浮かんだノイズ

吉良朗(キラアキラ)

文字の大きさ
上 下
12 / 32

第12話 アコギ事件

しおりを挟む
 麻衣のその不服そうな顔を見て、俺は慌てて取りつくろった。
「いや、あの……プロになれないからとか、ならない奴、なりたくない奴、そういうのも全部、才能ないって決めつけちゃっているうちはダメだってことね。だってその時点で、プロになってない自分を才能ないって認めてるってことでしょ」

「なんか、難しいな……」
 そう言うと、麻衣はカクテルの入ったグラスに口をつけた。

 俺は何かいいことを言ったような気がしたので満足して話題を変えた。
「でもさ、麻衣ちゃん、このままどうするの?」
「え? 何がです?」
 麻衣は大きなひとみをした目を見開いてこちらを見た。
「麻衣ちゃんだって、考えはするでしょう。ほら結婚とか」
「ああ、まぁ……考えないわけじゃないけど」
 麻衣は、視線を手元のグラスに落とし、何か物思うようにグラスを傾けた。

「あいつじゃ無理でしょう。夢ばっかで、うちのバイトも、時給安いっすよぉ、とか言ってるし。だったらちゃんと満足のいく給料もらえる仕事探しゃいいんだよ」
「でも。口ではそう言ってたかもしれないけど、わたしには、マスターに感謝してる、って言ってましたよ」
「えー、そうなの? でも、まぁ、そりゃそうだよなぁ。あいつの能力からすれば、俺としては奮発ふんぱつしてんだから。麻衣ちゃんがあいつの彼女じゃなかったら、とっくに他のやつやとってるよ」
「そうなんですか? じゃあ、わたし感謝してもらわないとですね」

 そろそろ木村が戻ってくるだろうと思った俺は意を決し、身を乗り出して麻衣を見つめた。
「このまま、木村といても麻衣ちゃん幸せになれないよ。あいつ、才能ないし。人生終わっちゃうよ。それよりさ、俺とかどう?」
 俺は冗談っぽく言ったが、頭の中では麻衣の一糸纏いっしまとわぬ姿を想像していた。

 麻衣は少し驚いたような顔をして俺を見上げると、そのまま俺の斜め後ろのフォトフレームの方を一瞥いちべつした。

 木村の声が聞こえてきた。
「またペーパータオルすげえ使ってる奴いるんだけど……ったく」

 俺は、麻衣から視線をらした。

 戻ってきた木村は舌打ちした。
「ちょー分厚ぶあつくなってんのがゴミ箱にあった。ホントどいつだよ」

「おい」
 俺が麻衣の正面からずれながら、口をつつしめ、というように木村をにらむと、木村は少しおどけたように肩をすくめた。

 俺はわざとあきれたような顔を作り、ラックを振り返って酒瓶さかびんを並べ直すふりをした。
 その時、ふとフォトフレームが気になり、無意識にそちらを見ると、写真の中の美樹と目が合ったので俺はすぐに視線を外した。

 それから数時間後のことだった。
 バイトの時間を終えた木村が、そのまま麻衣と酒を飲み始めたのだが、酔っぱらった勢いで、ライブを終えて打ち上げがてらんでいた和田にからんだ。

 最初は和田も適当にあしらっていたのだが、木村は麻衣が止めるのも聞かずにしつこく絡んだため、しまいには喧嘩けんかになってしまった。
 そして、そのはずみで木村は和田の買ったばかりの40万円するギブソンのアコースティックギターを倒してしまい、ヒビが入ったネックの修理代を払うことになった。

 俺は木村をクビにしようかとも思ったが、修理代を立て替えてやり木村を雇い続けた。正直にいえば麻衣の関心をこうという下心からだった。
 もちろん、木村には毎月のバイト代から差し引いて少しづつ返済させた。

 この時、麻衣が立て替えてやろうと思えばできたはずなのにそれをせず、裕典ひろのりをしっかり働かせて反省させてください、と頼んできたことに俺は少し関心させられた。
 とはいえ、結局は麻衣がその分の生活費やデート代などをフォローしていたのだとは思うが。

 ちなみにこの事件があった夜以後、和田は俺の店でステージに立つどころか寄りつきもしなくなってしまった。

 結局、あの時の俺の誘いに対する麻衣からの返事は何も返ってくることはなかった。
 マスターとバイト、そしてその彼女、というそれまでとなんら変わりない関係のまま、この一年後、麻衣はこの世から去ってしまった。
 
 これが、開店して七年――去年の話だ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

リモート刑事 笹本翔

雨垂 一滴
ミステリー
 『リモート刑事 笹本翔』は、過去のトラウマと戦う一人の刑事が、リモート捜査で事件を解決していく、刑事ドラマです。  主人公の笹本翔は、かつて警察組織の中でトップクラスの捜査官でしたが、ある事件で仲間を失い、自身も重傷を負ったことで、外出恐怖症(アゴラフォビア)に陥り、現場に出ることができなくなってしまいます。  それでも、彼の卓越した分析力と冷静な判断力は衰えず、リモートで捜査指示を出しながら、次々と難事件を解決していきます。  物語の鍵を握るのは、翔の若き相棒・竹内優斗。熱血漢で行動力に満ちた優斗と、過去の傷を抱えながらも冷静に捜査を指揮する翔。二人の対照的なキャラクターが織りなすバディストーリーです。  翔は果たして過去のトラウマを克服し、再び現場に立つことができるのか?  翔と優斗が数々の難事件に挑戦します!

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

ARIA(アリア)

残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……

【一話完結】3分で読める背筋の凍る怖い話

冬一こもる
ホラー
本当に怖いのはありそうな恐怖。日常に潜むあり得る恐怖。 読者の日常に不安の種を植え付けます。 きっといつか不安の花は開く。

処理中です...