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3章 イーグルフロストの異変

9 氷狼

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「ちょっと、どうしたの?!」

腕をなくした冒険者は私たち冒険者が集まった一角を見つけふらふらと駆け寄ってくる。

私が杖を掲げ癒しの魔法をかけると、痛みに歪んでいたその冒険者の顔は安らいだようだった。さすがに腕は生やせないけれど、痛み止めと止血くらいならできる。

「あああありがとう、いや、やばい、やばいんだ! 逃げないと!」

けれどその安らぎは一瞬で、すぐに冒険者は震え出した。何かに怯えているみたいに。

「おいおい、トーマスじゃねえか! 落ち着けって」

さっきヒューゴと話していた大剣使いが焦ったように腕のない冒険者に話しかける。知り合いだったみたいだ。

大剣使いの声かけにも反応せずトーマスと呼ばれた冒険者はその場に倒れ込む。

軽く鑑定をし、傷の状態を把握する。傷口からの失血がひどく、また毒液が注入されているようだった。

フラフラ歩いてきていたのは、麻痺の影響かもしれない。

「失血で気絶しちゃってる。落ち着いた場所でちゃんと治療しないとやばいわよこれ」

言いながら解毒も施す。

そのとき、洞窟の入り口付近から、なにかが駆ける音がした。

獰猛な瞳をした狼のような魔物が現れる。雪のような白い体毛はところどころで血で汚れていて、剥き出しにされた牙にも血がついている。

「あれ、ベノムウルフよ! って、なんかいつもより3倍くらいでかい気がするんだけど!」

「やべえだろこれ……! 逃げた方がいいんじゃね?」

大剣使いと弓使いも圧倒されていた。

ヒューゴが凛とした声で一喝する。

「今から逃げたところで追いつかれるだけですよ! なんとかするしかありません……クレア、援護をお願いします!」

「えぇ。って、ヒューゴも戦うの?!」

「これでも一人旅歴は長かったので、攻撃魔法くらいは使えます」

「……わかったわ」

こういうとき、直接攻撃できない自分が歯がゆくなる。けれど、落ち込んでいる暇はなかった。

有事の際に支援や回復をする力を買って、護衛を頼まれたのだから。やるべきことをやらなくちゃ。

私は焦らないように深呼吸しながら支援魔法を練り上げた。私とヒューゴ、あと大剣使いと弓使いの二人にも支援をかける。

鑑定したところベノムウルフはかなり速度が高く、獲物の元に素早く走り寄り長い牙で食らいつくのが主要な攻撃手法らしい。

牙は冷たい氷で覆われ、対象を逃げられないようにするため麻痺にする毒液を分泌する。

(速度上昇、耐毒、防御上昇、動きやすさのために火の加護もいるわね……)

私の周囲を複数の魔法陣が取り囲む。複数人にいくつもの魔法を重ね掛けするのにはかなりの集中力が必要だった。

さらに、私とトーマスという冒険者の周囲には浄化も施す。血の匂いで別の魔物が来たり、ベノムウルフに一直線に来られても困るから。

「おいおい、なんだその魔法は……並行で同時に三人とか」

「ちょっとレナード、喋ってたら舌噛むよ! あ、そうだ何か知らないけど魔術師さんたちありがとね!」

「お前も喋ってんじゃねえか!」

軽口を叩きながらも二人の冒険者はかなり優れた冒険者だったらしく、ベノムウルフを翻弄し重症を避けながら立ち回っていた。

けれど、なによりも強烈に目を惹くのはヒューゴだった。

空中に浮いたヒューゴは、ベノムウルフへと次々と火の玉を放っていく。

レナードという名前らしい大剣使い当たらないかとひやひやし、つい炎耐性を付与したけれど、全然その必要はないようだった。

完璧なコントロール。それに、規模も威力も桁違いだった。

(身近な攻撃魔術師はエリカくらいだったけど、エリカがこの威力の攻撃をしようとしたら、もっと隙ができるはず。それにこんなに魔力を使ってたら数分もせず魔力切れになりそうなものなのに)

魔力切れどころか集中力の乱れさえ感じさせない、涼し気な顔。

(私が必要って言ってくれはしたけど……ヒューゴ自身が冒険者として十分やっていけるくらい強くない?!)

「レナードさん、一度あれと距離を取ってください!」

「おいおい、あんたもなんか威力やばくねえか? しゃあねえ、わかったよ!」

レナードはそう言いながら軽快な足取りで距離を取る。ヒューゴはレナードを追いかけようとするベノムウルフの着地点に何発も炎を打ち込んだ。

深く降り積もった雪が消え、足場が崩れる。

「あれ~これって超スナイプチャンスって感じ?」

そして弓使いが放った矢はあっさりと大きな狼を貫いた。ぱたりと倒れた魔物が動く様子はない。

(<アナライズ>)

「はぁ。なんだったんだ一体……」

なにか状況についてわからないかと情報を処理していると、レナードがベノムウルフに近づこうとする。

その瞬間、流れ込んできたのはベノムウルフの生死の情報……。

「待って! それ、まだ生きてるわ!」

私が叫ぶのと、血だらけの魔物が大口を開けたのは同じタイミングだった。

レナードが大剣を振りかぶるけど……。

「当たったらすみません!」

間に合わないかと思った瞬間、ベノムウルフの首が明後日の方向に飛んだ。ヒューゴが放った紅い刃に両断されて。

「あっぶね……けど助かったぜ」

間一髪で助かったらしいレナードは口をあんぐりと開けていた。

狼系のどちらかというと上位の魔物って、死んだふりとかしないと思ってた……本当にびっくりする。

「はあ……本当にこれでもう大丈夫みたいよ。ヒューゴ、怪我はない? あなたたちも」

ばくばくする心臓を抑えて言う。それから、この現象について一つ思い出す。

(とりあえずトーマスとかいう人を街に届けて、ヒューゴたちの怪我とかがないか確認してからね……)

素材を仕入れに来たはずが、なんだかとんでもないことになっちゃったかもしれない。
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