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①呪い

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「……これで全部か?」
  
 隻眼の強面の大男が閣下宛の荷物を運んできた見習い騎士のルーイを射殺す勢いで睨んだ。 
 男は眉間にしわを寄せて、常に鋭く睨みをきかせていた。たちの悪いことに本人に睨んでいるつもりはないのだが、残念なことにその圧倒的な威圧感は周囲を縮みあがらせるのには十分過ぎた。 
  
 しかし、周囲が萎縮しても本人はさして気にも止めていなかった。何故なら彼はこの国の救世主にて英雄。将軍閣下テオ・サイファテス・ダンドールだったから。 
 現ダンドール国、国王の実弟であり、英雄と讃えられる男。隻眼の将軍と呼ばれ、世界最強と謳われるダンドール軍をまとめ指揮する将軍。 
  
 ダンドール国は魔境と隣接しており、毎日のように魔物に襲われていた。激化する魔物との戦い。テオ将軍は好戦的だった魔境の長を見事討伐し、次の長と平和条約を締結した。
 奇跡と云われた魔族との平和条約で彼は生きる伝説となった。その勇猛果敢な戦いぶりは味方おも震え上がらせて、戦場の鬼との異名を持っていた。気紛れな魔族のこといつ条約を破棄するかわからない。それでも人々はつかの間の平和に感謝し、誰も彼もが将軍を尊敬し崇めた。 

「は、ひいっ、そ、そうです閣下!し、失礼します」ルーイと呼ばれた見習い騎士は、おしっこチビりそうなほど萎縮し、脱兎のごとく執務室から逃げ出した。 

「あら?ルーイご苦労様です」 
  
 入れ違いに入室してきたのは、将軍付き文官の一人、オルハ・ゼーラントだった。 
  
 オルハは遥か東方のグランシア国の出身で、『前世持ち』と呼ばれる。産まれる前の記憶を保持していた。 
 彼女の前世は『火の国』出身だった。血気盛んなお国柄の火の国は他国と常時戦争状態で、彼女は若くして幼なじみの夫を戦争で亡くした。中尉とし激化する戦地から部下を生かすため尽力した男気溢れる人だった。 
 平和の有り難さを人一倍噛み締めるオルハは、心からテオを尊敬していた。 
 
「閣下?ルーイは粗相はしませんでしたか?」
 オルハはテオに確認した。 
 ルーイはそそっかしく、毎回失敗ばかりで騎士団務め三年目にして、未だに見習い扱いだった。 

「……ああ、荷物を渡されただけだ」 
  
 魔法省務めの魔法使いが閣下宛の荷物の安全確認し、場合によっては破棄、呪い返しを行う。 安全が確認された一部の荷物は魔法便にてダンドール軍の閣下のもとに届けられるのだ。その荷物を一階から最上階の閣下の部屋に届けるだけだ。それぐらいなら、そそっかしいルーイでも大丈夫だろう。
 安心したオルハは、副隊長から頼まれた書類をテオに手渡した。  


「これは……急ぎの案件か?」 
 テオが不機嫌そうに眉を諌めると空気がビリビリ震えた。テオは書類仕事は好まず、体を動かす鍛練を好んだ。書類仕事は嫌々座らされてやらされていた。同室にいた文官たちが恐怖に顔を青くした。 
  
 テオは部下に対し暴言も暴力もない。しかし、恐らく本人は無意識なのだろう。不機嫌が続くと覇気と言うべきか、威圧感が空気を支配し、禍々しい雰囲気に胃をやられる部下が多数出現する。テオ自身が恐るべし魔のホットスポットなのだ。 

 その不穏な空気を破り口を開いたのは、書類を持ち込んだオルハだった。オルハは前世の旦那があまり感情を表さないタイプだったこともあり、テオを怖いとは思っていなかった。
 
「閣下、今街中がハロウィンなのは知っていますか?」 

「ハロウィン……それでかゾンビの仮装の男がいたのは………危うく斬る寸前だった」 
 思い出したのか皺を深め、益々威圧感を醸し出すテオ。 
 斬らないでくれて良かった……文官たちは神に感謝した。 

「今日はカボチャを使ったお菓子を作ったのです。宜しかったら、また閣下にご賞味して頂きたいのです。上質な玉露も仕入れたので一緒にお淹れします……急ぎの仕事が終わったら休憩いたしませんか?」オルハは、奥ゆかしく微笑んだ。 

 テオはオルハを鋭い眼差しでじぃと見つめた。ハラハラと同室の文官たちが見守る。 
 
「……いいだろう」 
 くいっと左の眉が上がると今までの威圧感が嘘のように、空気が弛んだ。 
 閣下付き文官に配属されて2年経つ。テオが嬉しい時に左の眉が上がること、実は甘いお菓子を好むことをオルハは知っていた。
 

