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2章 商人の悪意
4 馬車にて
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馬車はゆっくりとエーデルランドの街を後にして、ガルシア王国へ向かって進んでいった。昼過ぎに出発したため、外はまだ明るく、馬車の中には穏やかな日差しが差し込んでいた。
私は窓の外から視線を車内に戻し、対面に座っているヒューゴに声をかけた。
「あの、ヒューゴ……様。そういえば、まだ確認していなかったのですけど……」
様付け、敬語。そういえば、混乱することが多くてあまり考えていなかったけど、私とヒューゴの関係は商人と客の冒険者から、商人と護衛に変わっている。
ヒューゴはどんな相手にも基本敬語を使うことをモットーにしているとはいえ、流石に私の方が気安い口調なのはどうかと思って変えてみたんだけど……。
(下町育ちの孤児な上、冒険者やってたからか、敬語ってちょっと慣れないな)
そんな私の発言に、ヒューゴは目を丸くしていた。あまり表情を大きく変えない彼のことだから、かなり珍しいことだ。
「え、っと……何でしょうか、クレアさん。できれば、様付けと敬語はやめて頂けると助かるのですが……」
声音にも動揺が現れていた。流石に、前置きもせず急に態度を変えるのは良くなかったかも。
「いいの? 前までは冒険者と商人だったとはいえ、今の私はヒューゴに雇われているわけじゃない?」
とりあえず私は口調を戻して言葉を続けた。敬語の依頼人と冒険者らしい粗雑な口調の護衛って、ちょっとチグハグな気もするけれど。
「もちろんです。もう慣れてしまっていますしね」
「うーん……まぁ、ヒューゴがそういうのなら」
でも流石に依頼人に敬語を使われる護衛はどうなんだろう……。
(でも、ヒューゴってどんな時も敬語絶対崩さないんだよね)
数年前、冒険者としての生活に慣れてきたころに、私はパーティの宿や装備品の手配を担当するようになった。それまではエドワードがしていたんだけど、B級に上がると同時に、リーダーの仕事が忙しくなって。
他のパーティとの交流や今まで以上の鍛錬に取り組むようになったエドワードの負担を減らしたくて、私がその辺の雑事を引き受けるようになった。
鑑定を使って、なるべく質の良い装備を扱っている商人を探していた時に見つけたのがヒューゴだった。
当時は私は冒険者としてはまだ幼く、10代前半といったところ。そんな時に、1人で行動する商人に同じような年齢の少年を見つけたものだから、すごくびっくりして。
思えばその頃はちょっと刺々しさもあったかもしれない。でも、割と舐められやすい女の冒険者である私にも、完璧な敬語と崩れない笑顔で接されたことは、かなりの衝撃だったし、少し嬉しくもあった。
まぁ、ヒューゴは誰にでもそうなんだけど。確か、敬語も笑顔も鎧だからって言ってたっけ。珍しくお酒を飲んでいたときだ。
(うーん、敬語を外してくれる気はないんだろうけど……なんかむず痒いっていうか申し訳ないっていうか……)
「そうだ、ヒューゴ。私、しばらくはヒューゴのお客さんじゃなくて、護衛になるわけでしょう? できたらクレアさんじゃなくてクレアって呼んでほしいの」
そう言うと、ヒューゴはまたもやいつもの余裕そうな顔を崩し、目を見開いた。
いやでも、流石に依頼人を呼び捨てにしておいて自分はクレアさんとか呼ばれてるの申し訳ないじゃん?!
(そういえば出会った頃はまだこんな感じで隙が多かったかも。最近は、滅多に見なくなったけど)
咳払いをした後、また自然な声音でヒューゴが語る。
「呼び捨て……まぁ、そうですね。その方が他の方から見ても自然でしょうし。面倒な詮索をされずに済むかもしれません。ですので……これからはそうお呼びします。クレア」
「え、あ……ありがとう、ヒューゴ」
なんだか無駄に言葉に詰まってしまった。
普段呼び捨てなんてしない人だから、その変化に驚いたというか。
(いや、頼んだのは私なんだけど)
「なんですか、その反応は」
眉根を寄せるヒューゴ。気のせいかもしれないけど、今日はヒューゴの表情がわかりやすい気がする。
「いや、その、ごめん。自分で頼んでおいて言うのもあれなんだけど、ヒューゴの呼び捨てって珍しいから……」
「それはまぁ、そうですね。というか、貴方くらいですよ。呼び捨てにした人」
「えっそうなの?!」
「えぇ。わざわざ呼び捨てにしろなんて頼まれませんからねぇ、普段は。大抵の人間は丁重に扱われたがってますし……って、話が逸れましたね」
そうして少し遠くを見つめるような目をする。
ヒューゴは、出会った頃に比べてかなり有名になった。ヒューゴの知り合いだと言う人は増えていくけれど、そこそこ付き合いのある私でも、ヒューゴのことはまだ全然わからない人のように見える時がある。
硬い壁に包まれているような。
「まぁ、貴方に護衛を依頼したのは私でしたしね。頼りにしていいです、よね? クレア」
「うん、当然。期待には応えるよ」
でも、今はただヒューゴの護衛を全うすることを考えていれば良いんだ。
追放された私を拾ってくれた依頼主で護衛対象でもあるヒューゴ。
