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後ろ楯
しおりを挟む人払いを済ませ、静まり返った玉座で国王陛下が告げた。緊張に口から心臓が出そう。
「シリウスの後ろ楯か、余で良いなら喜んで受けよう」
若い頃はきっと男前だったとわかる顔立ち。今は、たっぷりとした二重顎とお腹のお肉、やや寂しい頭髪が哀愁を誘う。
笑顔の国王陛下から2つ返事で了解を得られ、拍子抜けしてしまった。聖女の『媚薬事件』を引き合いに出すまでもなかったよ。
近々開催される建国祭でシリウスの御披露目をし、ローベルハイム公爵、反獣人派に国王自ら釘を差してくれると言う。
「王ばかり狡いですわ。キャシーの孫はわたくしにとっても孫同然ですの。わたくしも後ろ楯になりますわ」儚げ美魔女の王妃エレナ様が口元を扇で隠し、優雅な所作で告げた。ちなみに『キャシー』は旦那さまのお母さんの名前。クーデターの時、身籠っていた王の子を必死に隠していたエレナ様を危険を省みず助けてくれた、キャシーさんを女神のごとく崇拝しているそうです。
王と王妃の後ろ楯っ!なんとも心強いです!
良かったねシリウス~っ。緊張感が抜けていつもふにゃりとしたの笑顔でシリウスを見つめた。
「マアマ、ニコニコ~っ」
物怖じしないシリウスは私の頬を撫でた。
「えへへ~っ。シリウスもですよ」
「ヴィヴィアン、シリウスまだ国王陛下の御前です」可愛い我が子に緩む表情を旦那さまが諌める。
「良いのですシオン。
わたくし、王医よりヴィヴィアンが記憶を失くしたと報告を受けて心配しておりました。貴女は幼い頃から正妃に成るよう懸命に尽くしてくれた。
浅はかなジャスティスに結婚破棄され、狡猾な王に結婚を無理強いされ。とうとう繊細なヴィヴィアンが壊れてしまったと、そう思っていましたの………今の貴女の顔は我が子が可愛くて仕方ないと書いてありますわ。子はかすがいです」王妃様の慈愛に満ちた瞳が潤んだ。
……お姉さん良かったね。無駄じゃなかったんだよ。努力をちゃん見て心配してくれる人が居たよ。
王妃の瞳はとても優しくて、まるで本当の娘に向けるように澄んでいた。
クーデターの監禁生活の心労と疲弊で残念ながら、お腹のお子を失くした。子に対する愛情は人一倍深く。王妃自ら国営の孤児院の管理者なっているほど。
クーデターが終結した2年後、産まれたジャスティス王子を玉のように大切に育て慈しみ。
幸い王子は一度だけ高熱で生死をさ迷っただけで健康に育った。幼い頃から、賢王になるよう一流の講師から教育を受け、ジャスティス王子も周囲の期待に応えようと勉学に励み、体を鍛えた。
そんな彼が変わってしまった切っ掛けは本当に些細なことだった。王子の将来の片腕となるで在ろう
貴族子息との交流。唯一の王子の目に留まろうとと、誰もが競うように王子の自分に媚びへつらい、持て囃し機嫌を伺う。
令嬢たちも口々に褒め称える。次期国王として特別扱いされ優遇された。
いつしか王子は自分は選ばれた特別な人間なんだと勘違いした。横柄な態度、言葉使いを取るようになった。どうせ自分が王になるのだからと勉学をサボり遊びにのめり込んでしまう。
王子が10歳になると年の離れた弟ダニエルが産まれた。ジャスティス王子は弟を可愛がるどころが、『国王は僕がなる!スペアはいらない』と、ことあるごとに弟にいじわるをしたそうで。
王と王妃は憤り強く諌めた。ジャスティス王子は、表立ってダニエル王子を虐めることはしなくなったが、子ずるく取り巻きの令息たちを唆した。それは怪我をさせるまでに発展した。
折り合いの悪い兄弟。気丈の激しい兄に優しい弟。国が第一王子派と第二王子派で分断し、乱れることを心配した国王は幼く体の弱かったダニエル王子を一時的に王妃の隣国に避難させた。
国王はジャスティス王子の取り巻きを一新し、貴族学園に入学させると旦那さまを親友兼護衛騎士に任命し、厳しく王子を見張らせた。
学園は王から王子だからと特別扱いするなと勧告を受けた。
お姉さんに学業で剣技で旦那さまに勝てないジャスティス王子は面白くない。不貞腐れ素行の悪い貴族とつるみ、悪い遊びを覚えた。
ミリアさんを侍らせお姉さんを邪険に扱う。そして、口煩く国王のお気に入りで、魔法も剣術も格上。女生徒からモテモテの旦那さまに絡むようになったと。
邪魔なお姉さんは獣人の旦那さまを毛嫌いしていたから、同じく邪魔な旦那さまと結婚させてお互いを苦しめたかった模様。
くぬう、本当に性格悪いな王子~!今は幸せだけど、旦那さま苦しんだんだからっ!使えるなら歯が地味に痛くなる呪いをかけてやりたい~。
成長し健康体と成ったダニエル王子は、ジャスティス王子と違い勉学に励み優秀で真面目だった。飛び級で貴族学園を卒業したダニエル王子は、自ら志願し、若き外交官としてグランシア国の為に各国を飛び回っていた。
旦那さま曰く、ジャスティス王子に遠慮して内政から遠ざかっている。王の器があるのに残念だと言ってたから、ダニエル様が王になれば良いのに。
「シオンよ、シリウスの後ろ楯の変わりにな。余の願いも一つ叶えてくれんか?」
国王陛下の笑顔がスッと引いた。好々爺の雰囲気が一瞬で霧散した。ピリッと張り積めた重苦しい威圧感。国王としての威厳。異変を感じたビクッとしっぽと耳を太くしたシリウスが私にしがみつく。
「今度な……ダニエルも国政に関わらせることにした。まあ、初めは領地巡りをしてもらう……ジャスティスに猶予も必要だろう」
「領地巡りですか、魔物も多く危険を伴います」
日々騎士団長として魔物と対立する旦那さまは、苦言を呈した。
「それは余もわかっとる。
だからな、そちたち獣人騎士団にダニエルの後ろ楯になってもらいたいのだ。領地巡りに団員を派遣しダニエルを守ってほしい。如何なる時も何があろうと、この先ずっとな……」
「………今、我々獣人騎士団の指揮権は国王にあります」
「それは変わらんが、シオンには有事の際、他の誰よりもダニエルを優先してほしい。余とエリナが貴殿の父母に助けられたように」
国王陛下と王妃に遥か上空に視線を馳せた。旦那さまと私も連れて上を見た。
きっと二人には見えているのだろう。
深い胸に迫る決意を感じた。二人は何かを選び、そして何かを捨てたんだ。
「……国王陛下とエリナ王妃のお心しかとお受けしました。獣人騎士団長シオン・マクガイヤ、この命にかえてもダニエル王子を御守りします」
白の騎士服の精悍な旦那さまは、目線と右ひざを下げ跪いた。
その後、国王陛下に呼ばれ謁見室に入室してきたのは、身長は高いが肩幅も狭く、細い首。丸みの残る顔。体幹の薄い。まだ少年のあどけなさの残るダニエル王子その人だった。
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