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第22話 美樹と芹香
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3年前だった。美樹の提案で開店五周年のパーティをした。
パーティは、顔見知った客たちだけで店を貸し切りの状態にして、食事を会費制のバイキング形式にした。
美樹としては、ここまで支えていただいたお客さまたちのために、という名目だったのだが、常連客の何人かは、俺を労うということで、準備から手伝いをしてくれた。
だが、いざパーティが始まると冒頭の挨拶をはじめ、ことあるごとに引っ張り出されて喋らされた。
それはいいのだが、結局、酒を作るのは俺なので、カウンターとフロアを行ったり来たりで普段よりも疲れてしまった。
後で木村にそれについて愚痴ると、飲み物もビールと焼酎だけで飲み放題にすれば良かったっすね、ピッチャーと水と氷置いときゃみんな勝手に飲むし……、と言って笑っていた。
そのパーティの翌日だった。
俺が前日の疲れを引きづりながら、いつものようにカウンターの中で開店前の支度をしていると、ステージの床を拭いていた美樹が不意に言った。
できたの……
それは小さかったが、はっきりと俺の耳に届いた。
唐突ではあったので一瞬わけが分からなくなったが、すぐにその意味は理解した。
俺がカウンターを見下ろしたまま何も言えずにいると、美樹も応えを待って黙っていた。
何と言うべきか……
答えは決まっていた。
しかし、それをどう伝えるか……
俺はそれを色々な言い方やかたちにして、頭の中で反芻した。
俺には美樹と結婚する意志など全くなかった。
それどころか、俺はいつからか、この甲斐甲斐しいといった感じで働き、まるで自分がこの店を切り盛りしているかのように接客する美樹を、疎ましく思うことさえあった。
実際、パーティでも何人かの客が、もうこの店は美樹ちゃんがいないと成り立たないね、などと言っているのが聞こえていた。
冗談じゃない。
この店は俺の店だ。
やっと築いた俺の城だ。
俺がこの城の主だ。
だが、まだまだだ。
俺はこの小さな城の城主だけで終わる気はない。
まだこれからなんだ。
それをこの女は邪魔する気か?
冗談じゃない、冗談じゃない、冗談じゃない――
× × ×
この頃、俺には美樹の他にもつきあっている女がいた。
店の客で、まだ二十歳になったばかりの芹香という女だ。
この女は何にでも関心を示し、少し金をかければ喜ぶので面白かった。
芹香は、俺と美樹の仲は知っていたが、美樹とは別れる準備をしている、とほのめかせば特に文句など言わず、しつこく言及してくることもなかった。
この頃だった。
この芹香という女にすすめられて、俺は中古のレクサスを買った。
芹香には、男は車を所有しているもの、という意味不明な固定観念があった。
よくよく聞いてみると、どうやら車好きの父親の影響らしかった。
俺は車に興味がなかったので、聞いたことがあるようなという程度だったのだが、セリカという名前もひと昔前にあった車の名前だった。
その車のことを知り、彼女のフルネームである豊田芹香という、どこか微妙な命名をした彼女の父親が良くも悪くも気にはなった。
そんな芹香が、兄が中古車販売店で働いているからサービスできる、と言って車の購入をすすめてきた。
俺は興味もなければ必要性も感じていなかったので最初は聞き流していた。
しかし、それは何度か繰り返され、そのうち彼女の機嫌は悪くなり、次第に連絡しても無視され、しまいには店にも来なくなった。
俺は恋しさに負けて芹香に連絡した。
車、買うよ……
パーティは、顔見知った客たちだけで店を貸し切りの状態にして、食事を会費制のバイキング形式にした。
美樹としては、ここまで支えていただいたお客さまたちのために、という名目だったのだが、常連客の何人かは、俺を労うということで、準備から手伝いをしてくれた。
だが、いざパーティが始まると冒頭の挨拶をはじめ、ことあるごとに引っ張り出されて喋らされた。
それはいいのだが、結局、酒を作るのは俺なので、カウンターとフロアを行ったり来たりで普段よりも疲れてしまった。
後で木村にそれについて愚痴ると、飲み物もビールと焼酎だけで飲み放題にすれば良かったっすね、ピッチャーと水と氷置いときゃみんな勝手に飲むし……、と言って笑っていた。
そのパーティの翌日だった。
俺が前日の疲れを引きづりながら、いつものようにカウンターの中で開店前の支度をしていると、ステージの床を拭いていた美樹が不意に言った。
できたの……
それは小さかったが、はっきりと俺の耳に届いた。
唐突ではあったので一瞬わけが分からなくなったが、すぐにその意味は理解した。
俺がカウンターを見下ろしたまま何も言えずにいると、美樹も応えを待って黙っていた。
何と言うべきか……
答えは決まっていた。
しかし、それをどう伝えるか……
俺はそれを色々な言い方やかたちにして、頭の中で反芻した。
俺には美樹と結婚する意志など全くなかった。
それどころか、俺はいつからか、この甲斐甲斐しいといった感じで働き、まるで自分がこの店を切り盛りしているかのように接客する美樹を、疎ましく思うことさえあった。
実際、パーティでも何人かの客が、もうこの店は美樹ちゃんがいないと成り立たないね、などと言っているのが聞こえていた。
冗談じゃない。
この店は俺の店だ。
やっと築いた俺の城だ。
俺がこの城の主だ。
だが、まだまだだ。
俺はこの小さな城の城主だけで終わる気はない。
まだこれからなんだ。
それをこの女は邪魔する気か?
冗談じゃない、冗談じゃない、冗談じゃない――
× × ×
この頃、俺には美樹の他にもつきあっている女がいた。
店の客で、まだ二十歳になったばかりの芹香という女だ。
この女は何にでも関心を示し、少し金をかければ喜ぶので面白かった。
芹香は、俺と美樹の仲は知っていたが、美樹とは別れる準備をしている、とほのめかせば特に文句など言わず、しつこく言及してくることもなかった。
この頃だった。
この芹香という女にすすめられて、俺は中古のレクサスを買った。
芹香には、男は車を所有しているもの、という意味不明な固定観念があった。
よくよく聞いてみると、どうやら車好きの父親の影響らしかった。
俺は車に興味がなかったので、聞いたことがあるようなという程度だったのだが、セリカという名前もひと昔前にあった車の名前だった。
その車のことを知り、彼女のフルネームである豊田芹香という、どこか微妙な命名をした彼女の父親が良くも悪くも気にはなった。
そんな芹香が、兄が中古車販売店で働いているからサービスできる、と言って車の購入をすすめてきた。
俺は興味もなければ必要性も感じていなかったので最初は聞き流していた。
しかし、それは何度か繰り返され、そのうち彼女の機嫌は悪くなり、次第に連絡しても無視され、しまいには店にも来なくなった。
俺は恋しさに負けて芹香に連絡した。
車、買うよ……
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