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現われた悪意② sideベンダル
しおりを挟む天に還る黒竜兵の残像を目で、追いながら、ブランドが尋ねた。
「ベンダル、いったい何が起きているのですか?」
「残党兵士の正体がわかった……黒花病の死者だ」
「ほ、本当ですか?……黒花病は西の風土病です。アンローザはこの事を知っているのでしょうか?」
「……自領地のことだ、知らんわけないだろう。知っていて俺たちに黙っていたんだ」
「……そんな大事なことを何故ですか?」
「……解らんが、竜神様が心配だ!急ぎ神殿に戻るぞ」
俺たちは、腰を抜かした兵士に後始末を頼み、竜化し神殿に急いだ。降参した解放軍は西の副領地長ケントに一時保護を依頼した。
今にも雨が振り出しそうな、曇天の落ちそうな空の中を飛んで行く。
稲光がなり、突風が吹き荒れる。逆風の中を縫うように飛んで行く。
「ベンダル!あれを見て下さい!!」
大風の中、ブランドが大声で叫んだ。震えながら、指し示す方向は西だった。
西の領地を覆うように、そいつはいた。
黒を煮詰めたような禍々しい色の鱗。
大きな三対の壁のような羽。螺旋状の二本の角に、真っ赤な複眼。口は亀裂のように大きく歪んで、槍のような牙を生やしていた。
逞しい腕には、鋭い鉤爪が鈍く光る。長い二対の尾は、蛇そのものだった。
山のような体躯を棚引かせた巨竜。
「やはり死んでいなかったんだな……150年ぶりだ暗黒竜」
「あれが……暗黒竜なのですか?」
「そうだ!
暗黒竜はな、俺たちと同じ始まりの竜の一人だった。
奴は竜神様と同じように強く、美しかった。
だがな、邪悪な思想を持った……始まりの竜以外の竜族は弱者で劣り、生きる価値などない。奴隷として酷使すると。
利用価値のない老人、病人は今すぐ粛清するなどと、ふざけたことを言いやがった。
……到底受け入れられん、拒否した竜神様から離叛し、アーガストに侵略してきやがった」
「暗黒竜は、竜神様が倒し最後に呪いを撒き散らし、霧散したと母より聞きました」
「そうだ奴は死んだ!この手で殺した」
俺は自分の手のひらを見つめた。
「では、なぜあそこにいるのですか!!」
ブランドはわなわな震えながら、巨大な竜を指差した。
「復活させたんだ……西の領地の……誰かがな」
「誰か……先ほどの、暗黒兵士。……まさか……アンローザが!」
驚愕に大きく見開かれたベンダルの瞳に映る、黒い竜は小さく見えた。
ブランドの問いに答えず、俺は巨大な暗黒竜を睨み付けた。
アンローザ……150年前、共に暗黒竜を倒したお前が全てやったことなのか?
信じたくはなかった。
ぐっと握り締めた拳に僅かな違和感を感じた。開いた手のひらに轟々と風が集まり凝縮する。
コロリと手のひらに美しい白い宝石が産まれた。
これは、暗黒竜を倒した後日、アンローザに無理矢理押し付けられた風竜の力の一部。
あの日、アンローザは、寂しく笑いながら言っていたな。
『アタシ、黒竜ちゃんの気持ち少しわかるのよ。アタシ綺麗な物は好きだけど、醜いものは嫌いよ。 許せないもの、排除できたらって思うことがあるわ。黒竜ちゃんは強さが全てで弱いことが許せない、理解出来ないのよ……。理解出来ないから粛清したいの、恐いから。
多分、私の中にも誰の中にも存在する醜い感情だわ』
『怖いなどと、下らん理由で攻められる竜神様の御身になってみろ』
『まあ、確かにね……。
ベンダル……アタシ怖いのよ。本当に黒竜ちゃんは死んだのかしら?』
『死んださ、俺たちが殺した』
『そうよね……。
ねえ、コレ渡しておくわね。もしも、もしもね……アタシに何かあったら使って欲しいわ』
コロリと手のひらに転がされたのは白い宝石だった。
『普段は風に溶けてて、アタシの身に何かあったら出現するわ。竜神ちゃんの役にたててね』
投げキスをすると無理矢理俺に託して帰って行った。
その、50年後。
西の領地に黒花病が蔓延し、アンローザも発病したと知らされた。
あのときから既に、暗黒竜の為に暗躍していたのか?
竜神様にと力を託してくれた、お前に一体何が起こったのだ。
問いに答えることのない宝石を強く握り締めた。
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