最後は一人、穴の中

豆丸

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招かれざる客

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「聖女様、お迎えに上がりました」 

 カスミの前に恭しく頭を垂れるのは、シーズー教会の司祭。溢れる聖なる気に彼が高位であることがわかる。彼の周りの、10人の信者達も司祭を倣う。


 宿の一階の食堂で始まった騒動に、同席した人々はざわめいた。カスミは、司祭が目に入っていないのか、そのまま朝食の目玉焼きとカリカリベーコンを口にほおりこむ。  

 歓迎されると思っていたのか、司祭は戸惑うばかり。無視を決めたカスミに変わりにヨナが口を開く。 
 
「あれー?司祭さま、俺の記憶が確かなら、彼女は聖女の娘さんだけど、本人じゃない。聖なる力はないはずだ~」  

「いえ!彼女は聖女様です!シーズー教枢機卿キーク様が神託を受けました。狡猾な王族に奪われた聖女が帰還し、人々に更なる発展と繁栄をもたらすと!!………さあ!聖女様今までの、辛酸な境遇を捨て生まれ変わるのです!私達とともに聖なる山に帰りましょう。キーク様もお待ちです」  

 歌うように朗々と司祭は語る。 

 ユリネを寄付金で売り、幼いカスミを傀儡の聖女に仕立てようと欲しがった教会が白々しい。 

 何も知らない人々は、聖女の誕生に立ち会える奇跡に感謝し、膝をつき祈りを捧げた。 

「何と!素晴らしい!」 

「ああ!聖女様!」 

 涙を流し感動する人々。突然始まった茶番劇に、ヨナは目を更に細めカスミの反応を伺う。 



「……ヨナ、私生きてるよね?死んでないよね?」   

「はっ?」「な?」 

 カスミのすっとんきょうな問いに、その場に居た全ての者が固まった。 

「はあっ……生きてますよ、ちゃんと」律儀にヨナは答えた。 

「そう、良かったわー。いきなり人の朝食に割り込んできて、えらそ~に生まれ変わるのです!……なんて言うから私、死んじゃったのかと思ったわー」ニコニコとカスミは続けた。  

「聖女様!それは、言葉のアヤです!私達は、ソンタイ国より、非業な扱いを強いられる貴女様をお救いします!」  

「うーん……私は兄王様や正妃様に非業な扱いを受けたことはないわ!医学を学ばせてもらったり、実験したり好きにさせてくれるわ。非業の扱いを受けたのは私じゃなくてママよ!」 

 カスミは非難を込めて司祭を睨み付けた。  

「そうです!私たち教会は、聖女ユリネ様を邪なソンタイ王から、お守りすることが出来ませんでした。だから、せめて娘の貴女様を守らせて下さい」司祭はその場に土下座した。 

「結構よ!護衛はヨナが居るわ!彼が居れば私は安全だもの。私は、聖女にはならないわ。だから、貴方達と聖なる山には行きません……あと、枢機卿に伝えて下さいね。異世界から本人の同意なく召喚するのは、誘拐ですよ~って!ママは、いつも帰りたいと泣いてました。帰還魔法も使えないのに、呼ぶなんて非常識よ!」 

 聖女本人に、信仰対象の教会が否定されるのを人々は、呆然と眺めた。 

 言いたい事を言い終え、スッキリしたカスミは司祭を見ない。椅子から立ち上がろうとすると、司祭に手首を捕まれた。 

「これは、大変です!言動がおかしいはずだ。聖女様は、悪魔に取り憑かれています。きっと悪しき王の呪いだー!我々教会がお助けします!早く聖なる山へ」司祭と信者がカスミの周りを取り囲む。 

「やっぱりおかしいと思ったんだ!聖女様が教会を否定するわけがない!悪魔めー!」 

「おかわいそうな聖女様!早く悪魔払いを…」 

 人々が口々に教会を擁護するのをカスミは、醒めた目で見た。  

「私、信仰心ないわ。それに教会で禁止されてる酒も煙草も賭け事も大好き、快楽だってほしいのに、どうするつもり?」  

「大丈夫です。悪魔を払い教会の教義に身を委ねれば、煩悩は全てなくなり楽になれます」

 司祭は能面のような笑顔を張り付けた。彼が手を上げると、信者の1人がロープを取り出しカスミに近づく。 


「ぐっあ!!」 
 ロープを持つ信者の手に朝食で使用したナイフが深々と刺さる。 

「な、なにごとです!!」 
 信者が怯んだ瞬間、カスミに群がる信者達に、ヨナは朝食用のナイフとフォークを次々に投げ命中させた。致命傷ではないか、痛みに呻く信者を蹴飛ばし、別の信者にぶつけた。縺れ倒れる信者達。 

倒れる信者の隙間をすり抜け、ヨナはカスミに手を伸ばす。 

「姫さん、こっち!」  

カスミは、頷くとヨナの手を握る。力強く引っ張られ背中に匿われる。 

「くそ!悪魔の手先め!聖女様を帰せ!」信者が剣を抜き、ヨナに迫る。 


「俺、守りながら戦うの苦手だから~」 

 ヨナはへらりと笑いながらも、腰から抜いた細身の剣で信者の剣を素早く弾く。 

「ヨナ!大丈夫。私も戦うから!」 

 カスミは、白衣の腰ポケットから試験管を二本取り出すと床に叩きつけた。 

 
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