63 / 87
目覚めの時
しおりを挟む「マナァ、おきてよー」
舌足らずの鈴の音のような幼い声と、お腹をポカポカ叩く軽い振動に、重い瞼を開いた。
目の前に、蜂蜜を溢したような綺麗な瞳、長いクルンとした睫毛。タンポポの綿毛のようなフワフワの金色の長髪。まん丸ほっぺに、丸い顔。小さい形の良い鼻。サクランボのような唇を尖らせた。なんとも可愛い幼女が私を見つめていた。
年の頃は2、3歳位かしら? 短いお手々で私の服を掴み懸命に揺すっている。
な、なんて、可愛いの!将来絶対、美少女になるわ!
手を伸ばして頭に触れたいのに、体が重怠くて指先すら動かせない。股関節周辺と大事な場所がヒリヒリ痛くて身動きが取れない。
今まで生きてきて、抱き潰されたのは初めてだわ。
「良かった!マナツ目覚めたのか?」
グレンさんが顔に懸かる髪の毛を退かしてくれた。
「お体は大丈夫ですか?竜神様ご心配なのはわかりますが……マナツ様は、お疲れですから」
レインさんが、私を揺すり続ける幼女を諌めた。執拗に抱き潰したのは、レインさんですけど。
子供の前で言う話じゃないので、私は無言でレインさんを睨んだ。
ん?………今、レインさん、この子を竜神様と言ったような気がする………ええ?嘘??
「も、もしかして、あなた……竜神様なの?」
「ちょーだよ」
コクンコクンと大きな頭を動かし頷いた。幼い子供がする大袈裟な動作がなんとも愛らしい。
「マナツ様の、命をとした聖なる力の影響で竜神様は人型に成長することが出来ました!喜ばしいことです」
死ぬ間際に、聞いた幼い声。私を呼んでくれたのは竜神様だったのかもしれない。
「本当に……良かった。でも知らなかったわ竜神様は、女の子だったのね。とっても可愛いわ」
「すいませんマナツ様。騙したわけではないのですが、竜神様の性別を聞かれませんでしたので」
しれっと謝るレインさん。絶対故意に黙っていたわ。竜神様を男性だと思わせた方が、気にいられる為にも、聖女の私達がお手当てを熱心にすると考えたのだろう。
でも、知っていたら小春さんは竜神様に媚薬を盛るなんてしなかったろうに。
私は、男の子でも女の子でも竜神様が元気に育てくれたらそれでいいわ。
「ごめんね竜神様、抱きしめたいのに体が言うことを効かないのよ」
ぎゅうぎゅう抱き締めて、スリスリ頬擦りしたいのに動かない体がもどかしい。
「……グレ、レイが……マナァ、いじめたぉ?」
「い、いじめ?………そう……なるのかな?」
苦しくなるほど何度達しても、許してと懇願しても離してくれなかった。その行為を虐めと言うなら、確かに、二人に散々虐められたわ。
クリンと首だけ、動かし竜神様は、グレンさんとレインさんを見据えた。蜂蜜色の瞳の色がドロリと黒に染まる。
「めっ!!」
ドオンっと鈍い音がして、グレンさんとレインさんが床に突っ伏した。
そこだけ重力が掛かったかのように、見えないナニかに押し潰される。
「ぐ、ぐ、ぐ、竜神様!!ご、誤解だ!」
潰れたカエルみたいにグレンさんが呻いた。
「かっ、ぐっ。マ、マナツ様!ご、誤解を、解いて下さい!し、死んでしまいます!」
切羽詰まったレインさんの声に、あっ気にとられていた私は、慌てて竜神様を止める。
「竜神様!誤解よ!いじめられてないわ!二人は私の婚約者だし、良くして貰っているわ!」
「らいじょうぶ?」
「大丈夫よ!!」
にっこり微笑むと、やっと安心したのか竜神様は二人を解放してくれた。
重力から解放された二人はまだ、カエルみたいに床に伸びていた。
「大丈夫ですか?神官長!!」
「はあ?あんたたち潰れたカエルみたいよ。なにしてんの?」
バタンと扉が開いた。入ってきたのは慌てたセナさんと、呆れた顔をした綾乃さんだった。
「あ、綾乃さん!」
目の前に久しぶり綾乃さんが居た。離宮に行く前より少し痩せて、引き締まった体つきに。
指の皮が少し剥けて爪は緑色に染まっていた。日頃のポーション作りが伺えた。
「ほら、これ飲んで」
ポーションの入った瓶を手渡された。
「あ、ありがとう」
「これは私の聖なる力の全くこもっていない、クズポーションよ!この前みたいに拒絶反応で吐かないわ。でも、薬効成分はちゃんとあるから疲労は回復するわよ」
「痛ててて。くそっ、頭がまだグラグラするな。
……それより、セナ、アヤノ!届けてくれてすまないな」
頭を振り、手足を伸ばしながらグレンさんは二人に言った。
「はあ?すまないって言うなら、こんなになるまで抱き潰さなければいいのよ!」
「アヤノ、言い過ぎだぞ」
アヤノさんは、セナさんが止めるとふんっと鼻を鳴らして反対方向を向いた。
「セナ、大丈夫ですよ。それよりお礼を言わせて下さい。アヤノ様、セナ……神殿の兵士を侍女を助けて頂きありがとうございました」
話がわからない私にグレンさんが説明してくれた。
アヤノさんがポーションで人助けをしたと。
……胸がじんわりと熱くなる………アヤノさん変わったのね。きっと、セナさんの支えと、本人も相当努力したんだわ。
「お礼なんて要らないわ!私は、ポーションの聖女になるの!子育てはもう御免だわ」
偉そうな言葉使いはそのままに、颯爽と部屋から出て行った。セナさんが綾乃さんの非礼を詫び、その後を追いかけて行く。
ふふっ、ポーションの聖女ってなんだろう?でも綾乃さんらしくて、私は笑ってしまった。
その後……綾乃さんのポーションを飲み、回復した私がおもいっきり竜神様を抱き締め、頬すりをしたのは言うまでもない。
本当に!可愛すぎて、堪らないわ。
グレンさんの視線が痛いけど、竜神様の重力攻撃を警戒してか何も言われなかった。
お腹が空いたと騒ぐ竜神様と一緒にご飯を作った。驚いたことに私が倒れた2日間、竜神様に食事を作っていたのは綾乃さんだった。料理嫌いのあの綾乃さんから申し出があったそうだ。ありがとう綾乃さん。
今日は竜神様リクエストのチーズクリームシチューにした。竜神様には人参の型抜きをお願いし、グレンさんには、芋の皮剥きを。花、星、熊さんの可愛い形の人参が沢山出来た。
グレンさんとレインさんも一緒に食卓を囲む。
ポロポロとスプーンから溢す、竜神様。
がつがつ食べておかわりを頼むグレンさん。
食後の紅茶を淹れてくれるレインさん。
竜神様の口についたシチューを拭きながら、家族みたいで幸せだと思った。
グレンさんが、レインさんが、竜神様が居る。
ここが私の居場所なんだわ。
11
お気に入りに追加
212
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!
楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。
(リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……)
遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──!
(かわいい、好きです、愛してます)
(誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?)
二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない!
ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。
(まさか。もしかして、心の声が聞こえている?)
リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる?
二人の恋の結末はどうなっちゃうの?!
心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。
✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。
✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです
白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。
ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。
「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」
ある日、アリシアは見てしまう。
夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを!
「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」
「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」
夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。
自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。
ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。
※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。
悪役令嬢、追放先の貧乏診療所をおばあちゃんの知恵で立て直したら大聖女にジョブチェン?! 〜『医者の嫁』ライフ満喫計画がまったく進捗しない件〜
華梨ふらわー
恋愛
第二王子との婚約を破棄されてしまった主人公・グレイス。しかし婚約破棄された瞬間、自分が乙女ゲーム『どきどきプリンセスッ!2』の世界に悪役令嬢として転生したことに気付く。婚約破棄に怒り狂った父親に絶縁され、貧乏診療所の医師との結婚させられることに。
日本では主婦のヒエラルキーにおいて上位に位置する『医者の嫁』。意外に悪くない追放先……と思いきや、貧乏すぎて患者より先に診療所が倒れそう。現代医学の知識でチートするのが王道だが、前世も現世でも医療知識は皆無。仕方ないので前世、大好きだったおばあちゃんが教えてくれた知恵で診療所を立て直す!次第に周囲から尊敬され、悪役令嬢から大聖女として崇められるように。
しかし婚約者の医者はなぜか結婚を頑なに拒む。診療所は立て直せそうですが、『医者の嫁』ハッピーセレブライフ計画は全く進捗しないんですが…。
続編『悪役令嬢、モフモフ温泉をおばあちゃんの知恵で立て直したら王妃にジョブチェン?! 〜やっぱり『医者の嫁』ライフ満喫計画がまったく進捗しない件~』を6月15日から連載スタートしました。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/500576978/161276574
完結しているのですが、【キースのメモ】を追記しております。
おばあちゃんの知恵やレシピをまとめたものになります。
合わせてお楽しみいただければと思います。
廃妃の再婚
束原ミヤコ
恋愛
伯爵家の令嬢としてうまれたフィアナは、母を亡くしてからというもの
父にも第二夫人にも、そして腹違いの妹にも邪険に扱われていた。
ある日フィアナは、川で倒れている青年を助ける。
それから四年後、フィアナの元に国王から結婚の申し込みがくる。
身分差を気にしながらも断ることができず、フィアナは王妃となった。
あの時助けた青年は、国王になっていたのである。
「君を永遠に愛する」と約束をした国王カトル・エスタニアは
結婚してすぐに辺境にて部族の反乱が起こり、平定戦に向かう。
帰還したカトルは、族長の娘であり『精霊の愛し子』と呼ばれている美しい女性イルサナを連れていた。
カトルはイルサナを寵愛しはじめる。
王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。
ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。
引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。
ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。
だがユリシアスは何かを隠しているようだ。
それはカトルの抱える、真実だった──。
将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです
きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」
5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。
その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?
子持ちの私は、夫に駆け落ちされました
月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。
男装騎士はエリート騎士団長から離れられません!
Canaan
恋愛
女性騎士で伯爵令嬢のテレサは配置換えで騎士団長となった陰険エリート魔術師・エリオットに反発心を抱いていた。剣で戦わない団長なんてありえない! そんなテレサだったが、ある日、魔法薬の事故でエリオットから一定以上の距離をとろうとすると、淫らな気分に襲われる体質になってしまい!? 目の前で発情する彼女を見たエリオットは仕方なく『治療』をはじめるが、男だと思い込んでいたテレサが女性だと気が付き……。インテリ騎士の硬い指先が、火照った肌を滑る。誰にも触れられたことのない場所を優しくほぐされると、身体はとろとろに蕩けてしまって――。二十四時間離れられない二人の恋の行く末は?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる