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番外編② 休日はデート ~グレンさんと
しおりを挟む町を歩くのは久しぶり。
買い物好きじゃない私は、ノコアちゃんに誘われても断っていたから。
「こっちだ」
グレンさんに手を引かれて歩く。
店も、民家も神殿と同じ白に統一されて同じ建物に見える。方向音痴の私は迷子になりそうだわ。
彼はいつも神官長として忙しいし、暇を作っては私の護衛みたいに側に居てくれる。
グレンさんと町を歩くのは初めて。私より高い身長、長い手足なのに私の歩幅に合わせてくれる。遅いと平気で置いていった元旦那とは違う。さりげなく手を引かれる。ぎゅっと一度強く握られ、愛情を込めて見つめられる。
その手の大きさと硬さに安心する。
「グレン神官長、買い物ですか?」
グレンさんは仕切りに町人に話かけられて、気さくに返事をした。
「まあな」
「まあ、聖女さまも!良かったらうちの果物を買っていって下さいよ」
「そいつを2つくれ」
果物屋の女将さんから、ドラゴンフルーツに似た果物を私に買って渡してくれた。
「こうやって剥くんだ」
戸惑う私に、剥き方のレクチャーをしてくれる。
グレンさんは皮を剥くと、鮮やかなオレンジ色の果肉に豪快にかぶりついた。
じゅわっと口から果汁が溢れ出て、顎に伝わる。 グレンさんは、それを手の甲で拭うとニカッと笑った。
「マナツも食べろよ。旨いから」
お世辞にも行儀が良いとは言えない。
果物屋の女将さんは苦笑いすると、「グレン様ったら。聖女さま良かったら小さくお切りしますよ」っと言ってくれた。
でも……。
親切な女将さんにお礼を言い、グレンさんと同じように、果肉にかぶりついた。口の中に濃厚な甘さと果肉の瑞々しさが満遍なく伝わる。
美味しい!食感も素晴らしい。
これは小分けに切ったらわからない感覚。
口の端からこぼれる果汁をグレンさんと同じように手の甲で拭うとにっこり笑った。
「初めて食べたわ…とっても美味しいのね」
「そうか!良かった」
気を良くしたグレンさんは、お店を梯子した。蒸し饅頭、肉フライ、焼きクレープを歩きながら食べる。
グレンさん一押しの、メメント鳥のももの串焼きは甘辛味でピリッとした刺激がなんとも美味しかった。
次に勧められた、カカ鳥の目玉の串焼きは食べられなかった。拳大の目玉の三連串は、見た目よろしくないので、遠慮した。
ひとしきりお腹がいっぱいになると、公園の噴水の縁に腰をかけて休憩。
久しぶりに沢山歩いたのでふくらはぎがパンパンだわ。
擦っているとグレンさんが飲み物を私に渡し、隣に座った。
「大丈夫か?
沢山歩かせたからな……俺は……レインみたいに洒落た店は苦手で、案内出来なかった」
グレンさんは申し訳なさそうに肩を竦める。
「私も苦手だから大丈夫よ!町の食べ歩きとても楽しかったわ」
にっこり笑顔で伝えても、グレンさんの憂い顔は変わらない。
「気を使わせて……すまない」
私にまた謝ってる……グレンさん仕事中は自信に溢れた態度なのに、私と居るときは気を使い過ぎて自信なさそうなのよね。
グレンさんの一世一代の告白を私が拒否したのが原因なんだろうけど。
今は、きちんと彼のことも好きだから。伝えたら自信もってくれるかしら?
愛されてるとわかってほしい。
ポンッとまたノコアちゃんに言われた言葉が浮かぶ。やっぱり噛むしかないのかも。
………ごくり。
「グレンさん……あの」
言い淀んでいると、飲み終わったグレンさんが立ち上がった。
「マナツ……そろそろ七番に行ってもいいか?」
「ええ、待って!飲んじゃうから」
慌ててジュースを飲み干すと、差し出すグレンさんの手をとった。
連れていかれたのは、町の外れにあるこじんまりした一軒家だった。
屋根には可愛らしい小さな煙突がついている。一階の窓は広くて大きい。窓側に商品棚。奥にはレンガ作りの小さな釜戸。のし棒やふるい、計りも置いてある。
空き家なのか、テーブル、椅子などの家具はそのままなのに、人の住んでいる気配はしない。
「素敵なお家ね……ここ空き家?お店屋さんだったのかしら?」
「ああ、そうだ。最近まで老夫婦がパン屋を営んでいた。素朴で美味しいパンを売っていたが、お爺さんが腰を痛めてしまってな。北の領地に住む娘夫婦の家に引っ越して行った」
ここが空き家の理由はわかった。
でも、ここに来た理由はなんだろう?
「竜神様のお膝元に不審者を住まわすわけにはいかないからな。住民と物件の管理は神殿の仕事なんだ」
「そうなの大変ね……神殿って、不動産屋もしないといけないなんて」
神殿の仕事の幅に感心しつつ、神官長自らわざわざ町外れの物件を見に来るなんて……新官見習いさんのお仕事のような気もするけど。
「良かったら竈を使ってみるか?
レインに使用許可は貰ってるんだ」
魅惑的なお誘いに質問しようとした口を閉じ、大きく頷いた。
神殿の厨房を毎日使わせてもらっている私だけど。 危ないからと一人で竈の使用することは禁止されていた。
だから、焼くのは料理長が付きっきりだった。一人で使って良いなんて嬉しいわ。
薪は買ってくれば良いとしても、釜戸は火の調整が難しいはず。素人の私に出来るかしら?
不安を口にした私を見て、得意気にグレンさんが胸を張った。
「マナツ忘れてるな!こう見えても俺は、火竜だ。火力の調整は任せろ!手伝いもするからな、マナツの如何なる要望にも答えるぜ」
二人笑いあうと、発酵させないピザを作ることにした。
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