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ティータイムと涌き出た疑問

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 領主室のドアをノックすると「誰ですか?」とジャミの甲高い声がした。 
 
「あれ?ラッセルは居ないの?」 
 
「ミサキか?丁度いいところに来た。遠慮するな入れ!」 
 
「それじゃあ、失礼するわね」 
   
 重厚なドアを開け入ると、部屋の左右の壁に本棚がところ狭しと並ぶ。その真ん中、正面に大きな書斎机があり、机の上には書類の小山。椅子に座り、羽ペン片手に書類の前にラッセルが座り、その隣に書類を持ったジャミが控えていた。 
 
「……ミサキ、もしかしてそれは?」目が輝きひげが動く、視線はお盆の上のクッキーから反らさない。
 
「昨日話したクッキー試しに作ってみたのよ。良かったら休憩に食べて!」 
      
 ラッセルが、机の書類を脇に寄せてくれて、空いた隙間にお盆を置かせてもらう。 
 
「……領主殿休憩には、いささか早いかと」 
 
「折角、ミサキが俺の為に作ってくれたのだ。少し早いぐらい良いだろう?」 
  
 正確には孤児院の子供のためで、ラッセルはついでなんだけど、喜んでくれてるので黙っておく。 
 
「はあ……仕方ありませんね領主殿。それでは……失礼しますよ」ジャミがラッセルのお皿からクッキーを一枚手に取る。 
   
「おい!ジャミ、取るな俺のだ!」 
   
「領主殿……落ちついて下さい。毒味は必要ですよ。周りに示しがつきません」  
 
「え?毒味!!」   
ラッセルは、領主だから毒殺される危険があるのね。平和ボケした私、考えもしなかったわ。 
 
「ミサキが作ったんだ、毒など入れんだろう!」 
 
「私、安易すぎたのね……ラッセル信頼してくれて、ありがとう。でも、私が入れなくても…悪意のある第三者が入れる可能性もあるから、ジャミに毒味してもらって」  
 
「……ミサキ、僕だってさ、君が毒殺するとは思ってないよ」 
 
「そ、そうなの?」 
ジャミに信頼されてたなんて、びっくりだわ。 
 
「今、僕が毒味すると言ったらさ、初めて毒殺の可能性に気付きましたみたいな、愚鈍な顔してたよ」ジャミは嘴の端をくっと上げた。
 
「愚鈍は余計よ!毒なんか入れてないから、サクッと毒味してちょうだい!」 
 
 ジャミは、私に促され掴んでいたクッキーを咀嚼し嚥下した。毒なんか入れてないから、ジャミの表情は変わらない。
  
「……もう、食べても良いか?」 
渋い顔をしたラッセルがジャミを睨んだ。 
 
「領主殿、そんなに睨まないで下さいよ。毒は入ってません……僕には、少し甘過ぎますがね…」 
   
「ジャミ、作ったミサキに失礼だぞ」
  
「そうね……ジャミに作るときは、塩を多めにするわね」こちらもイヤミを込めて、にっこりととびきりの笑顔を向ける。 
 
「フン……期待しないで待ってるよ」ジャミは私に言い捨てるとラッセルに「領主殿、ミサキの分の赤茶を用意させます。半刻休憩にしてあげますから、書簡の件……ミサキに、説明して下さいよ」と部屋から出ていった。  


 机を挟んで椅子に座りラッセルと向き合いティータイム。ラッセルは、私が作ったクッキーを食べると旨いと喜んでくれた。ジャミの後だと余計、ラッセルの優しさが染みるわね。 
 赤茶を飲みほっとしていると、ラッセルが唐突に口を開いた。
   
「………ミサキは、ジャミとも親しいのか?」 
 
「はい?ラッセル……今の私たちのやり取りのどこに、親しい要素があるの?」 
 寒々しい空気しかない、ラッセルの目は節穴かしら? 

「ジャミは、奥に…イヤミなど言わなかったな…」 
 
「まあ、仕える領主様の奥様に言わないよね普通。ジャミは、いつも私にはあんな態度よ。気に入らないんでしょうね……私のこと」 
  
 ジャミは元奥さんを心酔してたから、とって変わったような立場にいる私が忌々しいんだろうな。 
 
「……気に入らないなど、いや……寧ろあれは……。いや、何でもない。それより、神の目様から書簡が届いて、お目通りの許可を頂けた。水の日に旅立つ予定だ。準備をしておいてくれ」 
   
「……神の目様……」 
 
 そう、神の目様にお会いして、竜神様に子作りしても子供が出来ないても、死を戻さないで下さいと伝えてもらわないとなんだわ。日々に夢中で忘れていた。   
 
 駄目だったら、私死ぬのかしら?車で落ちた水の冷たさ、苦しいを思いだし、震えが止まらない。震える私の肩にラッセルが手を置き、顔を覗き込んだ。 
 
「大丈夫か?ミサキ震えてる……無理もないか。俺からも、ミサキが死に戻されないよう竜神に切望しよう!竜の目様を味方につければ上手くいく、絶望するな……」 
 
 力強く諭すように私を励ます。ラッセルに言われたら、何とか成りそうな、そんなに気持ちにさせてくれる。流石領主様。感謝と共にふっと沸き上がった意地悪な気持ち。 
 
「……ラッセルは、良いわよ。子供出来なくても死なないんだから……」 
 
「………そうだ。俺は死なん………すまない。ミサキの気持ちを考えず、安直に上手くいくなどと……」 
 解りやすくラッセルのしっぽと耳がへたり、大きな体躯を丸めた。ラッセルは悪くない、ただ私の八つ当たり。それなのに、愚直すぎるその態度……。 
 
―――ラッセルっていいわ。可愛い。
  
 私はラッセルの頭に手を伸ばすとそっとへたる猫耳に触れた。極上の絨毯のような少し硬い毛並みが指先に気持ちいい。
 
「ミサキ……」 
 ラッセルは一度、ビクッと体を震えせたけど、振り払うことをせず好きに触らせてくれた。
 
「ふふ、毛並み綺麗ね。ごめんね。ラッセルは悪くないのに、八つ当たりしちゃった。慰めてくれてありがとう。」 
 
「……いや、良いんだ…それで、ミサキが落ち着くなら」  
     
「凄く……落ち着くわ」 
 
 ラッセルの触り心地よい毛並みを撫でながら考える。もし、訴えて駄目でも子作りの猶予期間中は楽しく暮らそう。本来なら、日本で死んでいた命、猶予を貰え異世界転移という貴重な経験が出来た。 
 そして、死ぬときはせめて苦しまない方法をお願いしよう。悲観してもしょうがない人生成るようにしかならない。私は開き直った。 

 
 なでなでなで――生き物好きには堪らない。素敵な感触についつい夢中になる。 
 撫で続けていると、ラッセルは苦しそうな顔をした。呼吸も心なしか早いような……。

「ミ、ミサキそろそろ……くっ、終わりでよいか?しょ、書類がまだあるのだ!」 
  
 ラッセルは不自然な動きで私から距離をとり、書斎の椅子に座った。姿勢は何故か前のめり。 
 
「ごめんなさい!耳触り過ぎて痛くなっちゃった?」   
 
「違う、痛くなどない!………領主会議の報告書が多量にあるんだ!………………その……触るのは……我慢が……」最後の方の声は小さくて聞こえなかった。 
 
「………領主会議って何を報告するの?」 
 まだジャミから教わっていないから、興味はあるので聞いた。  
   
「うむ、報告する事柄か?春に発生したダニの数と被害について。一年間の作物の収穫数と備蓄率。領民の数と子供の産まれた数が基本だ。後は災害や相談ことぐらいか……」
 
「………ふうん。やっぱり竜の背では、子供の産まれた数は重要なのね?今、一番子供の数の多い領地はどこなの?」
 
「………近年一番なのは、蛇領主ザギヴの領地パミエニだな。町に買い物した際、カラスが蛇獣人の女達を誘拐したと言っただろう?保護された女たちは皆、蛇領主の命令で、一様に故郷に帰った。あれから子供の数が爆発的に増加してる………前回の誘拐も今回の薬もカラス……か?…………偶然?女達が帰省したにしても、子供の数の増加が多いな………まさかな…」 
  
 ラッセルは深く考え込んだ。そして、休憩終わりですよと入室してきたジャミに何やら指示を飛ばす。ラッセル自身も古い書類を引っ張り出し読み始めた。    
  
 領主の顔になったラッセルは頼もしい。私は邪魔にならないよう静かに片付けをすると、部屋から出た。 
 お盆を厨房に戻すため廊下を歩きながら、ふっと疑問が沸き上がる。 
 
―――竜の背は物凄く、竜神の教えの産めよ増やせよが領民たちに浸透してる。子どもが出来ない結婚は出来ず、ラッセルの元奥さんみたいに子どもが産めないと責められる。女の人に子どもを望まない選択肢はそもそも与えられない。
  
 緊急時に異世界から人間を召喚して無理やり子作りさせてまで、獣人の数を増やすことに意味があるのかしら?  
増えることがそんなに大事? 
体が弱くても、女の人も幸せに生きることが、大事なんじゃないかな……。
  

 
 
 
◇◇◇
 
 

 
『増えることは大事よ!獣人の数を増やさないと竜神は沈んじゃうもん!!そう、ガソリンよ!燃料がないと飛行機だって空を飛べないでしょう?』 
 
 私の疑問にふわふわと白い空間を漂う、長い髪の美しい少女は答えてくれた。 
 彼女は竜の目様であり、名前を忘れた聖女様だった。

 


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