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完成した治療薬
しおりを挟む魔女みたいな鍋に綾乃さんが準備した薬草を加えて一緒に混ぜた。
聖なる力と思いを沢山込めて。
出来上がった治療薬は金色に輝き、綾乃さんの明るい表情から、成功したのがわかった。
夕食作りと治療薬作りで聖なる力を使い果たした私は、既にヘロヘロ。
後でグレンさんかレインさんに魔力譲渡をお願いしないだけと………自分から言うのは口づけをねだるようで恥ずかしい。
広場にひた走る綾乃さんからは疲労を感じない。綾乃さんだって、料理に治療薬と聖なる力をたくさん使ったのに……悲しいかな……若さの違いだろうか?
綾乃さんに遅れて広場に着いた。抱き締めていた竜神様を床に下ろし、肩で息をする私をグレンさんが支えてくれた。
「ベン!グレ!」
広場には解放軍追撃から帰還したベンダルさんとブランドさんがいた。
嬉しそうに竜神様が駆け寄る。ベンダルさんは破顔し、逞しい腕で竜神様を抱っこした。その様子を羨ましそうに見たブランドさんが、竜神様の頬っぺに触れようと手を伸ばしベンダルさんに、払われた。睨む合う二人に怪我は見られないようで、一安心する。
聖なる力を使い疲労困憊の私を見かねた、グレンさんに別室に連れて行かれた。カサカサする唇を押し付けられた。噛みつくような口づけをされて、舌を絡められ唾液を流し込まれる。
「んっ」
魔力譲渡の熱が快楽を呼び起こそうと体に浸透する。グレンさんの両手は、私の胸に添えられて。
「く、残念だが……戻らないとだな」
グレンさんは名残惜しそうにちゅっとリップ音をたてて唇を離した。
「あの、グレンさん……手も…その、離してほしいんだけど」
グレンさんの大きな手は私の胸をわしつかんだままだった。
「すまない!つい……」
ぱっと、胸から手を離すと申し訳なさそうに、私の腕を引いた。
広間に戻ると綾乃さんとベンダルさんの言い争う声が聞こえた。驚いたことにセナさんを含む西出身の兵士たちが後ろ手に拘束され、毛布の上にころがされていた。
竜神様はブランドさんと手を繋いでいたけど、私を見ると手を離し抱っことせがむので抱き上げた。
「ベンダル様!レイン何があったんだ?」
「どうしたの?綾乃さん!」
「どうしたも、こうしたもないわ!ベンダル様いきなり帰って来て、広場で養生するセナたち西の人たちを渋い顔して見てると思ったら、レインさんに拘束して隔離しろって命令したのよ!!痛みがおちついてきたのに!動かすなんて人でなしよ!」
食ってかかろうとする綾乃さんを手で抑えて、ベンダルさんの前に立った。
「ベンダルさん……理由を説明してください」
意味もなく虐げる人じゃないことは知っている。
「……黒花病の患者が死ぬと暗黒竜の手下の兵士になるからだ」
苦虫を噛み潰したような顔でベンダルさんは言った。
「え??」
「はああ?なに言ってるの??」
「信じられないと思いますが、私とベンダルは見たんです。死んだ解放軍の黒花病患者の体に黒い蔦模様が巻き付つき、木乃伊のような暗黒兵士に変化するのを………今まで、何処から暗黒竜の残党兵が来るのかわかりませんでした。
北の領地を脅かしていた残党兵は西の領地で死んだ黒花病の患者だったようです」ブランドさんが補足して説明してくれた。
「暗黒……兵士が……黒花病の患者……嘘だろう?」
グレンさんは信じられないと首を降る。
「ブランド様は、死体と言いました。
今、セナたちは生きています。彼らを拘束する意図を教えて下さい……私たちはいくらベンダル様の命令でも、不当に仲間を虐げたくはないです」
レインさんも命令に従うのが不服そう。笑みはそのままにベンダルさまに詰め寄った。
「セナ………今、黒花病は疼いているか?」
ベンダルさんは、レインさんの質問には答えずセナさんに問うた。
「……アヤノの治療薬である程度の進行は抑えられていますが……ずくずく疼きます。それに、頭から声が聞こえます」
拘束された体を丸め怯えた様子のセナさん。
「セナ!声ってなんのよ!!」
不安に駈られ綾乃さんが叫んだ。
「こ、声が聞こえるんだ……殺せ……憎め……食らえと……竜神様を……仲間を……くっ!!があっ!!」
悲鳴をあげて、セナさんがのたうち回った。
治まったはずの蔦模様が体を見る間に黒く染める。
「レイン……これが、俺がお前に仲間を拘束させた理由だ!!
