9 / 87
慰問会とおやつ
しおりを挟む慰問会はお通夜のようだった。
期待に胸を膨らませた人々の前に現れたのは、二人の神官と竜神様。二人が美形なだけに異形の芋虫の醜さが際立つ。
顔をひきつらせる人々に興奮し、「ギュロロロロー!ギュロロロロ」と、騒ぐ竜神様。
なんと、興奮し過ぎて口から呪いを噴き出してしまった。
会場を黒い霧が覆って泣き出す子供、後退る大人たちに悲鳴を上げて倒れるご婦人。教会は逃げる人々で阿鼻叫喚と化した。
「……何がいけなかったのでしょうか?」
遥か遠い目をしてレインさんが呟いた。疲れきった声が憐れみを誘う。
「竜神様の偉大さを啓蒙する良い機会だったのに……なぜだ!?」グレンさんは拳を握り憤る。
「ギュ、ギュロロ」
竜神様が鳴いた。口周りの牙の垂れ具合から多分悲しいのだと思う。自信はないけど。
「やっぱり、芋、えっと竜神様には時期尚早だったんですよ……御披露目は焦らず呪いが全てなくなってからにしましょう?はい、お疲れ様です。どーぞ」
神官の二人に紅茶をいれ、竜神様には温かいミルクを用意する。おやつのパンケーキの上にはクリームと手作りのイチゴジャムとフルーツを添えて。竜神様の生地は卵白をメレンゲに泡立ててふわふわにした。のど越し良くて食べやすい。焼くのに時間がかかるけど。
「ギュン!」
カサカサ動く竜神様は多分喜んでいる。粘液(よだれ)を口から垂らしているから。
私は竜神様を膝に座らせると、よだれかけをして、大きな口の中にパンケーキを放り込んだ。介助する時に手に触れる波打つ触手型髭の感触にも慣れた。
「ぎゅーん!ぎゅーん!!」
くねくねしっぽを振り、小さな手足をバタバタさせてる。余程嬉しいのね。可愛くは見えないけど。
「そう、美味しいの?作った甲斐があったわ」
私は機嫌よくパンケーキを食べさせる。
「ちょっと、まってください!」レインさんが椅子からガタッと立ち上がり、真剣な顔で自分と竜神様のパンケーキを見比べた。
「……」
「ど、どうしたの?レインさん?」
「竜神様のおやつの方が、私達よりふわふわで美味しそうです!」
「そ、そう?竜神様のは飲み込みやすくて、柔らかいふわふわパンケーキにしたのよ?」
「私もふわふわが食べたいです」
「おい、レイン!俺たちの分まで作って貰ってるんだ我が儘言うなよ」グレンさんが諌める。
「グレンだって黒い霧の浄化に神気を消費し疲れているでしょう?……マナツ様のふわふわパンケーキ食べたいですよね?」ちょっと目が血走ってる。疲れておかしくなった?
「……まあ、聖なる力の補給はしたいが」
グレンさんは自分のパンケーキと竜神様のふわふわパンケーキをちらっと見た。
「聖なる力の補給?パンケーキの原材料はほとんど変わらないわよ」私は小首を傾げた。
「変わるんですよ!時間と手間、そして思いが違うんです!」ずいいとレインさんが顔が近寄ってきて。迫力美形に思わず体を引いた。
要約すると聖女候補が時間と手間を掛ければかけるほど、聖なる力の密度が濃くなるとのこと。
濃くなればなるほど、癒しの効果は高まり、料理は美味しくなる。なるほど……ふわふわパンケーキは神官さんの二倍は時間かかってるわ。二倍は美味しく聖なる力も強いというわけね。
「それじゃ……思いは?」
「思いが強ければ強いほど効果が上がる。竜神様のパンケーキ。これを作る時どう思って作ったんだ?」
「そうね、竜神様。最近良く噛まずに丸のみして、お腹を壊しやすいから心配だなとか、甘いの好きだから美味しく食べて喜んでくれたら嬉しいな……とかかな?」
「………そうか、それは甘美だろうな」
ふっと眉間の皺を緩めグレンさんが笑った。とたんに幼くなる美しい顔にドキリとした。
「甘美なんてものじゃ有りませんよ!素晴らしい相乗効果です。一度でも味わったら忘れられません。聖なる力とマナツ様の優しさが溶け合って至福のハーモニーを奏でるんですよ!」
(至福のハーモニー……そんなもの奏でたつもり無いんだけど…あれかな?某有名アニメのジ◯ムおじさんの『美味しくなーれ』的効果かしら??
