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彼女
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月曜日、僕は入学初日のような気分で登校していた。校門を通ったところで朝川さんの背中を見つける。彼女とは前から昇降口で会うことがあったので、きっと登校時間が似ているんだろう。
「おはよう、朝川さん」
「あ、おはよ」
若干浮ついた声で話しかけると、そっけない声色が返ってきた。
「どうかした?」
「人がいるところで私と話しかけたら、頼田君も変に思われるよ」
「朝川さんは変じゃないよ」
僕がそう答えると、朝川さんは目を真ん丸にさせた。そのあと、目を細くさせて言う。
「ありがとう」
マスクの下もきっと優しい顔をしているのだろう。これを知っている生徒は僕以外にいないかもしれない。
階段を二人で上っていたら、上から先生が下りてきた。見たことあるけど名前は知らない。
「お早う御座います」
「おはよう」
挨拶をすると、少し厳しそうな声が返ってきた。先生がちらりと朝川さんを見遣る。朝川さんは挨拶をせず、目も合わせずにすれ違った。
──どうしたんだろう。
「もう行った? 中井先生」
「中井? ああ、うん。もう見えないよ」
今のが中井先生という名前なのを初めて知った。朝川さんが長い息を吐く。
「どうかした?」
「ううん、ちょっと苦手だから」
「なるほど」
たしかに、怖そう。僕は声が大きくないし優柔不断なところがあるから、ああいう先生がうちのクラス担当だったら苛々させそうだ。
「真琴~」
「わっ」
後ろから壮介に肩を叩かれてびっくりした。全然気が付かなかった。
「おはよう!」
「おはよ」
「えと、朝川さんも」
「……おはよう」
壮介が一瞬間を置いて挨拶をして、朝川さんもなんだか気まずそうに挨拶を返した。本名一瞬出てこなかったんだろ、壮介。でも、ちゃんと呼べててえらい。
うわ、なんかすごい僕に向かって瞬きしてくる。もしかして勘違いしてる?
「私、行くね」
「うん」
空気を呼んだ、というかたぶんこの場にいたくなくて朝川さんが行ってしまった。僕と壮介が残される。つまり、このあとはきっと。
「おいい~、なんだよ」
「違うって」
腕を肘でつつかれる。本当に違うんだって。壮介はまだにやにやしている。
「いつ仲良くなったん」
「仲良く、ていうか友だちだから。学校帰りにたまたま会って話すようになったんだ。壮介が思ってるようなことはないから」
「ええ~、そうなの? まあ、お前が嘘吐くことはないだろうから、違うのか」
あっさり引いてくれてほっとした。こういう後を引かない性格好きだよ。
「俺も彼女欲しい~」
「僕も彼女いないって」
「あ、そっか。とりあえず欲しい~好きな子いないけど」
「いないのに言うんだ」
僕は心の中でわりと衝撃を受けていた。誰かと付き合うって、好きな人がいて、告白して、もしくは告白されて付き合うのかと思っていた。
好きな人がいなくても思っていいんだ。というか、思うんだ。
「真琴は欲しくない?」
「今は特に」
「大人だなぁ」
大人ってなんだろうと考えていたら教室に着いていた。クラスメイトの青井尚が手を振る。
「おはよう」
「おはよ。今日早いね」
「早起きできたから」
尚は茶道部に入っていて、壮介とは正反対のとても大人しい性格だ。茶道も週に二回しか活動しなくて楽だから入っただけらしい。お父さんに部活何かしら入れと言われたとか。
わりと背が高くて筋肉質だから運動部に入ったらいいと勧められていたけど、本人曰く運動が苦手なので難しいみたいだ。
「青井君、頼田君おはよ~」
「おはよう」
女子たちが挨拶をしてきた。そのうちの一人が尚を見つめながら自分の席に座った。おお、分かりやすい。
「なんだよ、青井ばっかり。つか、俺におはようはねぇの?」
「尚の影で見えなかっただけだよ」
「そうだと信じたい!」
全力で悔しがってる壮介が微笑ましい。
たしかに、尚はモテる。本人は否定してるけど、入学早々違うクラスの女子に告白されたって聞いた。僕は女子から話しかけられはするけど、高校入ってから告白されたことはない。嫌われてはいないけど、友だちは越えないって感じ。
異性として見られないのは良いのか悪いのか。とりあえず、今のところ僕も好きな人はいないので、トラブルに巻き込まれない点を考えれば良いことかな。
「そういえば、真琴は水曜日暇? もし時間あるならちょっと付き合ってほしいんだけど」
「部活無いから平気だよ」
「俺は?」
「部活あるじゃん」
「そうでした」
壮介ががははと笑う。自分が誘われない場でもこういう風に明るく返せるから、壮介には友だちが多い。僕だったら、一人除け者にされた気分になって、勝手に傷付くだろう。何か理由があるのかもしれないのに。
