【番外編完結】聖女のお仕事は竜神様のお手当てです。

豆丸

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静かな怒り

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 中庭の大きな椎ノ木の下で、繭玉様をお膝に乗せ、うとうとしていると、影が差した。 
 
「大丈夫ですか?マナツ様」  
 見上げると美眉をひそめたレインさんがいた。 

「隈が酷いですよ?無理していませんか?」

「レインさん、ありがとう大丈夫よ。でも女性に隈が酷いとか言っちゃ駄目よ」
 力なく笑うとレインさんは痛ましい顔で私を見つめた。綺麗なサファイアの瞳が揺れる。
 
「マナツ様と同じ聖女候補なのに……こうも違うとはな!あの女、竜神様を盾にする害虫が」 
 穏やかなレインさんとは思えない口調、怒りの表情。 

「え?」
 
「どうしましたか?」 
 目を擦り見上げれば、いつもと同じ涼しい美顔。ニコニコ穏やかな微笑み。 

(ゆ、夢……私の疲れが見せる幻かな) 

「そうそう、みんなにクッキーを焼いたのよ!今、ノコアちゃんに侍女さんたちの分を配ってもらっているの。グレンさんに、ベンダルさん、もちろんレインさんの分もあるわ……はい、どうぞ」 
 レインさんの分、可愛いく包装したクッキーを手渡しした。 
 人数が多いから枚数は少ないけど、ちゃんと思いを込めたから疲れも取れて、しかも美味しいはず。 
  
「ああっ、マナツ様ありがとうございます!とても温かい……慈悲深い聖なる力を感じます」 
  
「そう、良かったわ」 
 手のひらで繭玉様を撫でながら微笑むとレインさんも微笑んだ。私の隣に座ると同じようにつるりとした繭玉様を撫でる。 

「でも、これ以上無理すると倒れてしまいますからね……これはクッキーのお礼です」 
 視界いっぱいにレインさんの美顔。唇に合わさる柔らかく温かいもの。 

(え?私、レインさんにキスされてる!倒れてないのに、なななんで?!) 

 身動ぎして逃げようとすると、顎を固定され更に深く口づけられた。噛みつくような、食べられるような、穏やかなレインさんから想像出来ないほど。 
 苦しくて口を開けると激流のようにレインさんの聖なる力が注ぎ込まれた。 
 
 熱い……熱いわっ。

「ん、んー。はぁ」 
 
「はあっ」 
 
 レインさんの唇が離れていく。体の芯が熱くなりのし掛かる疲労感が嘘みたいに軽くなった。 

「レ、レインさん!倒れてないのに、応急措置口づけしなくても!」頬が熱い、きっと顔は真っ赤だわ。口を押さえ、たまらず抗議する。

「ふふっ、倒れる前の措置ですよ!少し目を離すとマナツ様は無理をしますから……ほら、隈が薄くなりましたよ」 
 ニコニコと全く悪びれる様子のないレインさんは私の隈を触る。 
 
「ちょっとレインさん!隈を触らない」  
 手でレインさんを制する。私はこんなに恥ずかしいのに、レインさんは満足そうな顔。なんか悔しい。
  
 倒れて迷惑をかけたくないけど、好きじゃない人に口づけするなんて、嫌じゃないのかな? 
  
 グレンさん、レインさんも、アーガストは口づけに対して抵抗がないお国柄なのかも知れない。 
 それにただ、聖なる力を分けて貰ってるだけだから、意識する私が変なんだわ。 
 ほら、もしかして綾乃さんと小春さんも応急措置口づけを受けたかも知れないし。 

 ………なんだろう、心がもやっとする。 

 
「レインさんもグレンさんも大変ね……聖なる力を分けるのに、好きじゃない人とも口づけしないといけないなんて。 
 私は勘違いしないけど、若い綾乃さんと小春さんは舞い上がると思うから気をつけてね」 
 二人とも自分が好きだからしてくれたと思うタイプだわ。 

「あれ?マナツ様は勘違いしてくれないんですか?……マナツ様とだったらもっと深い別の方法でも良いですよ」 
 艶っぽく微笑み、レインさんが私の頬を撫でた。 

「別の方法って……っ!」  

 (ま、交わること) 
  
 かっと頬が赤くなる。そんな私を見てレインさんはクスクス笑った。 

「~~っもう!レインさんまたからかって!いいですか!私はレインさんやグレンさんと違って、好きな人としかそーゆーことはしたくないんです!バツイチですか身持ちは固いんです」 

「ふふっ、マナツ様は純粋で可愛いらしい。でもグレンの名誉のために伝えておきますが、彼は好まない人に口づけはしませんよ。たとえ目の前で倒れてもね……融通の効かない男ですから」
 
「え?」 
 裏を返せばグレンさんが、私に2回口づけしてくれのは好ましく思っていてくれたからで。
  
じんわりと喜びが広がる……。 
 
 それは聖女候補として好ましく思われているのだろうけど、頬が弛むのを止められない。 

「グレンに今の嬉しそうなマナツ様の顔を見せてあげたいです」レインさんは、それはそれは楽しそうに私を見つめた。 

 (うっ!またからかわれたわー!!) 

「い、今の話だと、レインさんは、好きじゃなくても出来るんですね!……綾乃さんと小春さんもしてあげたんですか~?」 
 からかわれて悔しくて、つい憎まれ口を叩いてしまう。

「……はい?」 

 穏やかだったレインさんの雰囲気が反転した。絶対零度の冷ややかさに包まれる。瞳がスッと細められ、黒く濁る。 
 
こ、怖いわ。 

 余計なことを聞いてレインさんラスボスを怒らせてしまった。

 
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