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温かいもの
しおりを挟む瞼が重く、体が怠い……深海に引きずられるような感覚。どうしようもなく手足にまとわりつく虚脱感。苦しくて呼吸すらままならなくて。伸ばした手足を誰かが掴んだ。
唇を塞ぐ柔らかく温かい何か、注がれる心地よい温かいもの。すがるように求めてしまう。鉛のような体が楽になり嘘のように引いていく。
「あっ、」
「くっっ」
唇を離れていく温かいもの、行かないでとばかりに自ら求め押し付けた。
「はっ……意外に大胆なんだな?」
「え??」霞んだ視界がクリアになる。顔と顔と唇と唇が触れる距離に居たのは……グレンさんだった。
揶揄するような声音なのに目尻をほんのり赤くし、瞳に見え隠れする情欲の色をたたえて。
(え?私、グレンさんとキスしてたの!!)
「ーーーーーっ!!」
唇を押さえ、慌ててグレンさんから距離をおく。
(なにが、どーしてこうなった?)
バクつく心臓を押さえグレンさんを恐る恐る見上げた。
………確か、侍女さんたちにクッキーを作ってノコアちゃんと竜神様の散歩がてら配った。
そしたらお礼にと侍女さんに毛糸を分けてもらえて、その銀白色が余りに綺麗だったから、ついついお手当て終了後、こっそり腹巻きを作ろうと…して……。そこからの記憶がない。
た、倒れた?
「落ちつけ、応急措置的に俺の聖なる力を分け与えただけだ。それよりマナツ様……俺はお前に無理するなと言ったよな?」
明らかにグレンさんは怒っていて不機嫌だ。
そうよね、怒りたくもなるというもの。したくもないのに人工呼吸的に私とキスすることになったんだから、本当に申し訳ない。
とびっきりの美形にキスされて、私的には御馳走様というべきかもしれない。言わないけどね…。
「ご、ごめんなさい……えーと、それと助けてくれてありがとう」
御礼はしっかりしておこう。私とキスなんて嫌な思いさせて悪かったし。グレンさんの顔が見られず深く頭を下げた。
「顔をあげろ」
グレンさんが私の顔を持ち上げ、ほっぺたをむにむに引っ張る。
「い、痛っ!」
「謝罪は受けとるが、御礼はいらない」
にやにやとそのままほっぺたを撫でられた。
「な、なんで?」
「役得だからな……それにマナツ様に聖なる力を注ぐのは今日が初めてじゃない」
「えええ???」
年甲斐なく、どんどん顔が赤くなる。
「ま、まさか!初日に倒れた時も?」
「さあ、どうだったかな?」
仕上げとばかりに、むにんと頬を押されタコの口にされた。
「ぷっ、変な顔だな」
「ーーーーーっ!!」
グレンさんは私の頬から手を離すと笑いながら部屋から出ていった。
入れ替わりにノコアちゃんが泣きそうな顔で入室してきて、私に頭を下げた。
「ノコアちゃん?」
「マナツ様のご厚意に甘えてしまい、侍女に沢山クッキーを作って頂いてありがとうございました。だから、マナツ様は力を使い果たして倒れて仕舞われたんですね……本当にすいませんでした。私、侍女失格です」
なにやら勘違いしている、ノコアちゃんに毛糸の腹巻きを作ろうとしたことを話した。
涙を引っ込めた年下のノコアちゃんからも説教をされ、編み棒と毛糸は没収されてしまった。
なんてこと!
落ち込んでいたら、ノコアちゃんから報告を受けた。
今日お手当て当番のコハルさんが少し目を離した隙に、竜神様が乳母車から落ちてしまい頭を打ってしまったそうで。
医師の診察を受け幸いたんこぶですんだ、最近動きが活発になってきたので、注意して見てほしいとのこと。しかも、コハルさんの当番の日に竜神様がケガしたのは今回で三回目だそう。
(コハルさん……神官見習いさんに夢中で竜神様を見てなかったのね?)
先日は間一髪で竜神様が落ちるのを防げたけど、今日は気付かなかったのね。
かわいそうに…竜神様大丈夫かしら?
たんこぶが早く良くなってほしいから、今度は腹巻きだけじゃなくて、帽子も編もうと硬く誓ったのだった。
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