最後は一人、穴の中

豆丸

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 旅立ったカスミとヨナ旅路は、順調とは行かなかった。   

 ナルシア大陸最北東に位置するサイの町は、ホウダイ国から2ヶ月あれば寄り合い馬車と徒歩移動で余裕で着くはずの距離だ……何もなければ。

 順調に行かない理由はカスミにあった。彼女は折角旅をするのだから、ついでに観光もしたいとヨナに訴えた。雇い主からの要望に文句は言えない。 

 旅立ち初日、簡素な平民の服に着替え上から白衣を羽織ったカスミは、溢れでる色気も美貌も高貴さも隠せておらず、好奇心にキラキラした瞳は町行く人の視線を多く引き寄せた。 

 寄り合い馬車に乗る前、ヨナは呆れカスミにフード付きマントを深く被せるも、同席した男達の好奇心を煽るばかり。 

 顔を見ようと手を伸ばした男にへらへらしながらヨナは「俺の妻が何か~?」と、カスミを背中から抱き寄せ包み込んだ。急に抱き込まれカスミの体が硬直する。 


「ちっ!旦那持ちかよ!!」

 悪態をつき、男は手を引いた。

男が手を引いてもヨナは、カスミを抱き寄せたまま。背中から温かい、お互いの心音が自分の物のように聞こえる。 

「ねえねえヨナ………私、ヨナの妻設定なの?」 

 カスミは肩口にあるヨナの耳元で小さく囁いた。 

「……姫さ、じゃなくてカスミ。半獣の妻は嫌でしょうが、害虫を追っ払うため我慢して下さいよ。カスミは害虫に好かれ過ぎだ」 

 城を出るときに、不信がられないようお互い名前で呼び合うと決めたが、つい出てしまう。 


「ヨナの妻設定良いわね。家族みたいだわ!」

 カスミはフードの中、花のように微笑むとヨナの腕にもたれた。 

(―――っ。姫さん、護衛騎士にもこんな態度だったんだろうなー。まあ、これじゃ勘違いして襲いたくなる馬鹿もいるよな~。) 

 寄り合い馬車の中継地の町キセナ。森を切り開いた町は、道が整備され、物資が行き交い活気に満ちていた。カスミは興味深そうに町中をキョロキョロ見ていた。 

 宿は、貴族用の最高級から平民用の素泊まりまで幅広い。 

 ヨナは、中級クラスの宿を選び、カスミを伴いカウンターに行く。貴族用は防犯は安全だが、平民の服装の二人が泊まるには不自然で目立つ。安価な下級宿は治安が宜しくない。

「女将、シングルの部屋を2つ」  

「私、この人の妻なんです!同じ部屋お願いします」カスミが横からしゃしゃり出た。 

「まあ、新婚旅行ですか?おめでとうございます」  

「は?姫、さん?」

「はい!そうなのに、この人恥ずかしがっちゃって……」 

「あらあら~。それでしたら、こちらの部屋をどうぞ」カスミに二階の部屋の鍵を渡す。 

 カスミは、戸惑うヨナの腕に腕を絡めると、部屋の鍵を開けた。 

 腕に当たる柔らかな感触に意識が集中する。部屋の真ん中に、鎮座するのは大きなダブルベッド。 

 ヨナは、無意識に喉を鳴らす。 

(ちょっと、待ってくれ。同じ部屋なら確かに、護衛しやすいが。さすがに……これはまずいだろー?)  



 ヨナの心配は杞憂に終わる――カスミは、部屋の中に入るとふさふさのベッドに頭から突っ伏ダイブした。 
 そして、あっという間に寝息をたて始めた。初めての寄り合い馬車、長距離移動で疲れていたのだ。 

「………はは、姫さん。寝つき良すぎた」  

 安心したような、残念なような……ヨナは、複雑な気持ちだった。すうすう、寝息をたてるカスミは、人形のように美しく作り物じみて見えた。

(……無防備だな……俺じゃなかったらとっくに襲われてるなー。まあ俺も、護衛対象じゃなかったら、ヤりたいぐらいだけど……深みに嵌まったら面倒くさい、気を付けてないと)

 ヨナは、窓を隙間を開けると風の音を聴いた。今夜は厄介事は無さそうだ。

 墓参りが本当にしろ、嘘にしろ、何らかの思惑が動き出す。動きがあるなら明日からか?半獣の勘が告げていた。



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