【番外編完結】聖女のお仕事は竜神様のお手当てです。

豆丸

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最後の戦い① sideベンダル

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 150年間待ち焦がれた、美しき我が最愛の番は俺に駆け寄ることなく、聖女マナツに抱き付いた。

 一番辛い芋虫の体を受け入れ、親身にお手当てした聖女マナツを母親のように慕う気持ちは痛いほどわかるのだか。  
  
 羨望と嫉妬、どす黒い感情が沸々と沸き上がのを、止められん。
  
 やはり、聖女マナツを切り刻んで無理にでも竜神様に血肉を喰わせるべきだったのか?
 
  
 俺は真実をねじ曲げた。
先ほど聖女マナツに話した、『竜神様が聖女の血肉を食べたら外道の暗黒竜と同じ、邪竜に堕ちるだけだ』は嘘なのだ。 

 真の聖女に近いマナツの血肉を取り込めば、竜神様は直ぐに完全体になれた。 
  
 しかし、それを実行した俺を竜神様は決して許さない。 
 いくら体は完全体に成ろうとも、恩人で母親代わりのマナツを食らうなど論外なのだ。 
 今は、暗黒竜の脅威を祓えたとしても、竜神様はいつの日か自分が赦せず心が壊れてしまう。 
  
 俺はどす黒い感情を無理やり押さえ込んだ。  

「ベンダル様……マナツ様を助けて頂きありがとうございます」 
 レインが声を潜め礼を言った。聡い奴は気づいていたようだ。 
 
「真面目なマナツ様は、簡単に命を差し出したでしょうから」 

「礼には及ばんさ……俺は竜神様に嫌われるのは御免だ。それにだな、レインとグレンに恨まれるのは厄介だからな」眉間の皺を深めてレインに告げた。
 
 皆の力を寄せ集め一時的だが、成体に成長させた。誰も悲しまない、きっとこれが正しい選択肢だったのだ。 
  

「ベンダル、お待たせしました!行きましょう」 
 竜神様は悠然と微笑むと、流れるように自然に俺の手を握り締めた。一連の動作に歓喜がこみ上げる。 
 
 150年ぶりに共に竜化して、空に舞い上がった。竜神様は、俺の額にコツンと自らの額を押し当てた。 
 
「ベンダル……マナツに本当の事を言わないでくれてありがとう」 
 秘密を囁くようにそっと告げられた言葉。 

「レインにも礼を言われたが、兵を率いる者としては失格だ。俺は……自分の我欲を優先した。ソナタをを悲しませたくなかっただけだ」 

「ふふ……わたくしは、貴方に惚れなおしましたわ」
 余程嬉しいのか、竜神様はその光輝く美しいしっぽを俺の尾に絡めた。 
 竜化した際の最上級の愛情表現に、俺の選択は間違っていなかったと改めて実感した。 

 


  
 西の領地を覆うようにソイツはいた。 
 羽虫のように舞う、無数の暗黒兵を従えて。禍々しい黒い鱗、血に濡れた洞窟のような赤い双眼。竜神様の敵、アーガストを蝕む邪竜。 

  
 既に、戦闘に突入していたブランドが息を切らしながら、竜神様を仰ぎ見た。俺たちは竜化を解くと、ブランドの側に降り立った。 

「ベンダル殿!遅いです。はっ………その美しい神々しいお姿は、竜神様ですか?」 

 竜神様の清浄な神気に当てられ、それだけで近くにいた暗黒兵が浄化されて消えた。 
  
 ギギっと声をあげ、残りの暗黒兵は竜神様から距離を取る。  

「ブランド、遅れてすみませんでした。お怪我はありませんか?」 
 ふわりと微笑むと、心配そうにブランドの頬を撫でた。奴の眉尻がだらしなく下がり、頬が朱色に染まる。瞬きする一瞬で羞花閉月の竜神様に魅力されたのだ。 

「この程度の怪我、大したことありません。竜神様が成体になられて喜ばしいかぎりです」

「うふふ、一時的ですのよ。 
 ブランド右目、アンローザの宝石、マナツとアヤノの聖なる力をお借りして、なんとか成体になれましたわ」 

「甘い、甘いな竜神よ! 
 150年経とうともお前の甘さは変わらん。聖女マナツを喰らえば楽に完全体に慣れたものを」 
 くつくつと巨体を揺らし暗黒竜が嘲り笑う。 

「彼女は孤独だったわたくしに差した一筋の光明。 
 干からびた体を抱き締める腕も、心の籠ったお食事も、手作りの衣服も、涙が出るほど温かく慈愛に満ちていました。 
 わたくし……力を失くし弱き者になって初めてわかりましたの。馬鹿にされ蔑ろにされる悲しみを焦燥感を。 
 でも、それに勝る優しくされたときの、深い感謝と喜びを、わたくしは知ることが出来ましたの。 
 恩人のマナツを喰らうなんて有り得ません!わたくしは、貴女とは違います」 
 朗々と歌うように竜神様は語った。 

「下らん、戯れ言を宣うな。 
 継ぎはぎだらけの力を寄せ集め、成体になれたとしても、所詮、俺にはかなわない!」 
 ドロリと暗黒竜の輪郭が崩れた。竜の形を成していたものが、黒い粘液の塊と化した。 
 山のように巨大な闇そのものが波打ち震えた。 

「お前も俺様の糧になれ!」 

 何十本もの黒い触手を生やすと、竜神様を絡めとろうと醜い手を伸ばした。 

「竜神様に指一本触れさせん!!」  
 俺は大剣を奮い、次々に竜神様目指す触手を凪ぎ払う。千々に切られた触手が森に落ち、じゅっと葉が幹が腐り黒く染まり枯れていく。 

「ちっ!生き物を蝕むのか!」 
 
「ベンダル殿、森が苦しんでいます。このままでは大地が全て腐り枯れ果てます!アーガストが人の住めない不毛の地になってしまう!」  
 緑竜のブランドが森の嘆きを受け、叫んだ。
 

「不毛の地になどさせませんわ! 
神官兵に暗黒兵のお相手をお願いしますわ。怪我人は速やかに神殿に引きなさい。 
 暗黒竜、貴方はわたくしが倒します。二度とアーガストを穢させませんわ! 
 ベンダル、ブランド貴方たちの力をわたくしにお貸し下さい! 
 暗黒竜を一撃で消滅させる、巨大な浄化の光を放ちます!時間を稼いで下さい!」
 竜神様は祈るように、両手を合わせた。
 
 
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