22 / 32
第22話 美樹と芹香
しおりを挟む
3年前だった。美樹の提案で開店五周年のパーティをした。
パーティは、顔見知った客たちだけで店を貸し切りの状態にして、食事を会費制のバイキング形式にした。
美樹としては、ここまで支えていただいたお客さまたちのために、という名目だったのだが、常連客の何人かは、俺を労うということで、準備から手伝いをしてくれた。
だが、いざパーティが始まると冒頭の挨拶をはじめ、ことあるごとに引っ張り出されて喋らされた。
それはいいのだが、結局、酒を作るのは俺なので、カウンターとフロアを行ったり来たりで普段よりも疲れてしまった。
後で木村にそれについて愚痴ると、飲み物もビールと焼酎だけで飲み放題にすれば良かったっすね、ピッチャーと水と氷置いときゃみんな勝手に飲むし……、と言って笑っていた。
そのパーティの翌日だった。
俺が前日の疲れを引きづりながら、いつものようにカウンターの中で開店前の支度をしていると、ステージの床を拭いていた美樹が不意に言った。
できたの……
それは小さかったが、はっきりと俺の耳に届いた。
唐突ではあったので一瞬わけが分からなくなったが、すぐにその意味は理解した。
俺がカウンターを見下ろしたまま何も言えずにいると、美樹も応えを待って黙っていた。
何と言うべきか……
答えは決まっていた。
しかし、それをどう伝えるか……
俺はそれを色々な言い方やかたちにして、頭の中で反芻した。
俺には美樹と結婚する意志など全くなかった。
それどころか、俺はいつからか、この甲斐甲斐しいといった感じで働き、まるで自分がこの店を切り盛りしているかのように接客する美樹を、疎ましく思うことさえあった。
実際、パーティでも何人かの客が、もうこの店は美樹ちゃんがいないと成り立たないね、などと言っているのが聞こえていた。
冗談じゃない。
この店は俺の店だ。
やっと築いた俺の城だ。
俺がこの城の主だ。
だが、まだまだだ。
俺はこの小さな城の城主だけで終わる気はない。
まだこれからなんだ。
それをこの女は邪魔する気か?
冗談じゃない、冗談じゃない、冗談じゃない――
× × ×
この頃、俺には美樹の他にもつきあっている女がいた。
店の客で、まだ二十歳になったばかりの芹香という女だ。
この女は何にでも関心を示し、少し金をかければ喜ぶので面白かった。
芹香は、俺と美樹の仲は知っていたが、美樹とは別れる準備をしている、とほのめかせば特に文句など言わず、しつこく言及してくることもなかった。
この頃だった。
この芹香という女にすすめられて、俺は中古のレクサスを買った。
芹香には、男は車を所有しているもの、という意味不明な固定観念があった。
よくよく聞いてみると、どうやら車好きの父親の影響らしかった。
俺は車に興味がなかったので、聞いたことがあるようなという程度だったのだが、セリカという名前もひと昔前にあった車の名前だった。
その車のことを知り、彼女のフルネームである豊田芹香という、どこか微妙な命名をした彼女の父親が良くも悪くも気にはなった。
そんな芹香が、兄が中古車販売店で働いているからサービスできる、と言って車の購入をすすめてきた。
俺は興味もなければ必要性も感じていなかったので最初は聞き流していた。
しかし、それは何度か繰り返され、そのうち彼女の機嫌は悪くなり、次第に連絡しても無視され、しまいには店にも来なくなった。
俺は恋しさに負けて芹香に連絡した。
車、買うよ……
パーティは、顔見知った客たちだけで店を貸し切りの状態にして、食事を会費制のバイキング形式にした。
美樹としては、ここまで支えていただいたお客さまたちのために、という名目だったのだが、常連客の何人かは、俺を労うということで、準備から手伝いをしてくれた。
だが、いざパーティが始まると冒頭の挨拶をはじめ、ことあるごとに引っ張り出されて喋らされた。
それはいいのだが、結局、酒を作るのは俺なので、カウンターとフロアを行ったり来たりで普段よりも疲れてしまった。
