最後は一人、穴の中

豆丸

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悪夢

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 ………うふふ。 

     あはは。 
  
 夢の狭間を揺蕩う、クルクル踊るは、長い黒髪の儚い女。 
  
 ――かわいい、かわいい私のカスミ。お兄様と私の子供。いい子、いい子ね。あれ?何で、お兄様に似てないの?……ねえ?どうして?どうして?―― 

 ニコニコと笑って、カスミの頭を撫でていた手が次の瞬間に首を締めた。 

 慈愛に満ちた美しい母親の顔から、憎悪に染まる般若の顔へ。細い指先が首筋に食い込んでいく。首の骨をへし折らんばかりの力に、喉から変な音がした。

 血液が酸素が足りない。涙がボロボロ溢れ、口から沫を噴く。苦しくてもがいても子供の力では敵わない。


「苦しい、苦しいよー!ママやめて!助けて助けて、誰か―――っ!!」 

 何かを掴むように虚空に空しく伸ばされた手を誰かが掴んだ。そして、震える体を抱き締める。カスミは、その温かさに腕を回しぎゅうっとすがりついた。ふわっと鼻腔に広がる草原の匂い。


「カスミっ!!大丈夫か?」 

「……ヨ……ナ……?」 

 焚き火の前でカスミは、ヨナに抱きしめられていた。心臓が爆発しそうに速く、呼吸が苦しい。ヨナは、冷や汗を流し顔面蒼白のカスミの背中を落ち着くように擦る。涙でぐちゃぐちゃの顔をハンカチを湿らせ拭いてくれた。 

「……あり、がとう」  

 心配顔のヨナに感謝を告げ、震える手で、白衣の胸ポケットを漁る。煙草を一本取り出し口に咥えた。震えて上手くマッチが擦れず、見かねたヨナが火を着けてくれた。 

 ゆっくり白煙とともに薬を肺から吸いこむ。ぷかぷか煙が満天の星空にドロリと溶けてゆく。震えが収まり、呼吸が落ち着くのを待ってから、ヨナは、温かいお茶をカスミに差し出した。 

「……姫さんその煙草、安定剤入り?」 

「………そうよ。久しぶりに力を使ったからかしら?……昔を……ママを思い出しちゃったわ―!」

 努めて明るい声を出すカスミが痛々しくて、ヨナは顔をしかめた。   

「ママ?……聖女ユリネが姫さんを……」

「ママは狂っていたのよ。それに、犯されて出来た娘なんかいらないでしょう?」 

 無理して笑うカスミが、居場所を探し、人間に獣人に拒否され、へらりと笑うしかなかった自分と酷く重なる。 


(カスミは、自身を異世界とナルシア大陸の間の子だと、半獣の俺を羨ましいと言った。どんな気持ちで、言ったのだろうか?) 

 ヨナは、胸が苦しくてにがくて押し黙ってしまう。


「……ヨナ、どうしたの?いつもみたいに、『ははっ』て、笑わないのね?」 

 静かなヨナに心配になり、カスミはヨナを見上げ、その表情を見つめた。 

「ふふ……ヨナは、優しいのね」   

 カスミは、寂しく笑うとヨナの胸に抱き付く。 

 ヨナもカスミの背中に腕を回す、出ない言葉の変わりに。よるべのない孤独感と寂寥感を埋めるように、きつく抱き締めた。 

 お互いの体温が心地よくて、離れたがい。守られてる安心感。心配されている優越感。二人分の息づかい、心臓の音がただただ嬉しくて。 
 まるで歓迎された居場所のようなぬくもりに、二人は同じシュラフに入ると目を閉じた。狭いシュラフの中、ヨナは、背中から包みこむようカスミを抱き締める。 狭いシュラフの中、ヨナは、背中から包みこむようカスミを抱き締める。重なり合う部分がぽっと温かい。 

一緒なら、嫌な夢はもう見ない。 


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