【番外編完結】聖女のお仕事は竜神様のお手当てです。

豆丸

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慰問会とおやつ

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慰問会はお通夜のようだった。 
  
 期待に胸を膨らませた人々の前に現れたのは、二人の神官と竜神様。二人が美形なだけに異形の芋虫の醜さが際立つ。 
 顔をひきつらせる人々に興奮し、「ギュロロロロー!ギュロロロロ」と、騒ぐ竜神様。 
 なんと、興奮し過ぎて口から呪いを噴き出してしまった。 
 会場を黒い霧が覆って泣き出す子供、後退る大人たちに悲鳴を上げて倒れるご婦人。教会は逃げる人々で阿鼻叫喚と化した。
 
 
「……何がいけなかったのでしょうか?」 
 遥か遠い目をしてレインさんが呟いた。疲れきった声が憐れみを誘う。 

「竜神様の偉大さを啓蒙する良い機会だったのに……なぜだ!?」グレンさんは拳を握り憤る。 

「ギュ、ギュロロ」 
 竜神様が鳴いた。口周りの牙の垂れ具合から多分悲しいのだと思う。自信はないけど。 

「やっぱり、芋、えっと竜神様には時期尚早だったんですよ……御披露目は焦らず呪いが全てなくなってからにしましょう?はい、お疲れ様です。どーぞ」 
 
 神官の二人に紅茶をいれ、竜神様には温かいミルクを用意する。おやつのパンケーキの上にはクリームと手作りのイチゴジャムとフルーツを添えて。竜神様の生地は卵白をメレンゲに泡立ててふわふわにした。のど越し良くて食べやすい。焼くのに時間がかかるけど。 
 
「ギュン!」 
 カサカサ動く竜神様は多分喜んでいる。粘液(よだれ)を口から垂らしているから。 
 私は竜神様を膝に座らせると、よだれかけをして、大きな口の中にパンケーキを放り込んだ。介助する時に手に触れる波打つ触手型髭の感触にも慣れた。 
 
「ぎゅーん!ぎゅーん!!」 
 くねくねしっぽを振り、小さな手足をバタバタさせてる。余程嬉しいのね。可愛くは見えないけど。 
 
「そう、美味しいの?作った甲斐があったわ」 
私は機嫌よくパンケーキを食べさせる。 

「ちょっと、まってください!」レインさんが椅子からガタッと立ち上がり、真剣な顔で自分と竜神様のパンケーキを見比べた。 
 
「……」 
 
「ど、どうしたの?レインさん?」 
 
「竜神様のおやつの方が、私達よりふわふわで美味しそうです!」 

「そ、そう?竜神様のは飲み込みやすくて、柔らかいふわふわパンケーキにしたのよ?」 

「私もふわふわが食べたいです」 
 
「おい、レイン!俺たちの分まで作って貰ってるんだ我が儘言うなよ」グレンさんが諌める。 

「グレンだって黒い霧の浄化に神気を消費し疲れているでしょう?……マナツ様のふわふわパンケーキ食べたいですよね?」ちょっと目が血走ってる。疲れておかしくなった? 

「……まあ、聖なる力の補給はしたいが」 
 グレンさんは自分のパンケーキと竜神様のふわふわパンケーキをちらっと見た。 

「聖なる力の補給?パンケーキの原材料はほとんど変わらないわよ」私は小首を傾げた。 

「変わるんですよ!時間と手間、そして思いが違うんです!」ずいいとレインさんが顔が近寄ってきて。迫力美形に思わず体を引いた。

 要約すると聖女候補が時間と手間を掛ければかけるほど、聖なる力の密度が濃くなるとのこと。 
 濃くなればなるほど、癒しの効果は高まり、料理は美味しくなる。なるほど……ふわふわパンケーキは神官さんの二倍は時間かかってるわ。二倍は美味しく聖なる力も強いというわけね。 

「それじゃ……思いは?」 
 
「思いが強ければ強いほど効果が上がる。竜神様のパンケーキ。これを作る時どう思って作ったんだ?」 

「そうね、竜神様。最近良く噛まずに丸のみして、お腹を壊しやすいから心配だなとか、甘いの好きだから美味しく食べて喜んでくれたら嬉しいな……とかかな?」 

「………そうか、それは甘美だろうな」 
 ふっと眉間の皺を緩めグレンさんが笑った。とたんに幼くなる美しい顔にドキリとした。 

「甘美なんてものじゃ有りませんよ!素晴らしい相乗効果です。一度でも味わったら忘れられません。聖なる力とマナツ様の優しさが溶け合って至福のハーモニーを奏でるんですよ!」 

(至福のハーモニー……そんなもの奏でたつもり無いんだけど…あれかな?某有名アニメのジ◯ムおじさんの『美味しくなーれ』的効果かしら?? 
 聖女チート凄いわ。まあまあ、美味しくて効果バツグンなら良しとしよう)
 
「今からレインさんにもふわふわパンケーキ作りましょうか?」 
 浄化で疲れているようだし、日頃からお世話になっているから労いを込めて作ってもいい。

「っ!!良いのですか!マナツ様ありがとうございます!!これで疲れなんか吹き飛びます!」 

「よ、喜びすぎよ」 

「嬉しいですよ!これで竜神様のを奪わずにすみましたよー」笑顔でしれっと言うレインさん。 

 (はい?尊敬する幼い竜神様から奪うつもりだったの?) 

「ギュー!ギュー!!」 
 やらんとばかりに手足をばたつかせ抗議する竜神様。
 
「レインお前呆れた奴だな?竜神様から奪うのは止めろよ」グレンさんはしっかりとレインさんに釘を指す。そして私に向き直ると続けて言った。 
 
「マナツ様、無理しなくていいぞ。料理にも込められる思いにも聖なる力を消費する。俺たちが慰問会の黒い霧の浄化を、なぜ聖女候補のお前に頼まなかったか解るか?」 

「……私には出来ないからじゃなくて?」 

「いや、出きるぞ。でもな、竜神様のお手当て第一にしてほしいんだ。竜神様のお世話、お手当てには膨大な聖なる力を使う。1日中、竜神様の側に居たら疲労困憊するだろう?無理をして力を使い過ぎたら……また倒れるぞ」 
 初日に倒れたから心配してくれているようだ。 
 

「わかった!お手当てを第一にするわ。でも、今日は二人もお世話手伝ってくれたから大丈夫よ。それほど疲れてないからふわふわパンケーキ作るわ………で、グレンさんは食べるの?」 

「グレンが要らないなら私が二つ食べますよ!」 
そそくさとレインさんが手を開げると「ギュロ!!」竜神様まで小さな手を上げた。 

「お前ら、俺の分まで食うつもりか?絶対やらねえからな!!」グレンさんの大声が部屋に響いた。 
 
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