 閣下専用の休憩室には、畳と小さな囲炉裏があった。お茶を沸かし、低温に下げてから玉露を淹れた。丸いちゃぶ台に並べ場違いな、カボチャとさつまいものプリン。カボチャと小豆のケーキを陶磁器のお皿に並べる。 

 オルハが遥か東方のグランシア国からここタンドールに引っ越ししたのには理由があった。 
  
 タンドール国には『火の国』で当たり前にあった食材。納豆、味噌、醤油、小豆、緑茶等々が手に入り、畳、襖などの文化も少し似通っていた。
 前世から料理好きなオルハは、懐かしい味を再現させることに夢中だった。死んだ旦那が好きだった味を懐かしんだ。 
 
 それにタンドールは、簡単に身元調査や犯罪歴は調べられるが、他国民の受け入れに寛容で実力主義。 
 試験に合格し面接で受かれば平民でも文官になれた。騎士団員は華々しく人気職だが、狭き門。騎士団付きの文官は危険手当てのない分お給料も少なく、地味だと思われていたが、オルハは今の仕事に誇りを持っていたし、一人で質素に暮らすには十分なお給料は頂いていた。 
  
 前世で旦那が死んだ後、子供を育てる為に身売り以外の様々な仕事を必死に勤めたので、テオの御機嫌伺いも仕事の一貫だと思えば辛くはない。 
 寧ろ旦那に似て無愛想で強面のテオに懐かしさすら覚えた。 

「お待たせしました……どうぞ閣下」 
ちゃぶ台に正座し、テオにお菓子を薦めた。 
 
「ああ……頂く」  
 ちゃぶ台に胡座をかいたテオは毒味の指輪をかざすことなく、お茶に口を付けようとした。オルハは慌てて、その手に触れて止めた。 

「………っ!」 
 テオはピシャリと固まった。まるで仁王像のように、恐ろしい顔を浮かべたまま。 

「閣下、いけません。私を信頼してくださるのはありがたいのですが、何処から毒が紛れ込むかわかりませんから」 
 
「……しかしな」  
 茶碗や用意された水、どこに仕掛けられているかわからない。テオが死んだらまた魔族が攻め込んでくる。彼の存在は大いなる抑止力になるのだから。 
 戦争になったらタンドールは踏みにじられて、懐かしい味が再現出来なくなるではないか!オルハは焦ったこんなに無用心ではいけない。テオはなまじ強い分、自分に自信があるのだろう。 

「閣下の御身は閣下だけのものではありません……どうか私のためにもご自愛なさって下さい」テオの大きな手を包むように握り、じっとその黒い瞳を見上げた。

「……オルハっ、俺は」 
 ぐわっと大きな声をあげて視線だけで殺しそうなほど睨まれた。
 怒っているのではないことは経験上わかっている。しかし音量に驚きお茶碗にぶつかってしまった。中身がこぼれ、台の上に綺麗な緑色が広がる。 

「あっ!すいません」 
 台ふきんを取りに立ち上がりとするオルハを、テオが止めた。 

「待て……俺宛の荷物の中にタオルがあったはずだ」 
 テオは休憩室で中身を確認すると荷物を持ち込んでいたのだ。 
 焦ったテオはおもむろに一番上の箱をビリビリ破り開けた。それは、先ほどルーイが運んできた小箱だった。 

 バァンっ!! 

 箱から勢い行く飛び出したのは黒い影だった。影は蝙蝠に似ていた。禍々しく大きな口を開けてテオに噛みつこうとした。 

「危ない!!閣下っ!!」  
 オルハはテオを庇い黒い影の前に立った。
 
「どけっ!!オルハっ!!」 
 テオが叫び声をあげ剣を振りかざした時には、時すでに遅く。 
 
「あっ!痛いっ!!」
 黒い影は、オルハの首筋に噛みつくと噛み跡に吸い込まれるように消えていった。 

「大丈夫か?オルハ」  
 テオは噛み跡を押さえ踞るオルハに駆け寄ると、首筋を確認しようとオルハを引き寄せた。 毒なら少しでも吸い出す必要があるからだ。確認したが、噛まれたはずの皮膚には何の形跡もなく。つるりと白く美くしかった。 
 
「はん、閣下………」 
 オルハが身じろぎして、テオの首に手を回した。手を回されピシャリとテオは固まった。オルハの瞳がギラリと紅くゆっくりと血の色に染まる。欲情を含んだ黒くドロリとした紅だった。

「……オルハ」 

「うふふ、極上の童貞の匂いっ。美味しそう」
 オルハは本能に従う。 
 あーんと大きな口を開けて、テオの太い首に生えたばかりの牙を突き立てようとした。 

「くっ!すまん」 
 テオはオルハの首に手刀を叩き込んだ。気を失ったオルハはテオの腕の中に落ちていった。 

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