19 / 74
緩やかな変化①
しおりを挟むベッドの住民の二日間、私の不器用さに打ちのめされたミミさんに一日中縫い物強化練習をさせられましたよ。
背中の傷みは軽くなったのに、指先の傷は増える一方。でも血塗れの雑巾が血塗れのガタガタパッチワークに進化(?)したよ~!
頑張れ私!
来週末の誕生日までには、多少ガタガタかもしれないけど、血抜きしたファーストシューズを作るのだ!
シリウスくんは私にべったりで離れない。シリウスくんを投げ飛ばそうとした前科のあるお姉さんをシリウスくんと二人きりにはさせられないので、必然的に夜は旦那さまも私の部屋で一緒に寝るようなりましたよ。たとえ監視目的でも嬉しい。
旦那さまは相も変わらず、ベッドではなく一人離れてソファーですが。いつかシリウスくんを挟んでの川の字になれたら良いな~。まずはダブルベッドを用意しないと。
そんなこんなで、3日目の診察を無事に終えて晴れて、ベッドの住民から解放されました。
背中の痛くはほぼなく、打撲もアザがまだ残るものの小さくなっているので週末の閨の許可がおりました。やったーっ。ばんざーいっ!!
さっそく朝の『いってらっしゃいのちゅう』をしようとお見送りに玄関に向かった。久しぶりに階段を下りて、足が少し縺れてしまう。危ない後ろから付いてくるシリウスくんを巻き込むところだった。踏みたくないのでしっかり抱っこする。
階段下にはシャーリングさん、召使いさん、侍女さんたちが揃って見送りの準備をしていた。
私が近づくとみんなが笑顔で頭を下げて後ろに下がった。
あれ?前までみんな私に対して無表情だったのに。好意的とも取れる笑顔に戸惑うも素直に嬉しい。
「旦那さま~!おはようございます」
完璧に騎士服を着こなす旦那さま、今日もカッコいいです。後ろ姿の獣耳がピョコンと動いた。
「……おはようございます。
医師からすでに聞きましたが、本当に怪我は大丈夫なのですか?」
「はい!やっとベッドから解放されました~!今日のさっそくお昼前に騎士団にお邪魔しますね」
「……病み上がりで倒れられたら迷惑なのですが」
旦那さまは眉間の皺を深めた。
「絶対に倒れませんよ!久しぶりに料理もしたいので、私の手料理を旦那さまに食べてもらいたいですし~」
「………驚くほど縫い物が下手な貴女が料理ですか?毒でも盛られそうですね」
「料理は得意なんです。それに毒なんて盛りませんよ!愛情てんこ盛りです」
ニコニコと笑顔で告げる。
「……愛情ですか」
旦那さまは胡散臭げに私を見た後、肩を竦めた。
「……貴女のしたいようにして下さい。どうせ止めても作るのでしょう?」
「はーい!愛しい旦那さまのために頑張って作りますよ」
シリウスくんを片手に気合いのガッツポーズをして見せると、一瞬、旦那さまの口角が上がった……もしかして笑った?
ええええっ!激レアな微笑ですか~!?尊い!尊過ぎます。もっとみたいです。ワンモアプリーズっ!!
「まあ……ほどほどにして下さい。それより私は、遅刻するのでそろそろ出発します」
旦那さまは長い足で大股に歩き出した。
「ああ、お仕事前に足止めしてごめんなさい」
玄関先まで一緒に付いて外まで見送りますよ。
馬車の前まで来ると何故か立ち止まる旦那さま。振り返ると私をギリッと睨んだ。
あまりの眼孔の鋭さに抱っこされていたシリウスくんは全身の毛を逆立てて屋敷に逃げていく。
「あ、シリウスくん……」
追いかけようとする私の手首を旦那さまが掴む。
「奥様!私が追いますので大丈夫ですよ」
ミミさんが巨体を揺らしシリウスくんの後を追っていく。
「…………っ、自分から言い出したのにもう、お忘れですか?……しなくて………いいのですか?」
旦那さま、なんだか怒ってるよ。しなくて、いいって何が??
ああ、そうか!『いってらっしゃいのちゅう』でした。自分から言い出したのに!笑顔爆弾の威力で雑念が吹き飛んでたよ。
怒ったと言うことは、旦那さまも少しは期待してくれてたのかな?そうだったら嬉しいな~。
「よくないです!旦那さまと『ちゅう』したいです」
すがるように旦那さまの腕を掴むと、背伸びをして、旦那さまの頬に唇を押し当てた。ざわつく周りの気配を感じる。
ああ、旦那さまの頬っぺ柔らかくて冷たい。ニマニマしちゃう。本当は唇にしたいけど出勤前なので我慢。
「大好きですよ!いってらっしゃい旦那さま」
名残惜しくて頬をスルリと撫でた。
ああ、離れたがいなぁ。もっと一緒に居たいな。気持ちを込めて見つめると、旦那さまは益々顔をしかめるばかり。
はうう、伝わらない~。
「……本当に…貴女は……。
はあっ……何でもありません………行ってきます」
言い淀んだのに、結局何も言わずに目を伏せた。手を伸ばし私の頭をポンポンして馬車に乗り込んで行く。
はうう、頭ポンポンですか?
旦那さまから触れてくれるなんて、嬉しい!もう、一生頭の毛洗いませんから~。
シャーリングさんが「病み上がりですから奥さまもう、中にお入りください」と、諌めるまで、遠ざかる馬車が見えなくなっても立ち尽くした。
59
お気に入りに追加
286
あなたにおすすめの小説
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ
記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした
結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。
傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。
石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。
そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。
新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。
初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は、別サイトにも投稿しております。
表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

冷徹義兄の密やかな熱愛
橋本彩里(Ayari)
恋愛
十六歳の時に母が再婚しフローラは侯爵家の一員となったが、ある日、義兄のクリフォードと彼の親友の話を偶然聞いてしまう。
普段から冷徹な義兄に「いい加減我慢の限界だ」と視界に入れるのも疲れるほど嫌われていると知り、これ以上嫌われたくないと家を出ることを決意するのだが、それを知ったクリフォードの態度が急変し……。
※王道ヒーローではありません

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?
おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました!
皆様ありがとうございます。
「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」
眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。
「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」
ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。
ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視
上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。
朝日みらい
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。
宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。
彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。
加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。
果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?
悪役令嬢の逆襲
すけさん
恋愛
断罪される1年前に前世の記憶が甦る!
前世は三十代の子持ちのおばちゃんだった。
素行は悪かった悪役令嬢は、急におばちゃんチックな思想が芽生え恋に友情に新たな一面を見せ始めた事で、断罪を回避するべく奮闘する!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる