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自己犠牲
しおりを挟む剣をおさめたベンダルさんと、みんなで協力し、苦しみもがく兵士に完成した治療薬を飲ませた。
完治し泣いて喜ぶ兵士たちに得意気な綾乃さん。セナさんも誇らしそうに綾乃さんを見つめる。
「これで、同胞を殺さなくてすんだ……感謝する」
ベンダルさんは綾乃さんに深々と頭を下げお礼を言った。
「本当!私に感謝してよね」
「アヤノ、調子にのりすぎだ」
ふんぞり返る綾乃さんをセナさんが諌める。
フンッと首を降った綾乃さんはふらふらして倒れそうになり、セナさんが支えた。
「……なに?これ?貧血みたいにくらくらするわ」
「アヤノ大丈夫か?」
心配そうにセナさんが綾乃さんの顔を覗き込んだ。
「これは……アヤノ様、聖なる力の使いすぎですね。ーん、困りましたね……。
ふふっ、セナ。病み上がりの貴方に頼むのは申し訳ないのですが、竜神様から竜珠を受け取ってアヤノ様に魔力譲渡をして差し上げてください」
にこりと、レインさんが微笑んだ。
「はあ?魔力譲渡って!まさか……」
「はい、口づけで大丈夫だと思いますよ」
「セナと!!く、口づけなんて冗談じゃないわ!!」
「アヤノ今更だな。セナに薬を飲ませる時に口づけしてただろうに」
グレンさんに痛いところを突かれた綾乃さんは、
「あれは治療だから」と、モゴモゴ言いセナさんから逃げようともがいた。
「………お任せください」
セナさんはバタバタと陸にあげられた魚のように暴れる綾乃さんを小脇に抱え、竜珠を受け取けとると、病み上がりとは思えない素早さで隣の部屋に消えて行った。
ーーー数分後、広間に戻ってきた綾乃さんは真っ赤な顔で荒い呼吸を整えていた。その肩を抱くセナさんは妙にスッキリした顔をしていた……。
広間の人達の回復を待ってると、神殿が大きく揺れた。
「神殿にいる黒花病の患者を暗黒兵に出来なかったからな、自ら動き始めたか」
ベンダルさんは兵士を集め、ブランドさんと出兵の準備を整える。
「ブレ、ベン、いくの?」
竜神様は、ベンダルさんとブランドさんの元に駆け寄る。竜神様は幼体で戦えない、一緒に暗黒竜討伐に行けなくて心苦しいのだろう。
「ああ、良い子でな。マナツ殿の言うことを良く聞くようにな。これは……150年前のアンローザからだ」
そう言うと、竜神様の手に白い宝石を乗せた。
「ベンダル様!アンローザ様からって、危険じゃないのか!」
「グレン……俺は、アンローザから自分に何かあったら竜神様に渡してくれと頼まれていたのだ」
静かに悟ったようにベンダルさんは言った。
「どういうことだ?」
「………アンローザ様は、自らの意思ではなく、暗黒竜に操られて復活に手を貸していたと言うことですか?」
レインさんが額に手を置いた。
「アンローザの、全てが嘘だったとは、私には到底思えません。母を亡くした私に領地の仕事を教えてくれた」ブランドさんは悲しそうに俯いた。
「……本当のことは俺にもわからんさ……奴は死んだ。竜神様に力を託して、ただそれだけだ。
行くぞ!俺たちにはやるべきことがある!竜神様を護り、敵を殲滅することだ!暗黒竜を倒しアーガストに真の平和を!!」
ベンダル様の力強い鼓舞に、召集された兵がどっと湧いた。
赤面から復活した綾乃さんは、ノコアちゃんたちと兵士にポーションを手渡し見送る。
ブランドさんは、竜神様からほっぺにチューを貰い、喜び勇んで出陣した。
ベンダル様も、ほっぺにチューを貰うと「マナツ殿、我が番を守ってくれ」と、私に頭を下げた。
ベンダル様は一度、竜神様を見つめ私に視線を寄越すと、何か言いたげに口を開きかけた。
「ベン!いっちゃめ!!」
泣きそうな竜神様の声に、ベンダルさんはその口を閉じた。
「そうだな、すまん。番を悲しませたくないが……俺にはお前を……アーガストを護る義務がある」
ベンダルさんは私に真っ直ぐ向かい合った。彼の伝えたいことが私には良くわかる。
