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竜神も酷なことを強いる sideラッセル
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初めて俺と目を合わせても怯えない姿、心労であばら骨が浮き出る細体。黒真珠と呼ばれた美貌、ホロホロと泣く姿は幻のように儚い。
「…どうか……離縁してくださいませ、ラッセル様…」
「どうしたのだ奥?藪から棒に……また、本家の爺らに、子はまだかと詰問されたのか?何度もしつこい奴らだ。俺が奴等を締めておく………奥は気にするな」
「いいえ……違う……違うのです…」両手を握り締め、フルフルと頭を振り否定した。
「……奥?」
「わ、わたくしが耐えられないのです。結婚して三年、懐妊の兆しすらなく、ラッセル様に子を抱かせてあげることも出来ない……なにより、ラッセル様の欲を受け止め切れず、気を使われて抱かれることに疲れてしまいました……」
「っ奥!気を使って抱いてなど……ただ、そなたを傷つけたくないだけだ」
骨と皮だけの脆弱な体、彼女を宝石を抱くように優しく気遣い抱いてきた。自分の情欲などぶつけたら彼女は壊れてしまう。
「ラッセル様は、わたくしを抱くと酷く疲れた顔をなさいますわ」
「――――――っ」
言い澱んだ、これでは肯定しているようなものだ。生まれつき体の弱い彼女を組敷き、無体を強いる罪悪感。傷つけないよう神経を張り巡らして交わる、疲れぬ訳がない。
「すまん、黒ダニの討伐と山崩れの対応に終われて疲れていたのだ…」彼女を気遣い嘘をついた。
「ラッセル様………前回、いつ頃わたくしをお抱きになったのか覚えていらっしゃいますか?」
「前回…?」花の咲き誇る頃だったような気がしたが……。
「……半年前ですわ」
「半年、そんなに前だったのか……。長い間一人で悩み、苦しんでいたのか。奥、気付いてやれず、本当にすまない……」
「謝らないでくださいませ、わたくしが至らないから悪いのです。……半年間わたくしは必要とされなかった。ただ、それだけですわ、ラッセル様……」
「違う!半年も放置した俺に非がある。必要じゃないなどと…言うな」
「ふふ、ラッセル様は優しすぎます。抱かれなくとも贈り物やお手紙届きましたわ……ですが、優しいから余計苦しいのです。本家の方のように、責めてくださったら嫌いになれましたのに………どうか、離縁して下さい。わたくしを哀れに思うなら……楽に……楽になりたいのです」寂しく笑い、女が嗚咽を洩らす。
本家から子を作れと、強制的押し付けられた婚姻。俺なりに奥を愛し、大切にしてきたつもりだった。今でも奥を思い出すと泣き顔と寂しく笑う顔しか出てこない。
何度か話し合ったが、奥の気持ちは変わらない。離縁したからと本家に出戻れば肩身が狭いだろう。
亀領主マロヌサ殿の領地バルブニアに聖女の館がある。離縁、配偶者の暴力……様々な理由から女達が集まり身を寄せ合い、竜神に祈りを捧げて穏やかに生活していると聞く。
領主会議で面識のあるマロヌサ殿に書簡を届けた。奥を聖女の館に頼む為に…。
トントン拍子に話が進んだ、奥に専用の侍女まで付けてくれる厚待遇、マロヌサ殿に感謝してもし切れない。感謝を込めて聖女の館に物資を贈る。
聖女の館に出立する前日、奥に尋ねた。最後に望みはあるかと―――彼女は答えた。最後にジャミと空からバンローグの町を見たいと……。
年若いジャミに奥の世話と話し相手を任せていた。俺に何か言いたそうなジャミは、奥に寄り添う。二人の間に俺とは築けなかった信頼関係が垣間見えた。心の中を虚無感が襲う。
―――もし、俺たちに子が出来ていたら……。
―――俺がきちんと奥に寄り添っていたら……結果は違うものになっていたのだろうか?
俺は額に手を当てた……考えてどうなるのだ…俺たちは終わったのだ。
聖女の館で彼女が穏やかに幸せに暮らせるように、ただ、それだけを願った。
◇◇◇
奥と離縁して一年―――再び春が巡る。
春、黒ダニが繁殖期で凶暴化する時期。北の町タガヤに黒ダニの集団が現れたと一報を受け、討伐兵を率い全滅させた。
黒ダニの死骸を焼き払い、浸食された土地を聖水で清める。負傷した領民、兵士たちをハリー先生の治療院に任せた。
今回は発見が早く被害が軽少だった。俺は、ほっと胸を撫で下ろした。広範囲な浸食は聖水で清めても回復に時間がかかる。畑だったら最悪だ、今年は作物の収穫は見込めないだろう。飢饉にでもなったら館の備蓄を放出する必要に迫られる。領民を餓えさせる訳にはいかない……。
帰ったら備蓄の確認と今回の被害状況をまとめ、ジャミと相談し、優勢順位を決め、迅速な対応をするつもりだ。
聖水の補充は…そうだな、カンタはまだ聖女の滝に聖水を汲みに行ったことがない、案内がてら滝に行き、帰り道に領主会議参加で間に合うだろう……。
領主会議……半年に一度、領主5人が一同に介し、領地に起きた問題を報告、相談。新たなルートを定める。魔物や黒ダニの被害状況を報告し、被害が激しい領地の援助、移住の受け入れを話し合う。
6つに区切られた竜の背の一番南側、竜尾に広がった領地は100年前の黒ダニの大繁殖で壊滅的な被害を受け土地が腐り、障気、魔物に侵され獣人の住めぬ枯れた土地だ。領主も領民も残った5つの領地に移住した。
去年、竜尾に接する領地アルメシアは領土の半分近くを甚大な被害に見舞われ、バンローグから食料を援助し、兵士を派遣した。兵士達は無事に持ちこたえただろうか?幼い領主ルカは黒ダニを退けられたのか……不安は尽きない。ジャミに視察を頼み、必要な支援があれば手を差し伸べる手配をしなければ。
ジャミの視察によりアルメシアは辛勝ながら黒ダニを退けた。土地の浄化、障気に集まる魔物の討伐に新たに兵を派遣し、疲弊した兵を引き上げ、労い休暇を与えた。
毎年訪れる春の疫災の対応も一段落した頃、その神託はもたらされた。
―――孕み人と交わり子をなせ――。
孕み人、その存在は知っていた。竜の背ではない異世界からやってくる人間の女。獣人の女より健康で孕みやすく、埋まれた子供は女児も健康体だと聞く。前に孕み人が召喚されたのは文献によれば80年前だと言う。そんな伝説にすがり子を作らないといけないのか?黒豹獣人はもとより数が少ない、更に年々減少している。俺達が淘汰されるべき存在なら、それを受け入れるべきだろう。
虚しさがこみ上げた、また子作りに振り回され、不幸な女を見なければいけないのか?子が居なくとも幸福な夫婦もいるだろう。俺と奥には無理だったが……。
子を作ることだけが俺達の生きる意味ではないだろう、俺は拳を握りしめた。
初めて垣間見た人間は、頭部にしか毛がなく顔は白く、のぺっとしていた。幼子のような小さな体を自分で抱きしめて震えを押さえ、俺を見上げる怯えた瞳。
「ミサキと言ったか……」
「は、はい!」
「36歳と言うの本当か?」36歳には到底見えない容姿。
「本当です。旦那も子供もいます。だから…子作りは無理です!」怯えながらもミサキは、拒否をした。それはそうだろう。旦那も子供もいる身でいきなり異世界に連れてこられ、子作りを強要されるのだ、しかも異種族の獣人と……吐き気がするほど嫌だろう。俺は大きなため息をついた。
「年上には見えんな………子作りか、竜神様も酷なことを強いる…」
「なっ……酷なことって」
竜神を暗に責めたつもりがミサキは何か勘違いしたようだ。
「あなたも子作りしたくないようなので、孕み人を辞退させて下さい」
挑むように俺に食って掛かるミサキに驚くと同時に哀れに思う。子作りを拒否した場合、ミサキは死ぬだろう、拒否する選択肢は最初からないのだ。神託を拒み領地に天罰が下る可能性がある以上、領主たる俺にも拒否する権利はない。俺達は神託を粛々と受け止め実行する、言わば同志だ。
俺は涙ぐむミサキに語りかけた。
「ミサキには酷な話だと思うが、竜神の命令だ俺と子作りしてほしい」無理やり犯すようなことはしたくない。
「子作りしないと私、死んじゃうんです。解りましたって言うしかないですよね?領主様」聡い彼女は理解したようだ。
「謝ることしか出来ん……ラッセルと呼べ。俺たちは対等だ、敬語もつかうな」
せめて彼女がバンローグで心穏やかに生活できるよう力を尽くそう。
「ありがとう、ラッセル」
対等の言葉にミサキは嬉しかったのか、笑みを浮かべ俺にお礼を述べた。その微笑みは……不思議に悪くないと思った。
「…どうか……離縁してくださいませ、ラッセル様…」
「どうしたのだ奥?藪から棒に……また、本家の爺らに、子はまだかと詰問されたのか?何度もしつこい奴らだ。俺が奴等を締めておく………奥は気にするな」
「いいえ……違う……違うのです…」両手を握り締め、フルフルと頭を振り否定した。
「……奥?」
「わ、わたくしが耐えられないのです。結婚して三年、懐妊の兆しすらなく、ラッセル様に子を抱かせてあげることも出来ない……なにより、ラッセル様の欲を受け止め切れず、気を使われて抱かれることに疲れてしまいました……」
「っ奥!気を使って抱いてなど……ただ、そなたを傷つけたくないだけだ」
骨と皮だけの脆弱な体、彼女を宝石を抱くように優しく気遣い抱いてきた。自分の情欲などぶつけたら彼女は壊れてしまう。
「ラッセル様は、わたくしを抱くと酷く疲れた顔をなさいますわ」
「――――――っ」
言い澱んだ、これでは肯定しているようなものだ。生まれつき体の弱い彼女を組敷き、無体を強いる罪悪感。傷つけないよう神経を張り巡らして交わる、疲れぬ訳がない。
「すまん、黒ダニの討伐と山崩れの対応に終われて疲れていたのだ…」彼女を気遣い嘘をついた。
「ラッセル様………前回、いつ頃わたくしをお抱きになったのか覚えていらっしゃいますか?」
「前回…?」花の咲き誇る頃だったような気がしたが……。
「……半年前ですわ」
「半年、そんなに前だったのか……。長い間一人で悩み、苦しんでいたのか。奥、気付いてやれず、本当にすまない……」
「謝らないでくださいませ、わたくしが至らないから悪いのです。……半年間わたくしは必要とされなかった。ただ、それだけですわ、ラッセル様……」
「違う!半年も放置した俺に非がある。必要じゃないなどと…言うな」
「ふふ、ラッセル様は優しすぎます。抱かれなくとも贈り物やお手紙届きましたわ……ですが、優しいから余計苦しいのです。本家の方のように、責めてくださったら嫌いになれましたのに………どうか、離縁して下さい。わたくしを哀れに思うなら……楽に……楽になりたいのです」寂しく笑い、女が嗚咽を洩らす。
本家から子を作れと、強制的押し付けられた婚姻。俺なりに奥を愛し、大切にしてきたつもりだった。今でも奥を思い出すと泣き顔と寂しく笑う顔しか出てこない。
何度か話し合ったが、奥の気持ちは変わらない。離縁したからと本家に出戻れば肩身が狭いだろう。
亀領主マロヌサ殿の領地バルブニアに聖女の館がある。離縁、配偶者の暴力……様々な理由から女達が集まり身を寄せ合い、竜神に祈りを捧げて穏やかに生活していると聞く。
領主会議で面識のあるマロヌサ殿に書簡を届けた。奥を聖女の館に頼む為に…。
トントン拍子に話が進んだ、奥に専用の侍女まで付けてくれる厚待遇、マロヌサ殿に感謝してもし切れない。感謝を込めて聖女の館に物資を贈る。
聖女の館に出立する前日、奥に尋ねた。最後に望みはあるかと―――彼女は答えた。最後にジャミと空からバンローグの町を見たいと……。
年若いジャミに奥の世話と話し相手を任せていた。俺に何か言いたそうなジャミは、奥に寄り添う。二人の間に俺とは築けなかった信頼関係が垣間見えた。心の中を虚無感が襲う。
―――もし、俺たちに子が出来ていたら……。
―――俺がきちんと奥に寄り添っていたら……結果は違うものになっていたのだろうか?
俺は額に手を当てた……考えてどうなるのだ…俺たちは終わったのだ。
聖女の館で彼女が穏やかに幸せに暮らせるように、ただ、それだけを願った。
◇◇◇
奥と離縁して一年―――再び春が巡る。
春、黒ダニが繁殖期で凶暴化する時期。北の町タガヤに黒ダニの集団が現れたと一報を受け、討伐兵を率い全滅させた。
黒ダニの死骸を焼き払い、浸食された土地を聖水で清める。負傷した領民、兵士たちをハリー先生の治療院に任せた。
今回は発見が早く被害が軽少だった。俺は、ほっと胸を撫で下ろした。広範囲な浸食は聖水で清めても回復に時間がかかる。畑だったら最悪だ、今年は作物の収穫は見込めないだろう。飢饉にでもなったら館の備蓄を放出する必要に迫られる。領民を餓えさせる訳にはいかない……。
帰ったら備蓄の確認と今回の被害状況をまとめ、ジャミと相談し、優勢順位を決め、迅速な対応をするつもりだ。
聖水の補充は…そうだな、カンタはまだ聖女の滝に聖水を汲みに行ったことがない、案内がてら滝に行き、帰り道に領主会議参加で間に合うだろう……。
領主会議……半年に一度、領主5人が一同に介し、領地に起きた問題を報告、相談。新たなルートを定める。魔物や黒ダニの被害状況を報告し、被害が激しい領地の援助、移住の受け入れを話し合う。
6つに区切られた竜の背の一番南側、竜尾に広がった領地は100年前の黒ダニの大繁殖で壊滅的な被害を受け土地が腐り、障気、魔物に侵され獣人の住めぬ枯れた土地だ。領主も領民も残った5つの領地に移住した。
去年、竜尾に接する領地アルメシアは領土の半分近くを甚大な被害に見舞われ、バンローグから食料を援助し、兵士を派遣した。兵士達は無事に持ちこたえただろうか?幼い領主ルカは黒ダニを退けられたのか……不安は尽きない。ジャミに視察を頼み、必要な支援があれば手を差し伸べる手配をしなければ。
ジャミの視察によりアルメシアは辛勝ながら黒ダニを退けた。土地の浄化、障気に集まる魔物の討伐に新たに兵を派遣し、疲弊した兵を引き上げ、労い休暇を与えた。
毎年訪れる春の疫災の対応も一段落した頃、その神託はもたらされた。
―――孕み人と交わり子をなせ――。
孕み人、その存在は知っていた。竜の背ではない異世界からやってくる人間の女。獣人の女より健康で孕みやすく、埋まれた子供は女児も健康体だと聞く。前に孕み人が召喚されたのは文献によれば80年前だと言う。そんな伝説にすがり子を作らないといけないのか?黒豹獣人はもとより数が少ない、更に年々減少している。俺達が淘汰されるべき存在なら、それを受け入れるべきだろう。
虚しさがこみ上げた、また子作りに振り回され、不幸な女を見なければいけないのか?子が居なくとも幸福な夫婦もいるだろう。俺と奥には無理だったが……。
子を作ることだけが俺達の生きる意味ではないだろう、俺は拳を握りしめた。
初めて垣間見た人間は、頭部にしか毛がなく顔は白く、のぺっとしていた。幼子のような小さな体を自分で抱きしめて震えを押さえ、俺を見上げる怯えた瞳。
「ミサキと言ったか……」
「は、はい!」
「36歳と言うの本当か?」36歳には到底見えない容姿。
「本当です。旦那も子供もいます。だから…子作りは無理です!」怯えながらもミサキは、拒否をした。それはそうだろう。旦那も子供もいる身でいきなり異世界に連れてこられ、子作りを強要されるのだ、しかも異種族の獣人と……吐き気がするほど嫌だろう。俺は大きなため息をついた。
「年上には見えんな………子作りか、竜神様も酷なことを強いる…」
「なっ……酷なことって」
竜神を暗に責めたつもりがミサキは何か勘違いしたようだ。
「あなたも子作りしたくないようなので、孕み人を辞退させて下さい」
挑むように俺に食って掛かるミサキに驚くと同時に哀れに思う。子作りを拒否した場合、ミサキは死ぬだろう、拒否する選択肢は最初からないのだ。神託を拒み領地に天罰が下る可能性がある以上、領主たる俺にも拒否する権利はない。俺達は神託を粛々と受け止め実行する、言わば同志だ。
俺は涙ぐむミサキに語りかけた。
「ミサキには酷な話だと思うが、竜神の命令だ俺と子作りしてほしい」無理やり犯すようなことはしたくない。
「子作りしないと私、死んじゃうんです。解りましたって言うしかないですよね?領主様」聡い彼女は理解したようだ。
「謝ることしか出来ん……ラッセルと呼べ。俺たちは対等だ、敬語もつかうな」
せめて彼女がバンローグで心穏やかに生活できるよう力を尽くそう。
「ありがとう、ラッセル」
対等の言葉にミサキは嬉しかったのか、笑みを浮かべ俺にお礼を述べた。その微笑みは……不思議に悪くないと思った。
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