陰キャ系ぐふふ魔女は欠損奴隷を甘やかしたい

豆丸

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望まぬ相席①

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「……すまなかった。魔女の大事な魔導人形を壊した」
 
 サクヤはレストランの個室で開口一番ギイトに謝られた。
 
 それは……魔導人形33号を拳で破壊する悪鬼のようなギイトを宥め、レストランに着いた予約時間を半刻遅れてからのことだった。 


「ぐふ、ぐふ。魔導人形は替えが聞きます。壊れてもまた作ればいい。
 あたしこそギイトの気持ちに気づかず、すみませんでしたね。良い主人失格ですね」 

「……俺の…気持ち?」 
 ギイトは訝しげにニチャアと笑うサクヤを伺った。 

「そうです!ギイト!溜まっていたんですね」

「はっ、溜まる?何の話だーーっ俺は」

 軽いノックの音でギイトは話を中断した。
 恭しく入室してきたウエイトレスが次々と料理をテーブルに置くと速やかに出ていく。
 ニシンのパイを始め、鶏肉の香草焼き、チーズたっぷりピザ、マスとほうれん草クリームソースパスタ、サラダにトマトのスープがテーブルに並んだ。

「美味しそうですね。食べながら話ましょう。ぐひひ、そうですね。今日は魔導人形を壊したんですから、大人しくあたしに餌付けされちゃってくださいね」
 
 生体義装具を装着すみの昼はギイトは自分で食事を取っていた。
 魔女はさも妙案とばかりにギイトの口に切り分けた鶏肉を差し出した。本当は自分が餌付けしたかったが、魔導人形を破壊したギイトの立場は低い。

 大人しく口を開けるギイトにサクヤは嬉しそうに目を細めた。
 サクヤは最近ギイトに食べさせられるので、久しぶりにギイトに餌付けできた。生き物が心を許したように豪快に食べる様はサクヤの心を大いに満たす。

 逆に甘やかされることに慣れないサクヤは、ギイトに食べさせられると気恥ずかしく居たたまれない、落ち着かない気持ちにさせる。   
 

「ぐふ、どんどん食べて精をつけてくださいね。頑張ってるギイトにこのあとご褒美をあげますから」 

「待って魔女……ご褒美と言うのは」 

「ぐふふ、あたしから言わせたいんですか?ギイト今日は屋敷に帰りません。お泊まりしてくださいね」    
 太ももを擦り合わせ気持ち悪く、ぐふふ笑い顔を赤く染める魔女。
 
(ご褒美、屋敷に帰らない。とうとう俺に抱かれるということか)

「……お泊まりか、良いだろう」

「ぐひ、期待して下さい!ギイトの為に奮発しました。最高級のお店です。きっとギイトのお眼鏡に叶うと思います」
 
 くねつく魔女は妖艶とは程遠い姿なのにギイトは目が離せない。真っ黒のワンピースの下の薄い体を暴ける。俺を受け入れ気持ち悪く喘ぐのか?ゴクリと太い喉仏が期待に上下した。 

 ギイト同様にサクヤも期待していた。
 
 奴隷の性癖を知るのも主人の役割。
 ギイトがどんな風に女の人を口説き抱くのか、どんな風に責めるのか、一部始終を今後の自慰のお供としと二つの眼に焼き付けよう。
 
 娼館の主にお願いしてこっそりギイトのお部屋を覗かせてもらおうと。
 
 母や姉たちに醜い、気持ち悪いと蔑まれてきたサクヤは自分が性的対象の範疇外だと常々理解していた。だから、まさかギイトが気持ち悪い魔女の自分に欲情しているなんて考えもしない。


 性的奔放な魔女の血をひくサクヤはギイトの想像通り処女ではない。初体験は自作のディルトで済ませて致したし、違う世界で男娼だって買った。
 一時の性交渉は刹那的な快楽を伴う。でもそれ以上に事後にどうしようもない虚しさに苛まれる。
 どんなに深い場所で繋がったとしてもサクヤは『時渡りの魔女』、今の世界から違う世界に旅立つのだ。永遠に揺蕩う、ただ一人で。 

 寂しいがギイトともいつか別れが来る。それまでは、お気に入りの欠損奴隷を可愛がろうとサクヤは思ったのだ。 

 それぞれの煩悩を抱え食べ進める二人は、個室のドアを遠慮がちに叩く音に気づかない。 

「あの~お食事中のところすみません。実は……ご相談が有りまして」 
 
 扉からコック帽を被ったチョビヒゲの初老男性が真っ青な顔で恐る恐る入室してきた。前に一度だけ挨拶をしてくれたこの店のオーナーだった。 



 ◇◇



「食事中を奴隷と共にするとは噂通り酔狂だな。
 まあ、良い。今日はなぁ。高名な『時渡りの魔女』と、その奴隷の『魔装具の隻眼騎士』に忠告があってわざわざちんけな店に来てやったんだ」

 食事するギイトとサクヤのテーブルの反対側の空いた椅子に男が腰をかけ偉そうにふんぞり返った。
 
『魔装具の隻眼騎士』は大会に勝ち進むうちにギイトに付いた呼び名だった。

「誰だ…お前は?」
 
「わしを知らんのか?無知な奴隷だ」
 黒い軍服に身を包む巨体男は眼光鋭く威圧的にサクヤとギイトを見下ろした。

 「ぐふふ、大丈夫ですよ。確か強硬派の重鎮ダクソン様ですよね?」

 オーナーが震えながら懇願してきたのは、この軍人との相席だった。
 常識的に個室の客に相席など希望しないし、本来ならオーナーも断固拒否するだろう。だが彼はタイソ帝国将軍の一人、軍拡大派のダクソン・アーリオ。オーナーも帝国に睨まれたらお店どころではない、断ることが出来なかったのだろう。 

「そうか、わしを知っているなら話は早いな。
 ………魔女よ今すぐ無駄な義装具作りを止めろ」

「ぐふふ、止めませんよ。
 軍人相手の義装具販売は儲かりますからね。あたしは『時渡りの魔女』です。創造神しか私の行動を縛れない。貴方の上司にあたるタイソ国王は御理解してるんじゃないですか?販売許可は御墨付きで頂いてますよ」
 殊更ニチャアと気持ち悪くサクヤは笑った。 

 ダクソンはサクヤの気持ち悪さに一緒怯んだ。

「フンッ…国王などいつでも軍の傀儡に出来る。わしの言うことを聞いた方が自らのためだぞ」
 優勢を表すように巨体を揺らした。

「ぐひ、ご心配なく。その前にしこたま儲けますから」 

「フンッ、軍の理想もわからん守銭奴が!」 
 苛立ったダクソンはテーブルを叩いた。がしゃりと白い食器が浮いた。

「止めろっ!無理強いするつもりか」
 サクヤを庇いギイトがダクソンの前に立った。

「わしの理想はなタイソ帝国が世界を統一することだ。そうすれば二度と戦争は起きない。平和な世界になる。
 そう思わないか?欠損奴隷のギイトよ。
 お前は体をドドキア戦争で失ったのだろう?憎くはないのか戦争が?わしはもうお前のような犠牲者を出したくないのだ」
 ダクソンはサクヤを懐柔出来ないと悟り、次の矛先をギイトに定めた。

「…平和な世界…」
 ギイトの残された瞳が僅か揺れた。

「そうだ。平和な世界を作るんだ。
 だから戦闘用義装具を使いこなせるお前を軍の兵器としてわしの指令の下、戦場で使ってやろう。もちろんただとは言わん……醜い魔女より厚待遇で迎えるぞ。わしの側近になれば金も名誉も女も欲しいままだ」 


「断る」
 御高承を垂れるダクソンを一言でギイトは切り捨てた。口当たりの良い言葉を並べようともギイトを都合良く使いたいだけ。 

「残念無念!交渉は決裂しちゃいましたね~」 
 くねつく魔女は、早く帰れとばかりにドアを指差した。

 ダクソンの顔が怒りに紅潮する。テーブルに力の限り拳を振り上げた。哀れな食器が宙を舞いがしゃりと割れた。 

「調子に乗るなよ。お前らなどわしの力でどうにでも出来るんだ!!」  
 ふーっ、ふーっと鼻息荒くサクヤとギイトを威嚇した。 

 そのときーーー。

「お止めくださいダクソン様」 
 凛と澄んだ声が個室に響いた。
 
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