「ベンダルさん、覚悟は出来ているわ」
「だめ!マナァ!!いっちゃめ!」
ポロポロと涙を流し、竜神様が泣いた。彼女にも本当はわかっているのだ。
150年前、成体の竜神様でも辛勝だった。
幼体の竜神様は戦えない今、ベンダルさんとブランドさんだけでは復活した暗黒竜に勝てないことを。
だったら、方法は一つしかない……小春さんと同じことをする。この身を竜神様に捧げるのだ。
私の、血と肉でアーガストが救われる。大好きな竜神様が、グレンさんがレインさんが生きられるなら。
「竜神様、私をた、え?くっ!うっぷ!!」
私を食べてーー。
そう言おうとした口を塞いだのは、震える大きな二本の手と、小さな紅葉のような手。
「おい!いくらマナツに頼まれても出来ないことがあるぞ!!」
「マナツ様でも、その先の言葉は口にしないでください!」
「ぜっちゃい!!めーーー!!!」
グレンさんがレインさんが竜神様までもが、言わせないと口を塞いでいた。
勢い余って?鼻まで塞がれて呼吸困難でもがく私を助けてくれたのは、ベンダルさんだった。
「落ち着け!レイン、グレン、竜神様!」
口を塞ぐ三人を引き離してくれた。
「落ち着けるか!マナツを犠牲にさせられない」
「ベン、キライ~」
竜神様にあっかんべーされ、ベンダルさんは唸り胸を抑えた。
「くっ!!違う……竜神様が聖女の血肉を食べたら外道の暗黒竜と同じ、邪竜に堕ちるだけだ」
「血肉で駄目なら、聖なる力ですか?」
「そうだ、マナツ殿には聖なる力を生命維持ギリギリまで、竜神様に注いでほしいのだ。それに竜珠の力とアンローザの白い宝石、ブランドの右目の力を使い、竜神様を一時的に成体に成長にさせる……今より格段に勝算は上がるだろう」
「生命維持ギリギリで、100%の勝算と言えないのか?……マナツに負担が多すぎる」
「うむ……負担が少ないとは言えん。そのまま目覚めない可能性すらある」
「マナツ様は、上質な聖なる力の持ち主ですが絶対量は多くない……危険過ぎます」
「グレンさん、レインさん……ありがとう心配してくれて……でも、私やるわ!血肉よりは痛くなさそうだもの」
私がもし目覚めなくても、きっと二人も竜神様もわかってくれる。私一人の犠牲でアーガストが救われるなら安いものだわ。
「うわー、呆れた!大した自己犠牲精神だわ!私にはとうてい無理。真夏さんって死にたいの?」
イライラと綾乃さんが駆け寄ってきた。
「おい!アヤノ!マナツは俺達の為に……」
「ふーん?グレンさんは真夏さんが目覚めなくてもいいんだ?」
「いいわけあるか!」
「じゃあ、少し黙ってて!
真夏さんが目覚めなかったら誰が、グレンさんのレインさんの竜神様のめんどうをみるの?こーんな手のかかる人達のお世話なんて、私は御免だわ」
「そ、それは……えーと」
ポリポリと頬を掻く。
「アヤノ様、心外ですね。グレンはともかくも、私は立派な大人の男性です」
「おい!レイン!」
「レインさんみたいのが、一番たちが悪いのよ」
レインさんの言い分をピシャリと綾乃さんは切り捨てた。
「真夏さんは自己犠牲して、気分良いかもしれないけど、裏で泣く人達を忘れないで。
大切な人達の為に使えるモノは使って貪欲に生きることを求めなさいよ!」
「……綾乃さん…?」
すっと私に差し出された手に目を丸くした。
「貪欲に私の……聖なる力も使って!真夏さんの負担少しは減るでしょ? 生きて、絶対にムカつく暗黒竜がギャフンと言うところを見るのよ!」
暗黒竜がギャフンとは言わないと思うけど、綾乃さんのその言い方が彼女らしくて、ついつい笑ってしまう。
「ありがとう綾乃さん」
綾乃さんの手に自分の手を重ねた。
生きることを求めていいなら、私はここに居たい。
涙で霞む視界に、グレンさん、レインさん、竜神様の笑顔が見えた。
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