きっと僕は不器用ってやつなんだろう。それを理解したところですぐに直せるわけでもない。結局、この不器用と折り合いをつけていくしかない。それを含めて自分を好きになれるといいけど、不器用がそう上手くはいかないわけで。
「おはよう、朝川さん」
「あ、おはよ」
若干浮ついた声で話しかけると、そっけない声色が返ってきた。
「どうかした?」
「人がいるところで私と話しかけたら、頼田君も変に思われるよ」
「朝川さんは変じゃないよ」
僕がそう答えると、朝川さんは目を真ん丸にさせた。そのあと、目を細くさせて言う。
「ありがとう」
マスクの下もきっと優しい顔をしているのだろう。これを知っている生徒は僕以外にいないかもしれない。
階段を二人で上っていたら、上から先生が下りてきた。見たことあるけど名前は知らない。
「お早う御座います」
「おはよう」
挨拶をすると、少し厳しそうな声が返ってきた。先生がちらりと朝川さんを見遣る。朝川さんは挨拶をせず、目も合わせずにすれ違った。
──どうしたんだろう。
「もう行った? 中井先生」
「中井? ああ、うん。もう見えないよ」
今のが中井先生という名前なのを初めて知った。朝川さんが長い息を吐く。
「どうかした?」
「ううん、ちょっと苦手だから」
「なるほど」
たしかに、怖そう。僕は声が大きくないし優柔不断なところがあるから、ああいう先生がうちのクラス担当だったら苛々させそうだ。
「真琴~」
「わっ」
後ろから壮介に肩を叩かれてびっくりした。全然気が付かなかった。
「おはよう!」
「おはよ」
「えと、朝川さんも」
「……おはよう」
壮介が一瞬間を置いて挨拶をして、朝川さんもなんだか気まずそうに挨拶を返した。本名一瞬出てこなかったんだろ、壮介。でも、ちゃんと呼べててえらい。
うわ、なんかすごい僕に向かって瞬きしてくる。もしかして勘違いしてる?
「私、行くね」
「うん」
空気を呼んだ、というかたぶんこの場にいたくなくて朝川さんが行ってしまった。僕と壮介が残される。つまり、このあとはきっと。
「おいい~、なんだよ」
「違うって」
腕を肘でつつかれる。本当に違うんだって。壮介はまだにやにやしている。
「いつ仲良くなったん」
「仲良く、ていうか友だちだから。学校帰りにたまたま会って話すようになったんだ。壮介が思ってるようなことはないから」
「ええ~、そうなの? まあ、お前が嘘吐くことはないだろうから、違うのか」
あっさり引いてくれてほっとした。こういう後を引かない性格好きだよ。
「俺も彼女欲しい~」
「僕も彼女いないって」
「あ、そっか。とりあえず欲しい~好きな子いないけど」
「いないのに言うんだ」
僕は心の中でわりと衝撃を受けていた。誰かと付き合うって、好きな人がいて、告白して、もしくは告白されて付き合うのかと思っていた。
好きな人がいなくても思っていいんだ。というか、思うんだ。
「真琴は欲しくない?」
「今は特に」
「大人だなぁ」
大人ってなんだろうと考えていたら教室に着いていた。クラスメイトの青井尚が手を振る。
「おはよう」
「おはよ。今日早いね」
「早起きできたから」
尚は茶道部に入っていて、壮介とは正反対のとても大人しい性格だ。茶道も週に二回しか活動しなくて楽だから入っただけらしい。お父さんに部活何かしら入れと言われたとか。
わりと背が高くて筋肉質だから運動部に入ったらいいと勧められていたけど、本人曰く運動が苦手なので難しいみたいだ。
「青井君、頼田君おはよ~」
「おはよう」
女子たちが挨拶をしてきた。そのうちの一人が尚を見つめながら自分の席に座った。おお、分かりやすい。
「なんだよ、青井ばっかり。つか、俺におはようはねぇの?」
「尚の影で見えなかっただけだよ」
「そうだと信じたい!」
全力で悔しがってる壮介が微笑ましい。
たしかに、尚はモテる。本人は否定してるけど、入学早々違うクラスの女子に告白されたって聞いた。僕は女子から話しかけられはするけど、高校入ってから告白されたことはない。嫌われてはいないけど、友だちは越えないって感じ。
異性として見られないのは良いのか悪いのか。とりあえず、今のところ僕も好きな人はいないので、トラブルに巻き込まれない点を考えれば良いことかな。
「そういえば、真琴は水曜日暇? もし時間あるならちょっと付き合ってほしいんだけど」
「部活無いから平気だよ」
「俺は?」
「部活あるじゃん」
「そうでした」
壮介ががははと笑う。自分が誘われない場でもこういう風に明るく返せるから、壮介には友だちが多い。僕だったら、一人除け者にされた気分になって、勝手に傷付くだろう。何か理由があるのかもしれないのに。
きっと僕は不器用ってやつなんだろう。それを理解したところですぐに直せるわけでもない。結局、この不器用と折り合いをつけていくしかない。それを含めて自分を好きになれるといいけど、不器用がそう上手くはいかないわけで。
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