レインとグレンの結界は強力だ。正面突破は時間が掛かる。
奴は神殿の中から竜神様を害し結界を破壊する目的で、セナたちを利用するつもりだ。
復活した邪悪な力で黒花病を活性化させて、宿主を殺し無理やり死体を作ろうとしているんだ!自分の手足となる暗黒兵をな!!」
「そんな……酷い」
「な、なにそれ……」
私と、綾乃さんは呆然と立ち尽くした。
セナさんの悲鳴に呼応するように、症状が治まっていたはずの兵士が、一人、また一人とのたうち悲鳴をあげる。
「仲間として…人であるうちに、逝かせてやろう」
ベンダルさんがすらりと剣を抜いた。
「くっ!!……ベンダル……私も、手伝います!」
苦々しいモノを呑み込んだブランドさんは、顔を歪ませながらもベンダルさんの横に立つ。
「待って!ベンダルさん!!」
「だめだぉ」
「マナツ様、竜神様下がってください」
レインさんが私と竜神様を庇い後ろに下がらせた。
「おい!アヤノ!お前も下がれ」
綾乃さんはグレンさんが掴んだ肩の手を豪快に振り払うと、ベンダルさんとブランドさんの前に立ち塞がった。
「待って!!真夏さんと協力してたった今、治療薬が完成したの!!」
「ほ、本当ですか!」
ブランドさんは剣を収めて引いてくれた。彼だって同胞をその手にかけたくないのだ。
「……治療薬か?
今更だな……残念だがここまで黒花病が進行し、半暗黒兵化した患者に効果が在るとは思えん……ただ闇雲に苦しみを長引かせるだけかもしれんぞ」
「……苦しみを…」
苦しむセナさんを振り返り、綾乃さんの顔が歪む。
「確かに誰も治験もしていないし、本当に効果が在るのかはわからない……でも、助かる可能性もあるわ」堪らず助け船を出した。
「たすかう~」
竜神様が可愛く言っても、ベンダルさんは眉間の皺を深めるだけ。
「戦場ではな……中途半端な希望ほど残酷なモノはないんだ」
戦いに身を置き苦しんできた経験者の目は酷く濁っていて、一筋の甘さを許さないかのよう。
「あー!!もう!!私は、戦場なんて知らないわ!うだうだ言ってないで、試させなさいよ!!やるだけやって、ダメなら諦めるわ!!」
綾乃さんは大声で啖呵をきると、怒鳴られて驚くベンダルさんを無視した。
「お、おい!」
「ベンダル様、アヤノ様は変わりました。信じてあげてください」
ベンダルさんはレインさんに諌められ、剣を抜いたまま、後ろに下がった。
綾乃さんはグレンさんを呼び、暴れるセナさんを抑えつけさせた。私も、足を抑えた。
「セナ!口を開けて飲みなさいよ!」
苦しくて歯を食い縛り中々、口を開けてくれない。業を煮やした綾乃さんは、最終手段に出た。
「綾乃さん!?」
「んっ」
自ら薬を煽ると、セナさんの引き結んだ唇に唇を合わせた。苦しいながらも、意図に気付いたセナさんが僅かに開けた隙間から薬を流し入れた。
こくり、こくりと、セナさんの喉が上下する。
金色の治療薬がセナさんの体に浸透する。
それは、初めは僅かな変化だった。
ぽっとセナさんのお腹が淡く発光した。蛍のように点滅しては繰り返す、小さな弱々しい光。
光は点滅を繰り返しながら、徐々に大きく力強く光の帯となり体を駆け巡る。
「おおっ!」
「これは……凄い」
「聖なる力が……満ち満ちている」
「綺麗……」
全身を内側から照らす神々しい光の渦は、禍々しい黒い蔦模様を根こそぎ浄化した。
長きに渡り体に巣食い、彼を蝕んでいた黒花病が完治した瞬間だった。
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