知りたいなんてわがままで詮索なんてしちゃダメだ。ただ、恩を返さなきゃ。
その後は、余計な体力を使わないように、2人とも何も話さず馬車に揺られていた。
私は窓の外から視線を車内に戻し、対面に座っているヒューゴに声をかけた。
「あの、ヒューゴ……様。そういえば、まだ確認していなかったのですけど……」
様付け、敬語。そういえば、混乱することが多くてあまり考えていなかったけど、私とヒューゴの関係は商人と客の冒険者から、商人と護衛に変わっている。
ヒューゴはどんな相手にも基本敬語を使うことをモットーにしているとはいえ、流石に私の方が気安い口調なのはどうかと思って変えてみたんだけど……。
(下町育ちの孤児な上、冒険者やってたからか、敬語ってちょっと慣れないな)
そんな私の発言に、ヒューゴは目を丸くしていた。あまり表情を大きく変えない彼のことだから、かなり珍しいことだ。
「え、っと……何でしょうか、クレアさん。できれば、様付けと敬語はやめて頂けると助かるのですが……」
声音にも動揺が現れていた。流石に、前置きもせず急に態度を変えるのは良くなかったかも。
「いいの? 前までは冒険者と商人だったとはいえ、今の私はヒューゴに雇われているわけじゃない?」
とりあえず私は口調を戻して言葉を続けた。敬語の依頼人と冒険者らしい粗雑な口調の護衛って、ちょっとチグハグな気もするけれど。
「もちろんです。もう慣れてしまっていますしね」
「うーん……まぁ、ヒューゴがそういうのなら」
でも流石に依頼人に敬語を使われる護衛はどうなんだろう……。
(でも、ヒューゴってどんな時も敬語絶対崩さないんだよね)
数年前、冒険者としての生活に慣れてきたころに、私はパーティの宿や装備品の手配を担当するようになった。それまではエドワードがしていたんだけど、B級に上がると同時に、リーダーの仕事が忙しくなって。
他のパーティとの交流や今まで以上の鍛錬に取り組むようになったエドワードの負担を減らしたくて、私がその辺の雑事を引き受けるようになった。
鑑定を使って、なるべく質の良い装備を扱っている商人を探していた時に見つけたのがヒューゴだった。
当時は私は冒険者としてはまだ幼く、10代前半といったところ。そんな時に、1人で行動する商人に同じような年齢の少年を見つけたものだから、すごくびっくりして。
思えばその頃はちょっと刺々しさもあったかもしれない。でも、割と舐められやすい女の冒険者である私にも、完璧な敬語と崩れない笑顔で接されたことは、かなりの衝撃だったし、少し嬉しくもあった。
まぁ、ヒューゴは誰にでもそうなんだけど。確か、敬語も笑顔も鎧だからって言ってたっけ。珍しくお酒を飲んでいたときだ。
(うーん、敬語を外してくれる気はないんだろうけど……なんかむず痒いっていうか申し訳ないっていうか……)
「そうだ、ヒューゴ。私、しばらくはヒューゴのお客さんじゃなくて、護衛になるわけでしょう? できたらクレアさんじゃなくてクレアって呼んでほしいの」
そう言うと、ヒューゴはまたもやいつもの余裕そうな顔を崩し、目を見開いた。
いやでも、流石に依頼人を呼び捨てにしておいて自分はクレアさんとか呼ばれてるの申し訳ないじゃん?!
(そういえば出会った頃はまだこんな感じで隙が多かったかも。最近は、滅多に見なくなったけど)
咳払いをした後、また自然な声音でヒューゴが語る。
「呼び捨て……まぁ、そうですね。その方が他の方から見ても自然でしょうし。面倒な詮索をされずに済むかもしれません。ですので……これからはそうお呼びします。クレア」
「え、あ……ありがとう、ヒューゴ」
なんだか無駄に言葉に詰まってしまった。
普段呼び捨てなんてしない人だから、その変化に驚いたというか。
(いや、頼んだのは私なんだけど)
「なんですか、その反応は」
眉根を寄せるヒューゴ。気のせいかもしれないけど、今日はヒューゴの表情がわかりやすい気がする。
「いや、その、ごめん。自分で頼んでおいて言うのもあれなんだけど、ヒューゴの呼び捨てって珍しいから……」
「それはまぁ、そうですね。というか、貴方くらいですよ。呼び捨てにした人」
「えっそうなの?!」
「えぇ。わざわざ呼び捨てにしろなんて頼まれませんからねぇ、普段は。大抵の人間は丁重に扱われたがってますし……って、話が逸れましたね」
そうして少し遠くを見つめるような目をする。
ヒューゴは、出会った頃に比べてかなり有名になった。ヒューゴの知り合いだと言う人は増えていくけれど、そこそこ付き合いのある私でも、ヒューゴのことはまだ全然わからない人のように見える時がある。
硬い壁に包まれているような。
「まぁ、貴方に護衛を依頼したのは私でしたしね。頼りにしていいです、よね? クレア」
「うん、当然。期待には応えるよ」
でも、今はただヒューゴの護衛を全うすることを考えていれば良いんだ。
追放された私を拾ってくれた依頼主で護衛対象でもあるヒューゴ。
知りたいなんてわがままで詮索なんてしちゃダメだ。ただ、恩を返さなきゃ。
その後は、余計な体力を使わないように、2人とも何も話さず馬車に揺られていた。
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