聖女チート凄いわ。まあまあ、美味しくて効果バツグンなら良しとしよう)
「今からレインさんにもふわふわパンケーキ作りましょうか?」
浄化で疲れているようだし、日頃からお世話になっているから労いを込めて作ってもいい。
「っ!!良いのですか!マナツ様ありがとうございます!!これで疲れなんか吹き飛びます!」
「よ、喜びすぎよ」
「嬉しいですよ!これで竜神様のを奪わずにすみましたよー」笑顔でしれっと言うレインさん。
(はい?尊敬する幼い竜神様から奪うつもりだったの?)
「ギュー!ギュー!!」
やらんとばかりに手足をばたつかせ抗議する竜神様。
「レインお前呆れた奴だな?竜神様から奪うのは止めろよ」グレンさんはしっかりとレインさんに釘を指す。そして私に向き直ると続けて言った。
「マナツ様、無理しなくていいぞ。料理にも込められる思いにも聖なる力を消費する。俺たちが慰問会の黒い霧の浄化を、なぜ聖女候補のお前に頼まなかったか解るか?」
「……私には出来ないからじゃなくて?」
「いや、出きるぞ。でもな、竜神様のお手当て第一にしてほしいんだ。竜神様のお世話、お手当てには膨大な聖なる力を使う。1日中、竜神様の側に居たら疲労困憊するだろう?無理をして力を使い過ぎたら……また倒れるぞ」
初日に倒れたから心配してくれているようだ。
「わかった!お手当てを第一にするわ。でも、今日は二人もお世話手伝ってくれたから大丈夫よ。それほど疲れてないからふわふわパンケーキ作るわ………で、グレンさんは食べるの?」
「グレンが要らないなら私が二つ食べますよ!」
そそくさとレインさんが手を開げると「ギュロ!!」竜神様まで小さな手を上げた。
「お前ら、俺の分まで食うつもりか?絶対やらねえからな!!」グレンさんの大声が部屋に響いた。
11
お気に入りに追加
212
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!
楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。
(リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……)
遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──!
(かわいい、好きです、愛してます)
(誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?)
二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない!
ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。
(まさか。もしかして、心の声が聞こえている?)
リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる?
二人の恋の結末はどうなっちゃうの?!
心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。
✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。
✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです
白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。
ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。
「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」
ある日、アリシアは見てしまう。
夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを!
「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」
「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」
夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。
自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。
ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。
※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。
悪役令嬢、追放先の貧乏診療所をおばあちゃんの知恵で立て直したら大聖女にジョブチェン?! 〜『医者の嫁』ライフ満喫計画がまったく進捗しない件〜
華梨ふらわー
恋愛
第二王子との婚約を破棄されてしまった主人公・グレイス。しかし婚約破棄された瞬間、自分が乙女ゲーム『どきどきプリンセスッ!2』の世界に悪役令嬢として転生したことに気付く。婚約破棄に怒り狂った父親に絶縁され、貧乏診療所の医師との結婚させられることに。
日本では主婦のヒエラルキーにおいて上位に位置する『医者の嫁』。意外に悪くない追放先……と思いきや、貧乏すぎて患者より先に診療所が倒れそう。現代医学の知識でチートするのが王道だが、前世も現世でも医療知識は皆無。仕方ないので前世、大好きだったおばあちゃんが教えてくれた知恵で診療所を立て直す!次第に周囲から尊敬され、悪役令嬢から大聖女として崇められるように。
しかし婚約者の医者はなぜか結婚を頑なに拒む。診療所は立て直せそうですが、『医者の嫁』ハッピーセレブライフ計画は全く進捗しないんですが…。
続編『悪役令嬢、モフモフ温泉をおばあちゃんの知恵で立て直したら王妃にジョブチェン?! 〜やっぱり『医者の嫁』ライフ満喫計画がまったく進捗しない件~』を6月15日から連載スタートしました。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/500576978/161276574
完結しているのですが、【キースのメモ】を追記しております。
おばあちゃんの知恵やレシピをまとめたものになります。
合わせてお楽しみいただければと思います。
廃妃の再婚
束原ミヤコ
恋愛
伯爵家の令嬢としてうまれたフィアナは、母を亡くしてからというもの
父にも第二夫人にも、そして腹違いの妹にも邪険に扱われていた。
ある日フィアナは、川で倒れている青年を助ける。
それから四年後、フィアナの元に国王から結婚の申し込みがくる。
身分差を気にしながらも断ることができず、フィアナは王妃となった。
あの時助けた青年は、国王になっていたのである。
「君を永遠に愛する」と約束をした国王カトル・エスタニアは
結婚してすぐに辺境にて部族の反乱が起こり、平定戦に向かう。
帰還したカトルは、族長の娘であり『精霊の愛し子』と呼ばれている美しい女性イルサナを連れていた。
カトルはイルサナを寵愛しはじめる。
王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。
ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。
引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。
ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。
だがユリシアスは何かを隠しているようだ。
それはカトルの抱える、真実だった──。

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです
きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」
5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。
その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?
子持ちの私は、夫に駆け落ちされました
月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる