとしか言いようがないです。 

 乱闘になった両騎士団を止めようとした、シャーリングさんの箒の先がジャスティン王子の股間にめり込んだり。 
 乱闘に巻き込まれたリンスさんが、持っていた激辛香辛料が滑ってジャスティン王子の目に入ったりと些細なハプニングがあったようですが、無事に回収されていきましたとさ。 

 たいへんでしたね二人とも。 
 私も重い石像をジャスティン王子の足の小指に落としたかったです。

 
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。

石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。 そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。 新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。 初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、別サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

冷徹義兄の密やかな熱愛

橋本彩里(Ayari)
恋愛
十六歳の時に母が再婚しフローラは侯爵家の一員となったが、ある日、義兄のクリフォードと彼の親友の話を偶然聞いてしまう。 普段から冷徹な義兄に「いい加減我慢の限界だ」と視界に入れるのも疲れるほど嫌われていると知り、これ以上嫌われたくないと家を出ることを決意するのだが、それを知ったクリフォードの態度が急変し……。 ※王道ヒーローではありません

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。

朝日みらい
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。 宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。 彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。 加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。 果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?

悪役令嬢の逆襲

すけさん
恋愛
断罪される1年前に前世の記憶が甦る! 前世は三十代の子持ちのおばちゃんだった。 素行は悪かった悪役令嬢は、急におばちゃんチックな思想が芽生え恋に友情に新たな一面を見せ始めた事で、断罪を回避するべく奮闘する!

処理中です...