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現れた悪意① sideベンダル
しおりを挟む「ベンダル様、埋葬する遺体はあと二つです」
「ああ、ご苦労」
解放軍の兵士の死体を戦地に駆けつけた神官兵と丁寧に埋める。
援軍の彼らか、戦地に駆けつけた時には、戦いはすでに終結していた。
始まりの竜の俺とブランドがただの一般兵に遅れをとるはずがない。
解放軍の大半はブランドを慕って救援の為に挙兵した一般人だった。
彼らはブランドの無事に歓喜し、ブランドが竜神様を番として生涯を掛けて従属すると宣言すると、戦意をなくし次々に投降していった。
残りの血気盛んな兵士は、ブランドを裏切り者と謗り奴を目掛け剣を振りかざした。辺りは騒然とし、戦いとなった。
ほとんどの兵士は始まりの竜の俺とブランドが力の片鱗を見せただけで、震え上がり降参した。
しかし、残った少数の解放軍には、彼らなりの信念、情熱があり一歩も引かなかった。
俺とブランドは彼らを切り捨てた。
竜神様に仇なす敵に情けは見せない。本気で立ち向かう、それが俺なりの彼らに対する礼儀だ。
死んだ兵士は20人に充たなかった。その数を多いとするか少ないと取るか俺は知らない。
何人だろうと、俺が同族殺しなのは変わらん。竜神様の為に、彼女に仇なす敵を排除する。それが番の、俺の役割なのだから。
ブランドの顔色か冴えない、初めて同族をその手にかけたのだ無理もない。体を震わせるブランドに声を掛けた。
「……辛いかブランド?
お前も竜神様の番に成ったのだ。例え同族でも守護の為、竜神様の敵は排除しなければならない。覚悟がないなら番など辞めるんだな」
「大丈夫です。私は辞めません」
「そうか……最後の一人はお前が埋めろ」
ふらつきながら、ブランドが死んだ兵士の体を持ち上げた。
兵士の無惨に壊れた鎧の隙間から、黒い蔦模様が大きく見えた。
「に、西の出身地ですか。黒花病に犯されて激痛に苛まれながらも、見事な剣裁きでした」
死者を称え、丁寧に穴の底に横たえた。
その時だったーー。
死者の体中の関節が、ベキベキと音を上げあり得ない方向に曲がった。
骨の砕ける音とともに、皮膚の黒い蔦模様が全身に広がり内側から体を締め上げていく。
「な!何が起きているのです!」
ブランドが死者から距離を取り、身構えた。
黒い蔦が全身に巻きついた。そして、黒い繭のような形状になっていく。
黒く禍々しく蠢く大きな繭玉。まるで竜神様の羽化のような。
「これはなんだ!」
剣を構え戦いに備えた。嫌な予感に額から冷や汗が流れる。
その場は高い緊張感と、異様な雰囲気に包まれた。
やがて、ピキピキと繭にヒビが入り、中から粘液を纏った黒い塊がずるりと這い出てきた。
「ひぃぃ!」
兵士が悲鳴をあげ、腰を抜かし後退さる。
それは、遠目ではヒトに似ていた。
二対の黒い小さな蝙蝠状の羽。
先の尖った耳に、耳まで裂けた大きな口。鮫のように口内をみっちり占拠する無数の牙。ミイラのように、細く浮き出たあばら骨。窪んだ眼窩に光る赤いガラスのような瞳。鼻に鼻梁はなく、あるのは二つの小さな黒い穴。
肉のない小枝のような手足。足先も手先も大きな二本の鉤爪があり、全身を細かい黒い鱗に覆われた、黒い竜だった。
人の形に近いが決して人でないモノ。
禍々しく、邪悪な殺戮を好み、人の生き血を啜る怪物、黒竜兵。
150年前暗黒竜の眷族として付き従い人々を恐怖のどん底に陥れた。
そして、いまだ亡霊のように北の領地に現れ人々を殺し、土地を呪う厄災。暗黒竜の残党がそこにいた。
「なんということだ……。
殺しても、殺しても、涌き出る黒竜兵は黒花病を罹患した死者だったのか」
死者を愚弄しなぶる行為に憤怒した。
その、半分は自分に対する怒りだった。
何処から残党兵士が現れ、西の領地に来るのか、その正体を考えもしなかった。
うちから沸き上がる紫色の炎を剣に纏わせ、俺は黒竜兵と対峙した。
「すまなかったな……今度こそ、安らかに眠れ」
ぎぎきと声をあげ、飛躍した黒竜兵の鉤爪の一撃をかわす。悲鳴を挙げる哀れな体に浄化の一太刀を浴びせた。
紫色の光を発し兵士は塵一つ残さず、空気に溶けていった。
今度こそ彼は解放されたのだ、黒花病から暗黒竜から……そして、あらゆる苦しみから。
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