【番外編完結】聖女のお仕事は竜神様のお手当てです。

豆丸

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二人目

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 泣き崩れたノコアちゃんの肩を擦り、ハンカチを差し出した。 
 
「ノコアちゃん落ち着いて」 
「ちっ、監視を逆手に取ってきたのか」 
「解放軍ですか……こちらも兵を召集しましょう」 
  
 グラグラっと地震のように、地面が揺れた。竜神様が不安そうに私の足にしがみつく。そっと竜神様を胸に抱き上げて、大丈夫と背中を擦る。
 
「今、ベンダル様とブランド様が言い争いをしています!このままじゃ、神殿が壊れてしまいます!止めて下さい!私たちにはお手上げです」 
  
 
 三人で、軟禁場所のブランドさんの客間に急いだ。廊下の壁の所々にヒビが入り、花瓶や彫刻が倒れていた。部屋の中から二人の怒鳴り声が聞こえて、空気がぴりりと張りつめる。

「ベンダル様、落ち着つけよ!」 
 
「グレンか? 
 落ち着くなど無理難題だ。こいつは済ました顔をして竜神様を裏切っていたんだぞ!!」    
 視線だけで、人を殺せそうなベンダル様に、負けじとブランドさんが叫んだ。 
 
「誤解だと言っています!この脳筋竜、話を聞きなさい!」ブランドさんはすでに殴られ、口の端が切れて血が滲んでいた。 

「なんだと!!」 
 
「聞く耳もないのですか?」 
  
  
「ベン、ブラ、らめ、だおう」 
 にらむ合う二人を止めたのは竜神様の可愛らしい声だった。  
 目に涙を溜めて、蜂蜜色の瞳が悲しそうに揺れた。幼い竜神様に喧嘩を仲裁され、冷静になった二人は物理的に距離を取った。  


「ブランド様、誤解と言うならお話を願えますが?」 
 レインさんは穏やかな口調で話を促す。 

「ああ、竜神様に命を助けられたことのある私の母は、毎日のように、私に語ってくれた。 
 竜神様の偉大さと素晴らしさ……そして、美しさを。 
 私もたとえ芋虫でも恩義ある竜神様に生涯尽くす覚悟があった」 

「ふんっ!今はないと言いたいのか?」 

「違う!!私にはあっても、領民にはなかった。無くならない魔物の被害、暗黒竜の残党。そして、東の黒花病の脅威。竜神様の恩義を知らない若い人々の不満が日に日に集まって私のもとに届いた。領主としてそんな、人々の声に真摯に耳を傾けているうちに……」 

「竜神様を除外したい組織……今は、解放軍と言うのか……それに祭り上げられたと言うわけか」 
 グレンさんが渋い顔で話を引き継いだ。 

「そうだ……私が、軽率だった。こんなに大きな組織になるとは思わなかった」 

「言い訳にしか聞こえんな!」 
 ベンダルさんが吐き捨てた。 

「ベンダル様、落ち着いて下さい。西の領民の不満だけで軍隊に成長するほど人が集まるとは到底思えません。違う領地からも流れて集まってきたのでしょう」 

「どちらにしても、竜神様に仇すなら俺の敵だ!!」 
 ベンダルさんはくるりと踵を返すと、部屋から出ていこうとする。 

「待ってくれ!!ベンダル!私も行く。自分の認識の甘さが招いた結果だ。私が竜神様に付くと明確に示せば解放軍から離反する領民もいるはずだ!頼む、説得させてくれ」 

「お前が、手のひらを返し。解放軍の指揮官に立つ可能性がある以上、連れては行けん」 

「ベンダル!!信じてくれ!」 
 悲痛にブランドさんは叫んだ。 
 これが演技だったら、主演男優も真っ青だわ。それでも、ベンダルさんは、揺らがない。  

「……信じられるか」 
 疑心暗鬼のベンダルさんは、剣の切先をブランドさんに向けた。 
 
「くっ」
  
 薄氷を踏むような、緊張感に縫い止められたように動けない。 

「……わたち、信じるよう」  
 
「え?竜神様!」  
  
 私の後ろに隠れていたはずの竜神様がトコトコとブランド様の隣にいくと、その新緑色の髪の毛を撫でた。 

「ブラ、いいこだぉ」 
 ニコニコしながら、ブランドさんの頭をポンポン叩く。 
 
「ーーーーっ!竜神様、ありがとうございます!不詳ブランド、生涯をかけて竜神様を慈しみ、愛し、護ることを誓います」 
 ブランドさんは、恭しく竜神様の前に膝まずくと、その紅葉のような手に口づけをした。 

「誓いの証に、コレをお納め下さいーーぐ、くっ、がっは!」  
 ブランドさんは、瞬時に伸びた爪で自らの右目をくりぬいた。ボタボタと血液が溢れて床を右手を汚す。 
 
「きゃあ!」 
 悲鳴をあげた私をグレンさんが抱き寄せた。 

 ブランドさんが手のひらを開くと、真っ赤な血だまりの中に、美しいエメラルドの宝石が乗っていた。 

「…りゅ、竜神様!ど、どうか…」
 
「……あーがとう」 
  
 竜神様は、血にまみれた宝石を受けとると、それを胸に押し当てた。キラキラ光りながら宝石は竜神様の胸にスーと吸い込まれていく。 


 グレンさんとレインさんもいつしか頭を垂らして。ベンダルさんは、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

 
なに?何が起こったの? 
全くわからないのは私だけ。 

「今、ブランド様が竜神様に番なりたいと申し出て、竜神様がそれを受け入れたところですよ」 
 こそこそとレインさんが耳打ちして教えてくれた。 
  
 竜神様ーー!!こんなに幼いのに、二人目の番ですか?もしかして、竜族には、当たり前のことなの?  
 私との、認識の違いに頭がくらくらしてきた。 
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