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告白
しおりを挟む裏庭で、小さな池の水面を滑るようにふわりふわり飛ぶシャボン玉。
竜神様は、光を反射し虹色に輝くシャボン玉を追いかけては小さなお手てで潰す。
その感触が楽しいのか、手のひらをじっと眺めて「ギュロン!」とご機嫌で一鳴きした。
グレンさんが作るシャボン玉を次々に潰していく。夢中で遊ぶ竜神様の姿に懐かしく愛しい姿を重ねて。胸が切なくて痛い。
『ママ?』
最後の別れの日、不思議そうに本当の母親を見つめた娘。紅葉のような小さな手をぎゅと握り、抱き締めた。その温もりを匂いを決して忘れない。
「マナツ様、大丈夫か?泣きそうな顔をしてる」
見上げれば近くにグレンさんの顔。心配して声をかけてくれたみたい。ふしくれだった指が私の瞼をこする。
泣いてない大丈夫と無理に笑えば、グレンさんの表情が険しくなった。
「……俺の前で無理して笑わなくていい。マナツ様が辛いときは些細なことでもいいから話してくれ。
泣きたいときは我慢しないで泣けばいい…」
「……グレンさんありがとう。竜神様を見ていたら、娘を思い出しただけよ」
「前に話してくれた、元旦那の子供か?」グレンさんの瞼がピクリと動く。
「そうよ、本当のお母さんと元気に暮らしているかなって……ふふっ、シャボン玉好きだったのよ」
辛いモラハラ生活の中を彼女が居たから耐えられた強くなれた。娘は私の心の拠り所だった。
「………大切だったんだな」
ポツリとグレンさんは呟き、いつになく思案深い顔をし私を見つめた。
「大切で、大好きだったわ。彼女は私の居場所で、全てだった。だから、幸せになってほしくて手放したの」
身を切られるような惜別の時。ただ願ったのは娘の幸せだけ。
「そうか……辛かったな。
………マナツ様………俺は……」
グレンさんは唐突に私の前に跪ずいた。背の高いグレンさんの綺麗な旋毛を呆然と見下ろす。
真っ直ぐ私をいぬく真摯な眼差し。ルビーの瞳が炎のように私を炙る。
例えようのない熱に縫い止められたように動けない。
「俺は、真面目で一生懸命なマナツ様が好きだ。
辛いときは側に居たい。あんたの居場所になりたい。………俺だってレインみたいにマナツ様をぐずぐずに甘やかして、元旦那に傷つけられ血を流すその傷痕に口づけをして癒したいんだ!」
「っ!グレンさん、レインさんとの今朝の会話を聞いていたのね!」
「すまない」
グレンさんは素直に謝り頭を下げた。
私は羞恥に震え、頭の中は大混乱。
一体いつの間にか、どこから聞いていたの?まさかレインさんに絶頂させられたのも知ってるの?
「なにをしているか、気になったんだ。マナツ様がレインを選ぶと考えただけで嫉妬に焼き切れ、気が狂いそうだった。だから、魔が差した」
「魔が差したからって……グレンさんもう止めて下さいね。恥ずかしいから!!」
「ああ、もうしない。でも………レインに素直に甘えるマナツ様はクソ可愛かった。俺にも甘えて欲しい。マナツ様に深く触れ癒す許可を俺にも与えてくれ……」
「グレンさん……魔力譲渡に必要ならするから、そんなに畏まらないで」
「………違う。魔力譲渡は関係ない。俺はアンタを死ぬほど大事にする。決して傷つけない。だから、俺の番になって欲しいんだ」
「つ、番って」
確か、竜族にとっての伴侶とか夫婦とかよね?
私、今まさにグレンさんにプロポーズされてるってこと!?
「………グレンさん」
嬉しくて胸がじんわり温かくなる。グレンさんは魔力譲渡関係なく私を選び、居場所になってくれると言う。
信じてもいいの?
この手を取っていいの?
『選ばれない』
じわり胸から滲む声に伸ばしかけた手を止めた。胸が苦しい。頭の中を繰り返す呪いの言葉。
堪らず押さえた耳に、ふわりと甦るレインさんの優しい声。
『マナツ様……私も貴女が好きですよ。貴女が聖女でなかったとしても、きっと惹かれていた』
レインさんーーー。
彼の穏やかな笑顔が浮かんだ。レインさんかけてくれていた癒しの力で、呪いの言葉が霧散する。
魔力譲渡の為とはいえ、昨日はグレンさんの、今朝はレインさんのを咥えた。これではあまりにも二人に不誠実だわ。
「グレンさんの気持ちは嬉しい……でもレインさんとも魔力譲渡をしてる私に、この清浄な手を取る資格はないわ……私は二人とも大好きで大切だから、幸せになってほしい。一人だけを選べない」
「マナツ様……」
グレンさんは泣きそうに唇を噛み締めた。胸が締め付けられるように申し訳なくて、苦しい。
「………グレンだけの手を取れないなら、私たち二人の手を取ってくれますか?」
「レインさん!?いつの間に居たの?」
振り向くとレインさんが絵画のような美しい笑顔を張り付けて立っていた。
片手に竜神様を抱っこして。話に夢中で存在に気が付かなかったわ。
「…先ほどから居ますよ。マナツ様は私たち二人が大切で幸せになってほしいんですよね?」
「そ、そうよ」
なんだろう?なぜか尋問を受けているみたいだわ。
「私たちの幸せはマナツ様と番になることなんですが……」
「え?」
「一人だけを選べないなら、私たち二人を選んでくれますか?」
レインさんはあざとく小首を傾げ潤む瞳で私を見つめた。宝石のような瞳が潤む。
「グレンさん、つ、番って一人よね?唯一無二よね?」
「違う、竜族の番は一人と決まっていない。本人たちが了解し望むなら何人でも成れる。まあ、多くても三人か?」
「5世代前の竜神様は10人いたと文献に記載されていましたね。まあ竜神様は特別ですが」
それは、番じゃなくてただのハーレムじゃないかしら?番に対する認識が変わった。逆ハーレムと騒ぐ小春さんを馬鹿に出来ない。
だから、ブレンダさんは番のベンダルさんがいても、あんなに必死に竜神様にアプローチしていたんだわ。
「……レインとマナツ様を共有するなんて嫉妬で狂い死ぬかもな……でも、それでマナツ様が手に入るなら」
空恐ろしいことをぶつぶつ囁き、グレンさんが燃えるような瞳で私を見つめた。
「マナツ様、頼む!俺とレインを受け入れてくれ!俺たちの番になってほしい」
日本の一夫一妻の価値観で育った硬い頭の私には、到底受け入れられない提案。
嬉しい。私も二人が好き。
私を選んでくれた。
二人の思いを受け入れる?
二人を同じように愛せるの?
淫乱。狡い。いいとこ取り、そんなことが許さるの?
いろんな感情がぐるぐる混ざり身動きが取れない。考え過ぎて吐きそうだわ。
ふっと見るとグレンさんの差し出された手は酷く震えていた。
二度も優しい、この人を拒否したくない。
この震える手を止めたい。
ああ、そうか………それなら私にも出来る。ストンと私の中で何かが落ちた。
手を伸ばし、震えるグレンさんの手に自分の手を重ねた。
「きゃ!」
「ギュロロー!!」
焦れた竜神様に背中を蹴飛ばされて、グレンさんの胸に飛び込んでしまった。
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