後で木村にそれについて愚痴ると、飲み物もビールと焼酎だけで飲み放題にすれば良かったっすね、ピッチャーと水と氷置いときゃみんな勝手に飲むし……、と言って笑っていた。
そのパーティの翌日だった。
俺が前日の疲れを引きづりながら、いつものようにカウンターの中で開店前の支度をしていると、ステージの床を拭いていた美樹が不意に言った。
できたの……
それは小さかったが、はっきりと俺の耳に届いた。
唐突ではあったので一瞬わけが分からなくなったが、すぐにその意味は理解した。
俺がカウンターを見下ろしたまま何も言えずにいると、美樹も応えを待って黙っていた。
何と言うべきか……
答えは決まっていた。
しかし、それをどう伝えるか……
俺はそれを色々な言い方やかたちにして、頭の中で反芻した。
俺には美樹と結婚する意志など全くなかった。
それどころか、俺はいつからか、この甲斐甲斐しいといった感じで働き、まるで自分がこの店を切り盛りしているかのように接客する美樹を、疎ましく思うことさえあった。
実際、パーティでも何人かの客が、もうこの店は美樹ちゃんがいないと成り立たないね、などと言っているのが聞こえていた。
冗談じゃない。
この店は俺の店だ。
やっと築いた俺の城だ。
俺がこの城の主だ。
だが、まだまだだ。
俺はこの小さな城の城主だけで終わる気はない。
まだこれからなんだ。
それをこの女は邪魔する気か?
冗談じゃない、冗談じゃない、冗談じゃない――
× × ×
この頃、俺には美樹の他にもつきあっている女がいた。
店の客で、まだ二十歳になったばかりの芹香という女だ。
この女は何にでも関心を示し、少し金をかければ喜ぶので面白かった。
芹香は、俺と美樹の仲は知っていたが、美樹とは別れる準備をしている、とほのめかせば特に文句など言わず、しつこく言及してくることもなかった。
この頃だった。
この芹香という女にすすめられて、俺は中古のレクサスを買った。
芹香には、男は車を所有しているもの、という意味不明な固定観念があった。
よくよく聞いてみると、どうやら車好きの父親の影響らしかった。
俺は車に興味がなかったので、聞いたことがあるようなという程度だったのだが、セリカという名前もひと昔前にあった車の名前だった。
その車のことを知り、彼女のフルネームである豊田芹香という、どこか微妙な命名をした彼女の父親が良くも悪くも気にはなった。
そんな芹香が、兄が中古車販売店で働いているからサービスできる、と言って車の購入をすすめてきた。
俺は興味もなければ必要性も感じていなかったので最初は聞き流していた。
しかし、それは何度か繰り返され、そのうち彼女の機嫌は悪くなり、次第に連絡しても無視され、しまいには店にも来なくなった。
俺は恋しさに負けて芹香に連絡した。
車、買うよ……
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
夜の動物園の異変 ~見えない来園者~
メイナ
ミステリー
夜の動物園で起こる不可解な事件。
飼育員・えまは「動物の声を聞く力」を持っていた。
ある夜、動物たちが一斉に怯え、こう囁いた——
「そこに、"何か"がいる……。」
科学者・水原透子と共に、"見えざる来園者"の正体を探る。
これは幽霊なのか、それとも——?

【完結】共生
ひなこ
ミステリー
高校生の少女・三崎有紗(みさき・ありさ)はアナウンサーである母・優子(ゆうこ)が若い頃に歌手だったことを封印し、また歌うことも嫌うのを不審に思っていた。
ある日有紗の歌声のせいで、優子に異変が起こる。
隠された母の過去が、二十年の時を経て明らかになる?
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
百物語 厄災
嵐山ノキ
ホラー
怪談の百物語です。一話一話は長くありませんのでお好きなときにお読みください。渾身の仕掛けも盛り込んでおり、最後まで読むと驚くべき何かが提示されます。
小説家になろう、エブリスタにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる