16 / 74
媚薬事件の余熱①
しおりを挟む「んっ?」
背中の痛みで目を開ける。私は自室のベッドに横たわっていた。寝起きでぼーっする頭の思考が回らない。
あれ?なんで?背中痛いの?どうして?
ぶつけたっけ………。
っ!、床に転がる白い小さな子猫の悲痛な姿が浮かぶ。そうだっ!思い出した。
どうかお願い無事でいて!ガバッと勢いよく上半身を起こした。
「シリウスくんは無事ですか?いっ!!い、いたたたっ!くうーっ」
動いた反動で患部の背中に突き抜ける鋭い痛みに、身を捩り悶絶する。
「……大丈夫ですか?」
飽きれ果てた大きなため息がベッドの真横から聞こえた。そこには眉間の皺をいつにも増して深めた旦那さまが居た。
仕事の途中なのか、丸いテーブルの上に書きかけの書類が散らばっていた。あ、大好きな眼鏡を掛けているのに、痛みで見惚れる余裕はなく。
「あーっ、ひーっ!旦那さまっ、シリウスくんの様態は……大丈夫ですか?」
「シリウスは軽い脳震盪を起こしていましたが、体はかすり傷程度です。寧ろ貴女の背中のアザの方が酷いありさまです」
「そうですかっ。シリウスくんが無事で良かったです!」ほっと安心して胸を撫で下ろす。痛みに耐えながら上半身を起こす。
旦那さまは何も言わず、私を支え背中に枕を置いてくれた。
暫く沈黙が落ちた。
「……貴女は……なにを考えているのですか?」
眼鏡の奥のアイスブルーの瞳を凍てつかせ鋭く私を睨んだ。
旦那さま、お、怒ってる?思い当たることがあるので、ここは素直に謝ろう。
「ごめんなさい旦那さま!異変を知らせるためだったとしても禁止された闇魔法を使ってしまいました~!」
ペコリと頭を下げるとずきりとまた痛みが走り、涙目になる。
「スージーに話は聞いています。闇魔法を行使したことに怒ってはいません。悪くない判断でした」
結婚指輪の変化に気付き直ぐに王城を辞せた。途中で寝ていたクロウさんを回収し、公爵家が押し掛けて来たことを把握出来たと言う。
「え?それじゃあ、シリウスくんを守れなかったからですか?」
大事な跡取り息子を守れず!奥さま失格と言うことですか?
「違います……寧ろ逆ですよ」
「逆?」
言われる意味がわからない。
「中身が変わったと騒ぐ前の貴女だったら、決してシリウスを守らなかったでしょうね。率先して公爵家に差し出し兼ねませんでした」
馬鹿にするように鼻を鳴らす旦那さま。
お姉さんが公爵家に差し出したかどうか私にはわからない。否定も肯定も出来ない。なぜなら私はお姉さんではないから。
「今の私は、シリウスくんを公爵家に差し出したりしません!」これだけは強く断言する。
「そうでしょうね、今の貴女ならしないでしょう」
旦那さまにあっさり肯定されて驚いた。じゃあどうして?と顔に出して見上げる。
「だからですよ。
中身が変わったと戯れ言を信じさせて裏にどんな思惑が在るのかと……」
そうか、シリウスくんだけじゃなくて、旦那さまも今までお姉さんに散々拒絶されて傷つけられてきた。お姉さんに対して疑心暗鬼しかないんだ。簡単には信じられないよね。それなら何度も何度でも伝えるから。
「幸せになりたいです。三人で!」
「は??本当にそんな理由を信じろと?
まさか…。嫌悪する獣人の私に口淫までして、私に取り入り獣人騎士団に王家を壊滅させるつもりですか?」
旦那さま、想像豊か過ぎませんか~?復讐するもなにも知らないし。
「もちろん旦那さまに取り入りたいですし、思惑だってありますよ~」
「ふん、やっと正体を表しましたか?」
ニヤリと意地悪く口角を上げた。
「旦那さま大好きです!
旦那さまが望むなら毎日だって口淫します。いつか私のことも好きなって下さいね。そして相思相愛ラブラブエッチしたいです!」
私は思いを込めて、旦那さまの両手にそっと自分の手を重ねた。
「な………っ!相思相愛っ?…ら、ラブラブっ」
旦那さまは、絶句し口をパクパクさせた。白い顔が耳からじんわり赤くなる。
あれ?もしかして照れてる。眉間の皺は、深いままなのに。なんだか、かわいい。
「ねぇ、旦那さま……前の私じゃなくて、今の私を見て下さい。目の前にいる私を信じて下さい!」
「ふん、簡単には信じませんよ」
赤い顔を見られるのが恥ずかしいのか、顔を反らす旦那さま。でも重ねたその手が振り払われることはなかった。
躊躇いがちなノックの音に我にかえった旦那さまがドアを開けると、夕飯を台車に載せたシャーリングさんが立っていた。
その後ろからシリウスくんが、飛び込むように部屋に侵入し、私の胸にひしっとしがみついた。廊下からはシリウスくんを諌めるミミさん声。大丈夫と頷いた。
「シリウスくん!怪我はないの?頭くらくらしない、大丈夫ですか?」
「ミャウ!」
元気に鳴くシリウスくん。白い毛並みが所々短くなっている。あの、キモ男!大事なシリウスくんをー!!
「そっか!無事で良かったよー!助けてくれてありがとう。勇敢な息子くんでママは嬉しい」
ふわふわなお腹の毛皮に頬をすりすりする。はあっ幸せ。
「……貴女は本当に獣人の毛皮が好きなんですね?」
「はい!大好きですよ!いつか旦那さまの耳としっぽも触りたいです!」
「………そうですね。どうしても触りたいなら今回のお礼に好きなだけ触ってもいいですが?
まあ、貴女の場合は高価な宝石やドレスを所望でしょ」「是非とも!!触らせて下さい~!!」旦那さまに被せて言ってしまう。こんなもふもふお触りタイムは二度とないかも!
若干引き気味の旦那さまに約束を取り付けたよ!やった~!究極のもふもふタイムですー。
その後、シリウスくんが私からテコでも離れないので、私の部屋に三人分の夕飯を運ばせ、旦那さまとシリウスくんと食べた。
私は背中の怪我、シリウスくんは脳震盪を起こしているのでお風呂に入らず就寝に。
就寝時間が来ても、シリウスくんは昼間の恐怖で私から離れない。少し離れただけで震えてしまう。かわいそうに怖かったよね?こんなに小さいんだもん。
困り顔のミミさんに「今日は一緒に寝るから大丈夫です」と、提案したところ……旦那さまも寝ることになりましたよ。
やった~!同じベッドで、添い寝ですか?
旦那さまの寝顔見放題ですか~。
ああ、ドキドキして鼻血出そうです!
寝衣からちらり腹筋とか胸板とか太腿とか見たいです~!さりげなく寝がえりしつつ、触ってもバチは当たりませんか?
シリウスくんは既に私の右の脇の下で丸くなっています。狭いところが好きだなんて猫だなぁ。
「狭いので私はソファーで寝ます」
旦那さまは藍色の寝衣に着替え、毛布片手にソファーに寝転んだ。ちぇ、寝衣姿もっと拝見したかったよ~。
「ええ??旦那さま添い寝してくれないんですか?」ついつい拗ねるように言ってしまう。
「ミャウ~」
「シリウスまで……はあっ、狭いベッドに私が寝たら貴女の背中に負担をかける。それにシリウスを潰してしまうかもしれません」
「確かに、私のベッドは小さいし三人では狭いです。残念ですが今回は背中も痛いし、シリウスくんが大事なので諦めます!でも……次は三人で寝ましょうね~」
「次?次もあるのですか?」
「嫌ですか?添い寝は?……私は大好きな旦那さまにくっついて寝たいです」
毛布の端を握りしめ、ちょこんと目だけ出し旦那さまをじーっと見つめた。
「ーーっ。怪我人は早く寝てください!」
旦那さまは頭まで、毛布を被ってしまった。
54
お気に入りに追加
286
あなたにおすすめの小説
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ
記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした
結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。
傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。
石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。
そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。
新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。
初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は、別サイトにも投稿しております。
表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?
おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました!
皆様ありがとうございます。
「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」
眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。
「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」
ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。
ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視
上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。
悪役令嬢の逆襲
すけさん
恋愛
断罪される1年前に前世の記憶が甦る!
前世は三十代の子持ちのおばちゃんだった。
素行は悪かった悪役令嬢は、急におばちゃんチックな思想が芽生え恋に友情に新たな一面を見せ始めた事で、断罪を回避するべく奮闘する!

【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。
朝日みらい
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。
宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。
彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。
加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。
果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?

隣国に嫁いだちょいぽちゃ王女は帰りたい
鍋
恋愛
パンデルム帝国の皇帝の末娘のシンシアはユリカ王国の王太子に政略結婚で嫁ぐことになった。食べることが大好きなシンシアはちょいぽちゃ王女。
しかし王太子であるアルベートにはライラールという恋人がいた。
アルベートは彼女に夢中。
父である皇帝陛下には2年間で嫌になったら帰ってもいいと言われていたので、2年間耐えることにした。
内容はありがちで設定もゆるゆるです。
ラブラブは後半。
よく悪役として出てくる隣国の王女を主役にしてみました。

冷徹義兄の密やかな熱愛
橋本彩里(Ayari)
恋愛
十六歳の時に母が再婚しフローラは侯爵家の一員となったが、ある日、義兄のクリフォードと彼の親友の話を偶然聞いてしまう。
普段から冷徹な義兄に「いい加減我慢の限界だ」と視界に入れるのも疲れるほど嫌われていると知り、これ以上嫌われたくないと家を出ることを決意するのだが、それを知ったクリフォードの態度が急変し……。
※王道ヒーローではありません
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる