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最初からない権利

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 昔々――――
 人間たちが争い大地を腐らせ、生き物が住めなくなったとき、聖女と竜神は選ばれた獣人だけをその背中に乗せて安息の地を求め旅立った。 

 長い旅路、安息の地が見つからず疲弊する獣人たち、哀れに思った聖女と竜神は混じりあい、竜の背中に大地を造り獣人たちを住まわせた。   
 獣人たちは感謝と敬意を表し、竜神を崇め大地を竜の背と呼んだ。 
 やがて大地を6つに分け、選ばれた獣人が領主として領土を治めることになった。 
 同種族でしか数を増やせない獣人たちは度重なる近親婚を繰り返して、結果体の弱い女児が産まれるようになった。 
 体の弱い女児は孕みにくく、獣人たちは緩やかに数を減らしていく。 

 竜神は獣人たちの種の存続のため体の強靭な人間の女性を召喚し、獣人たちと子作りさせた。人間の女性の産む子供はみな男性側の獣性を引き継ぎ、男女ともに健康体。人間の産んだ女性は体も強く孕みやすい、次々に子供を産み、獣人の数を増やすことに貢献した。 

 獣人たちは竜神が召喚する人間を《孕み人》として保護寵愛し、奪い争いあった。ある時争いが激化し巻き込まれ孕み人が死んでしまう。 

 貴重な孕み人を失い、竜神の怒りに触れ湖が干上がり、猛省した6領主たちは話し合い、孕み人保護法を制定した。 

 孕み人は落ちた領地に属するとし、無用な争いを禁じた。 

 交わりは孕み人の意思を尊重すること、強制はせず、心身に負担をかけず大切に慈しむこととした――――

 


 ◇◇◇◇

 


「気絶しないでくれて良かったです。少し落ち着きましたか?」兎獣人ハリーは穏やかに聞いてきた。   

「はい。取り乱してすいません」ハリーの入れてくれた果物茶はベリーの甘い匂いがし、ほっとする。   

「大丈夫です。取り乱したうちに入りませんよ!それより今までの説明で気になる点、解らない点はありませんか?」 
 ハリーは生徒に諭すように優しく。竜の背や獣人、孕み人について簡単な説明をしてくれた。 

 獣人は領主たちの一族が特に数が少なく孕みにくい、次に中級獣人、もっとも数の多い下級獣人も年々減少傾向だと言う。 

 孕み人をワンクッション挟めば一族の数が爆発的に増えるから、欲しいのは解るけど………産めるの私に?……また1から妊娠して出産する道のりを考えてクラクラした。 
 それより孕めるのかしら?寧ろ私が孕みにくいんじゃないかな…… 

 旦那以外の人、いや獣人とセックスするの抵抗もあるし、嫌だわ…。

「あの~。先ほど聞いた孕み人保護法だと意思を尊重し強制しないって言ってましたよね?もし、孕みたくない子作りもしないって言ったらやらなくて良いですか?」 

 穏やかだったハリーの雰囲気が一瞬で変化し、剣呑さを滲ませ眉間にシワを寄せた。 

「獣人なんかと、子作りしたくないと言うことですか……」 
「ち、違います!私、旦那も子供もいますし、旦那以外の人と子作りするのに抵抗があります!それに……若くないので孕めるかどうかわかりません!」 
「な、旦那さんもお子さんもいらっしゃるのですか………失礼ですがミサキさんはおいくつですか?」  
「36歳です」 

 ハリーの瞳が驚きに見開かれた。歳を人に言いたくなかったが、もしかしたら子作りから逃れられるかもしれない。 

 だから、無理です……言おうと口を開きかけた時、窓から巨大な鳥が乱入してきた。 

「はっ?君、36歳なの?人生半分終わってるね?」嫌みたらしいキザな声、目周りは真っ赤で、小さい黄色の嘴。 
 全体の羽の色は光沢のある青緑色、緑が映える白いのシャツとぴったりした緑色のズボンを履き、じゃらじゃらとアクセサリーをつけた人間大の綺麗な雉が降り立った。 

「な、な、雉?」 
「ジャミ君、緊急時以外はちゃんとドアから入って下さいね」 
「ふん。今は緊急時だよ兎殿。それよりコレが孕み人?」 
 私の頭の先からつま先まで見下ろし鼻で笑った。なに感じ悪い、失礼な鳥ね! 

「そうです。カンザキミサキさんです。此方は雉獣人のジャミです」 
「ふーん。ミサキね?兎殿、こんなに歳でも孕めるの?卵あるのかな?終わってるんじゃない?」 
「な、失礼な鳥ですね、終わってませんよ!」 
「ふっ、終わってないのか?でも領主殿の相手としては君は役不足だよ」 

「ジャミ、それを決めるのは俺たちじゃない竜神様だ」 

 渋いいぶし銀のような声とともに、部屋に入ってきたのは、黒豹男だった。 
 豹そのものの顔に瞳の色は金色。肉食獣らしく鋭い牙がある。 
 深紅の真っ赤な着物のような服に金色の帯を巻いて、胸元は大きく開き、柔らかそうな黒いふわ毛が呼吸に合わせ揺れた。体が大きく筋肉の塊みたい、私とは見上げるほど身長差がある。

「ま、待ってよー。ラッセル様ー。護衛の僕より先に行かないでよーっ」 
  
 パタパタと遅れて白い犬男が入ってきた。犬種はピレネー犬に近い。 
 全体に白くもふもふしている。胸に小さい胸当てをしているがずれて、お腹に落ちていた。口をだらしなく開き、はあはあ息をする。 

「水、欲しい。水飲みたいな僕」 
 ハリーがコップに水を入れて差し出すとガブガブと口の周りを濡らしながら飲み干した。

「ミサキさん、紹介します。バンローグ領主であられる黒豹獣人のラッセル様と護衛の犬獣人のカンタです」   

 眼光鋭いラッセルの威圧感に押し潰されそうで、慌てて頭を下げた。恐ろしい肉食獣の登場、まさか食べられるのかしら? 

「ミサキと言ったか……」 
「は、はい!」恐怖で声が上擦る。 
「36歳と言うの本当か?」 
「本当です。旦那も子供もいます。だから…子作りは無理です!」 
 勢いをつけて言うとラッセルは大きなため息をついた。 
「年上には見えんな………子作りか、竜神様も酷なことを強いる…」 
「なっ……酷なことって」
 年上の私と子作りしたくないと言うことね、それだったら私だって同じだわ。   
 
「あなたも子作りしたくないようなので、孕み人を辞退させて下さい」 
 挑むようにラッセルに言い放つとラッセルは驚きに目を開き、哀れむように私に告げた。 
 
「残念だが……子作りを拒否した場合、竜神に死を戻される」 
「死を戻される?」 
「孕み人は、自分の世界で死が決まっているものが来るのだ……ミサキは竜の背に来る直前を覚えているか?」   
「……車が水に流されて…溺れて……まさか、そんな……子作り拒否したら溺死しちゃうってこと?」敬語も忘れ呆然とする。あんな苦しみもうしたくない。
「その通りだ」 
「なにが、孕み人保護法よ!拒否権ないじゃない!」死にたくないなら泣いても喚いても子作りするしか道はない。    
「酷いっ……私、旦那も子供もいるのに!」 
 ラッセルは悪くないのに苛立ちをぶつけてしまう。    
「………すまないな」   
ラッセルの猫耳が折れ、頭を下げた。  
「謝られたって…」涙が盛り上がる。 
 
「このっ、領主殿が頭を下げてるんだ、わきまえろよ! 領主殿も年のはった君なんか抱きたくないんだ。どうせ胸は垂れ、性器はドドメ色なんだろう?」ジャミが嫌みたらしく揶揄した。 

 な、何てことを言うのこの嫌み鳥―――――っ!

「ジャミ止めろ!」ラッセルがジャミを止め、ジャミが睨みながらも黙る。 

「だめだよ。くんくん、この人、いろんな雄の精子の匂い。ラッセル様にふさわしくない。ジャミが、正解。」 
 カンタが鼻をひくつかせながら渋い顔をしていた。 

「いろんな雄の匂い……君、娼婦なのかい?」ジャミの視線が痛いほど鋭い。   
   
「娼婦なんですか?」なぜか嬉しそうなハリーと無言のラッセル。 
「ち、違いますよ!娼婦じゃありません、結婚してからは旦那としかいたしてません!」 
 
「でも、匂いする。薄いけど……」 
 
「あっ、もしかして…私、仕事で精子検査をしてるからそれで匂いがついたのかも」 
 
「精子……検査ですか?」ハリーが食いつく。   
 
「精子の量や濃度や運動率を調べて、自然妊娠させられるか解るんです。孕まないのは女性側だけの問題じゃないんですよ!男性にも責任ありますから」 
  
―――私の余りの剣幕に獣人たちが静まりかえる。
 
 しばらくするとワナワナとジャミが拳を震わせ私に詰めよってきた。 
「なに?君は、領主殿に子が出来ないのは領主殿の責任って言いたいのかい?」 
 掴みかからんばかりのジャミをラッセルが止めた。 
「ジャミ落ち着け………ミサキの言い分にも一理ある。頭を少し冷やせ、外に出てろ。カンタお前もだ!」 
「領主殿!」 
「えっ!僕も!」 
 不満げな二人をグルルルと眼光鋭くラッセルが唸る。二人は青い顔でそそくさと部屋から出て行き、私、ラッセル、ハリーの三人になった。 

  
 ラッセルは部下の非礼を詫び、また私に頭を下げた。領主が簡単に頭を下げて大丈夫か心配になるほど潔い。 
 
「ミサキには酷な話だと思うが、竜神の命令だ俺と子作りしてほしい」 
 
「子作りしないと私、死んじゃうんです。解りましたって言うしかないですよね?領主様」 
   
「謝ることしか出来ん……ラッセルと呼べ。俺たちは対等だ、敬語もつかうな」 
力付くで犯せば簡単だろうにラッセルの誠実な態度に少し好感度が上がった。 
 
「ありがとうラッセル」 
    
お礼を言うとラッセルは耳をピンそばだて「礼などいらん」と目を反らした。
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