【番外編完結】聖女のお仕事は竜神様のお手当てです。

豆丸

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目覚めの時

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「マナァ、おきてよー」 
  
 舌足らずの鈴の音のような幼い声と、お腹をポカポカ叩く軽い振動に、重い瞼を開いた。  

 目の前に、蜂蜜を溢したような綺麗な瞳、長いクルンとした睫毛。タンポポの綿毛のようなフワフワの金色の長髪。まん丸ほっぺに、丸い顔。小さい形の良い鼻。サクランボのような唇を尖らせた。なんとも可愛い幼女が私を見つめていた。 

 年の頃は2、3歳位かしら? 短いお手々で私の服を掴み懸命に揺すっている。
  
 な、なんて、可愛いの!将来絶対、美少女になるわ! 

 手を伸ばして頭に触れたいのに、体が重怠くて指先すら動かせない。股関節周辺と大事な場所がヒリヒリ痛くて身動きが取れない。 
 今まで生きてきて、抱き潰されたのは初めてだわ。  

「良かった!マナツ目覚めたのか?」 
 グレンさんが顔に懸かる髪の毛を退かしてくれた。 
 
「お体は大丈夫ですか?竜神様ご心配なのはわかりますが……マナツ様は、お疲れですから」  
 レインさんが、私を揺すり続ける幼女を諌めた。執拗に抱き潰したのは、レインさんですけど。 
 子供の前で言う話じゃないので、私は無言でレインさんを睨んだ。
  
 ん?………今、レインさん、この子を竜神様と言ったような気がする………ええ?嘘??
 
「も、もしかして、あなた……竜神様なの?」 

「ちょーだよ」 
 コクンコクンと大きな頭を動かし頷いた。幼い子供がする大袈裟な動作がなんとも愛らしい。
 
「マナツ様の、命をとした聖なる力の影響で竜神様は人型に成長することが出来ました!喜ばしいことです」  
 
 死ぬ間際に、聞いた幼い声。私を呼んでくれたのは竜神様だったのかもしれない。 
 
「本当に……良かった。でも知らなかったわ竜神様は、女の子だったのね。とっても可愛いわ」 

「すいませんマナツ様。騙したわけではないのですが、竜神様の性別を聞かれませんでしたので」 
 しれっと謝るレインさん。絶対故意に黙っていたわ。竜神様を男性だと思わせた方が、気にいられる為にも、聖女の私達がお手当てを熱心にすると考えたのだろう。 
 でも、知っていたら小春さんは竜神様に媚薬を盛るなんてしなかったろうに。 
 
 私は、男の子でも女の子でも竜神様が元気に育てくれたらそれでいいわ。
  
「ごめんね竜神様、抱きしめたいのに体が言うことを効かないのよ」 
 ぎゅうぎゅう抱き締めて、スリスリ頬擦りしたいのに動かない体がもどかしい。  

「……グレ、レイが……マナァ、いじめたぉ?」 

「い、いじめ?………そう……なるのかな?」 
 苦しくなるほど何度達しても、許してと懇願しても離してくれなかった。その行為を虐めと言うなら、確かに、二人に散々虐められたわ。 
  
 クリンと首だけ、動かし竜神様は、グレンさんとレインさんを見据えた。蜂蜜色の瞳の色がドロリと黒に染まる。 
 
「めっ!!」 
  
 ドオンっと鈍い音がして、グレンさんとレインさんが床に突っ伏した。 
 そこだけ重力が掛かったかのように、見えないナニかに押し潰される。 

「ぐ、ぐ、ぐ、竜神様!!ご、誤解だ!」  
 潰れたカエルみたいにグレンさんが呻いた。

「かっ、ぐっ。マ、マナツ様!ご、誤解を、解いて下さい!し、死んでしまいます!」 
 切羽詰まったレインさんの声に、あっ気にとられていた私は、慌てて竜神様を止める。 

「竜神様!誤解よ!いじめられてないわ!二人は私の婚約者だし、良くして貰っているわ!」 
  
「らいじょうぶ?」  

「大丈夫よ!!」 
 にっこり微笑むと、やっと安心したのか竜神様は二人を解放してくれた。  
 
 重力から解放された二人はまだ、カエルみたいに床に伸びていた。

 
  
「大丈夫ですか?神官長!!」 
「はあ?あんたたち潰れたカエルみたいよ。なにしてんの?」 
 バタンと扉が開いた。入ってきたのは慌てたセナさんと、呆れた顔をした綾乃さんだった。

   
「あ、綾乃さん!」 
 目の前に久しぶり綾乃さんが居た。離宮に行く前より少し痩せて、引き締まった体つきに。 
 指の皮が少し剥けて爪は緑色に染まっていた。日頃のポーション作りが伺えた。 
 
「ほら、これ飲んで」 
 ポーションの入った瓶を手渡された。 

「あ、ありがとう」  

「これは私の聖なる力の全くこもっていない、クズポーションよ!この前みたいに拒絶反応で吐かないわ。でも、薬効成分はちゃんとあるから疲労は回復するわよ」 

「痛ててて。くそっ、頭がまだグラグラするな。 
 ……それより、セナ、アヤノ!届けてくれてすまないな」 
 頭を振り、手足を伸ばしながらグレンさんは二人に言った。 

「はあ?すまないって言うなら、こんなになるまで抱き潰さなければいいのよ!」 
「アヤノ、言い過ぎだぞ」
 アヤノさんは、セナさんが止めるとふんっと鼻を鳴らして反対方向を向いた。
 
「セナ、大丈夫ですよ。それよりお礼を言わせて下さい。アヤノ様、セナ……神殿の兵士を侍女を助けて頂きありがとうございました」 

 話がわからない私にグレンさんが説明してくれた。 
 アヤノさんがポーションで人助けをしたと。 
 ……胸がじんわりと熱くなる………アヤノさん変わったのね。きっと、セナさんの支えと、本人も相当努力したんだわ。

「お礼なんて要らないわ!私は、ポーションの聖女になるの!子育てはもう御免だわ」 
 偉そうな言葉使いはそのままに、颯爽と部屋から出て行った。セナさんが綾乃さんの非礼を詫び、その後を追いかけて行く。
 
 ふふっ、ポーションの聖女ってなんだろう?でも綾乃さんらしくて、私は笑ってしまった。 


 その後……綾乃さんのポーションを飲み、回復した私がおもいっきり竜神様を抱き締め、頬すりをしたのは言うまでもない。 
  
 本当に!可愛すぎて、堪らないわ。  
  
 グレンさんの視線が痛いけど、竜神様の重力攻撃を警戒してか何も言われなかった。
 
 お腹が空いたと騒ぐ竜神様と一緒にご飯を作った。驚いたことに私が倒れた2日間、竜神様に食事を作っていたのは綾乃さんだった。料理嫌いのあの綾乃さんから申し出があったそうだ。ありがとう綾乃さん。 
 
 今日は竜神様リクエストのチーズクリームシチューにした。竜神様には人参の型抜きをお願いし、グレンさんには、芋の皮剥きを。花、星、熊さんの可愛い形の人参が沢山出来た。 

 グレンさんとレインさんも一緒に食卓を囲む。
 ポロポロとスプーンから溢す、竜神様。 
 がつがつ食べておかわりを頼むグレンさん。 
 食後の紅茶を淹れてくれるレインさん。 
  
 竜神様の口についたシチューを拭きながら、家族みたいで幸せだと思った。 

 グレンさんが、レインさんが、竜神様が居る。
 ここが私の居場所なんだわ。 
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