【番外編完結】聖女のお仕事は竜神様のお手当てです。

豆丸

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沈静化②

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 結界を盾にし、ジリジリと禍々しい渦の中心に近づいていく。 
 闇よりなお黒い呪いの中、赤い瞳だけが爛々と道しるべのように瞬く。
 
 ーー竜神様だわ。 
 
 ガラスを引っ掻く嫌な音をたて結界にヒビが入る。
 
「マナツ様!此処までです。以上は結界を維持出来ません!」 
 
「聖女の力で呪いは無効化出来るが、風圧に押し流されないように気を付けてろよ」 

「マナツ様……竜神様をお願いします」 

「チャンスは一回よ!マナツちゃん頑張ってー!」  

 四人に口々に言葉をかけてもらい、ふらつく足を叱咤し結界の外に出た。  


 びゅおおおおぉぉー。 

 一歩踏み出した途端、長い黒髪が後ろに流れ、強風に煽られ白いスカートが足にまとわりつき歩きにくい。体ごと押し流さそうな中、1歩ずつ踏ん張りながら進んでいく。 

「竜神様!私は、大丈夫よ。グレンさんに助けられて生きてるわー!」 
 腹に力を込め、呪いの突風に負けじと必死に叫んだ。毒薬を飲んだ痛んだ体で大声が出ているかわからない。声を掛けながら赤い瞳を目指し少しずつ進んでいく。 
 
 
 黒い渦の中心に膝を抱え踞る小さな幼子がいた。短い手足、ぷくりとした頬に肩幅より大きな頭。
 
 ふわふわの金色の髪は自らの呪いで黒く染まり、手足はミイラのようにカサカサし、膝を抱えて独りぼっちで泣いていた。 
 赤い瞳から涙が極上の宝石のようにボロボロながれる。 

 
『ううっ……まなっ、しなないで、くるしいのごめんなさい……わたしのせい。
……ひとりは…さみしい……呪いいたい、かなしい。 
 ここは、いやなの。また、まっくら。
 ………まなっ、あったかい、おひさま。はらまきうれしい、ごはんおいしい、ニコニコやさしい……いもむし、いやがらない。さわってくれたうれしい……ダッコうれしい……そいねうれしい。』  


「……竜神様」 
 竜神様の感情が流れ混んでくる。初めて聞く感謝の言葉で胸がいっぱいになる。 


『まなっ…おいていかないで。ひとりいや。まだ、なにも、おかえし、できない』
 
「バカだなぁ……」 
 私は、膝を付くと前から幼子を抱きしめた。その呪いごとぎゅっと包み込んだ。耳元でゆっくり言葉を紡ぐ。 

「竜神様…」  
 私に責められると思ったのか幼子は体を強張らせた。
 
「感謝をするのは私のほうよ。私の作った料理を、編んだ腹巻きを喜んでくれてありがとう。寝不足な日もあったけど、竜神様のお手当てが出来て本当に良かったわ。 
 何より私を必要としてくれてありがとう。 
 御返しは、もうたくさんしてもらっているから大丈夫よ!」

『……してない…なにも』 
 頬をぷくーと膨らませ拗ねる仕草が可愛い。
 
「ふふっ……御返しは子どもが明るく元気で育つこと。親として一番嬉しいこと」

『おや?……
 こども?…っ!、わたし?』  

 竜神様を子どもと思うのは不遜かもしれない。
 
「そう、竜神様は私の子ども。だからひとりにしないし、置いてきぼりにしないわ……ちゃんとお迎えにきたでしょう?……さあ、呪いから抜け出してみんなの所に帰りましょう!」   
  
「うん!かえる」 
 竜神様を立たせると涙を拭き、その手を握る。 
 紅葉のような小さな小さな手。 
 この手をもう二度と離したくないから。

 竜神様という依りしろを無くし、行き場をない呪いが黒い津波のように押し寄せる。 

 私は、竜神様を抱き締めると全ての聖なる力を解放した。 

 ーー白い浄化の光が辺り一面を照らしていく。 
 常世の闇が消失して、キラキラした結晶となり呪いは空気に溶けた。 
  
 全ての力を使い果たし私は、意識を失った。膝から崩れ落ちたその瞬間ーー。 

「ママ!!」 
 泣きじゃくる我が子の幻を見たような気がした。

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