なにものでもないぼくたちへ

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自分の為に

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「図書館、見えたよ」

 最寄駅を越えたところにある図書館に二人で入る。朝川さんがマスクを外した。なるほど、外ではマスクをしていない方が目立たないのか。

 この図書館は本を読む場所以外に勉強スペースがある。受験前に見学した時に見つけた。今の時代、わざわざ図書館で勉強しないのか、利用者はかなり少ない。今日も同じ制服の人は一組しかいなかった。これなら集中できそう。

「教科書全部持ってきた?」
「学校に置いてあったのは」
「じゃあ、やろっか」

 静かにしないといけない場所なので、一緒にあれこれ言い合いながらやるのではなく、それぞれ別の教科を黙々と始めた。つまらない勉強も、外で誰かとやるとなんとなくやる気が湧いてくる。

 僕は数学、朝川さんは英語を始めた。暗記教科は家でやればいいけど、数学は問題を解く時集中力が必要だから、気を張った場所でやった方がいい気がして。

 数学かぁ。まだ一年だから全教科やってるけど、二年に上がる頃には文系理系に分かれるんだよね。どっちがいいのかまだ決めかねている。

 どちらが得意かで決める人もいるけど、僕はどちらを学びたいかで決めたいから、どの教科もある程度はやっておかないと。

 大学進学希望だから、公立か私立かも決めないと。受験が終わったばかりなのに、もう選択しないといけないなんて、高校生は忙しすぎる。

 朝川さんは決めてるのかな。そもそも、進学希望だろうか。メイクやファッションに詳しいから、そちらに行くとか。芯を持った人だから、自分の将来もしっかり見据えていそう。

 僕もまだ子どもだからと見ない振りをしないで、将来何になりたいのか考えよう。

 一時間近くして、朝川さんの手が止まった。僕の手は国語に移っていた。よかった、そろそろ喉が渇いていたところだったんだ。

「今日はこのくらいにしようか」
「ね、結構疲れちゃった」

 僕が提案すると、すぐに朝川さんも頷いた。

 本当は疲れた頭を休めるためにファストフードに入りたいところだけど、テスト前なので自販機のジュースで我慢することになった。

「テストどう?」
「うう~ん、いちおう範囲は一周したけど、覚えきれてないところがあるからまだいまいち」

 一週間前からテスト勉強はしているけれど、良い点を取れる自信が無い。中間で半分より上にはなれたけど、希望としてはあと少し上を目指したいところ。

 中学の時は常に上位にはいられても、同じような偏差値の人が集まる高校だとやっぱり違う。

「朝川さんは?」
「同じ感じ。でも、明日までやればなんとか」
「おお、すごい」

 朝川さんって勉強できるんだ。個人順位は配布されるけど、全体順位は発表されないから、自分以外がどのあたりにいるのか全然知らないや。

「じゃあね」

 駅で別れる。

 ほどほどに混んだ車内でぼんやり窓を眺めていたら、隣にお兄さんが立った。いや、体格的にお姉さんかも。

 黒髪ツーブロックのポニーテール。黒い細身のパンツが格好良い。

 唄さんよりは上そう。大人になっても好きな恰好ができるって素敵だ。

 そうだよね。誰かの為にじゃなくて、自分の為に着るんだ。TPOをわきまえていれば、好きな恰好をしたっていい。

 それが未だに怖いのは、周りの反応が分からないから。

 好きな恰好をしていいはずなのに、自分じゃない誰かが自分を評価する。それを素通りできるまでには至っていない。僕はよわよわだ。朝川さんはどうやって克服したのだろう。

 もしかして、もともと気にしないのかな。それだったら羨ましい。いちいち気にしているのは体にも精神的にも悪いから。

──遊びに行く場所、どこにしよう。

 すぐに解決しないことよりも、楽しいことを考えることにした。

 遊ぼうってことは、どっか行きたいのかも。前は家だったし、初めての時みたいにショッピングもいい。今度は僕も何か買い物……ああ、お金が無いんだった。買えても雑貨かなぁ。

 やっぱりバイトしよう。うちの高校はバイトOKだし、二年になるまでは受験勉強をする予定も無い。
 となると、短期アルバイトがいい。夏休みとか、土日だけのとか、いろいろ調べてみよう。

 朝川さんはどうやって服代捻出しているのだろう。次遊ぶ時聞いてみよう。バイトしていたりして。朝川さんのバイト姿か、なかなか想像がつかないや。
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