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第7話 空席に呟く女

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 よりによって、死んだ彼女の写真を忘れるか?――

 俺はあきれながら視線をずらしたのだが、ふと女が木村を見つめているのが視界に入った。
 その目には少し怒りのような、さげすむような、そんな不快感が浮かんでいるように見えた。

 俺の視線に気づいたのか、女がこちらを見たが、俺と目が合うとあわてて手元のグラスに視線を落としアップルジュースを一口飲むと、再びスマホを操作し始めた。

 この女は、木村を知っている……? きっと木村に用があってここに来たのだ。
 俺はそう思った。
 しかし、木村の方は女のことは知らないようすだった。

 いったいこの女、誰なんだろうか……?

 俺は、彼女の反応から何か情報を得ようと、木村と会話を続けることにした。
「でも、田舎いなか帰ってどうすんの?」
「まぁ、しばらくは実家の農業の手伝いでもしますよ」
「本当にそれでいいのか?」
 これは純粋に俺の思うところで、本当にあきらめられるのか? という、少しシニカルな意味も含んでいた。

「もう、応援してくれる人もいないですから……」
 そう言った木村の表情は笑いながらもどこかさみしげだった。

 ふいに女が何かつぶやいた。
 一応できますけど……、そんなふうに聞こえた。
 女の方を見たが、あいかわらずスマホに夢中だった。
 きっと独り言だったのだろう。

 木村に視線を戻した。
 どうやら木村には女が呟いたのが聞こえなかったらしく、会話の途中で急に女の方を見た俺を不思議そうな目で見ていた。

 視界の隅で女が、ハッと顔を上げたので、俺は反射的に再び女の方を見た。
 俺と目が合うと女は慌てて自分の口に軽く手をあてた。
「あ、わたし……なんか独り言を……すみません」
 女は少し恥ずかしそうに、しまった、というような表情をしていた。

 俺が軽く微笑ほほえみ返すと、そこへ急に木村が割って入った。
「え? なになに? 君、ここ初めてだよね? 学生?」

 すると、女は少し困ったような顔をして、自分の隣、つまり木村と自分の間の誰もいない空間を何故なぜか確認するように見た。

 女に代わって俺が答えた。
「大学生だってさ。すぐそこの……」
 俺はドアの方角へ頭を振った。

「へー、あー……そうなんだ。あの大学、頭いいんでしょ?」
 木村は本気で関心したようすで頭の悪い質問をした。

「あー、いいえ、そんなことは……」
「え、このへんに住んでるの?」
 木村にかれると、女は再び困ったような表情で隣の誰もいない空間にちらりと視線を送った。
 
 女が返事をしないでいると木村が何か言おうとしたので、俺は止めた。
「おい、ちょっと木村……」

 木村は俺の方を見ると、次の言葉を待つようにキョトンとして俺を見つめた。
 俺の意をむ様子の全くない木村に以前は苛立ったものだが、今ではもう慣れていたし、多少キツめに注意してもへこたれない神経の持ち主なのは気楽でもあった。
「おい、失礼だぞ」
「あーそっか、そっか、あー、すみません」
 木村がそう言ってあやまったのとほぼ同時だった。

 女がまた自分の隣の空間に向かって小さく呟いた。
「大丈夫ですよ。タイプじゃないんで……」
 かすかにだが確かにそう聞こえたように思う。

 木村にもこの呟きは聞こえたようで、呆気あっけにとられていた。
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