なにものでもないぼくたちへ

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買い物

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「あ、すみません」

 薬局で買い物をしていたら、角から男の人が出てきてぶつかりそうになってしまった。謝ると、会釈をされた。スーツ着てるからサラリーマンかな。土曜日だけど、社会人って大変だ。

 とりあえず、このカゴの中をさっさと会計して袋に入れないと。お菓子とか目薬もカゴにあるし、メイク用品も家族のおつかいだと思われるかもしれないけど、どう思われているのか分からないから。不安要素は早く無くしたい。

 セルフレジに行くと、二人並んでいた。最後尾に付く。すると、何かのエラーでお客さんが困っているところだった。

「すみませーん」

 お客さんが呼ぶと、品出しをしていた店員さんが近づいて対応する。もしかしてこれ、時間がかかるやつかもしれない。時間はあるからここで待っていてもいいけど、ずっと待っているのは逆に目立つ。

──仕方ない。有人レジに行くか……。

 正直気乗りはしない。でも、カゴをずっと持っているより、このお店から出ることの方が賢明だと思う。

 レジは一台。店員さんはお母さんくらいの世代の女性。選択の余地無し。よし、行くぞ。

 そっとセルフレジの列から抜けて有人レジへ。おばあさんが会計しているところで、後ろにはいない。これならすぐ終わりそう。

 僕が並び直すと、後ろにすぐお客さんが並んだ。さっきぶつかりそうになったサラリーマンだ。気まずい。いや、別にぶつかったわけじゃないし気にすることない。

「ポイントカードはお持ちですか?」
「ああ、はいはい。ポイントカードね」

 黙って待っていたら、おばあさんがお財布を広げてカードを探し始めた。いきなり言われると準備出来てなくて焦るよね。ゆっくり探してください。

 無事カードが見つかって店員さんに渡す。その後、現金で支払うらしく、小銭をゆっくりトレーに置いた。

「おせぇな」

 ふいに、そんな声が真後ろから届いた。サラリーマンだ。急いでいるのかな。おばあさんに聞こえてないといいけど。

「早くしてください」

 僕が勝手に心配していたら、今度は聞こえるように話しかけだした。うそ、直接言っちゃうんだ。店員さんに言ったのかお客さんに言ったのか、両方かもしれない。

「申し訳ありません」

 店員さんが一言謝る。これだとサラリーマンの言い分を認めたことになるから、つまりおばあさんの遅さを認めたことになってしまう。おばあさんも少し慌てて小銭を出し終わる。

「九百八十二円、ちょうどお預かりいたします。有難う御座います」

 レシートを受け取ったおばあさんが、商品を入れてもらったエコバッグを慌ててレジを後にする。

「はぁ、まったく。ねぇ?」

 思わず後ろを向いた。目が合う。これ、僕に言っているんだよね。同意を求めているってことだよね。いやいやいや。

「すぐ終わらせるので」
「平気だよ。君くらいなら速いでしょう」

 明らかに年齢で線を引いている感じが心に靄を作る。仲間だと思われたくなくて、僕は返事をすることなくレジにカゴを差し出した。

 幸か不幸か、カゴの中身は気にならなかった。支払いを電子でさっと済ませる。カゴを持ってレジ横の台で手早くエコバッグに商品を入れて店を出た。途端、心臓が速くなる。

「ああ、びっくりした」

 歩きながら思わず胸を押さえる。慣れないものを買うことに緊張していたはずなのに、急なアクシデントで吹っ飛んでしまった。

「おばあさん、小走りだったけど転んだりしてないかな」

 辺りを見回してもおばあさんの姿は無い。多分、無事この場から去ったってことだ。

 それにしても、あのサラリーマンは怖かった。大声で凄んだわけでも、強そうな見た目でもなかったけど、威圧的な物の言い方だった。

 何か事情があって急いでいたとしても、それを他人に強要するのは良くない。おばあさんだって、僕たちより少しゆっくりだっただけですごく遅かったわけじゃない。

 そんなことを考えていたら、例の人が僕を追い越していった。歩くの速い。あ、ビル入った。やっぱり休日出勤か。

 何気なくビルに入っている会社一覧の看板を見る。うわ、聞いたことある会社ばっかり。ビル自体も大きい駅近くにある高層ビルだから当然か。

 休日出勤してるくらいだからきっと正社員だよね。立派に働いているのすごい。僕も大人になったらちゃんと働いていかれるかな。正直、将来どうなりたいのか明確な目標が無いから、焦る気持ちは少しある。

 高校一年だからまだまだ先の話だけど、資格がいるものだったり専門職だと大学選択をしっかりしないといけないし。そもそも、文系理系も決まっていない。どちらもある程度出来るから、どっちに行きたいかすら分からない。自分自身のことだから、自分で決めないといけないのに。

 どんな恰好をしたいのか、それを人に言えないことも、将来のことも、どっちつかずの自分が嫌になる。
 頬を軽く叩いて前を向く。こんなところでうじうじ悩んだって何も始まらない。今日はせっかくメイク用品を買ったんだ。一歩前進だと思おう。

 ビルを通り過ぎて電車に乗る。寄り道をせず真っすぐ家に帰ってすぐ自室に飛び込んだ。

「おかえり~」
「ただいま!」

 一階からお母さんの声がする。ただいますら言っていないことに気が付いた。誰かが部屋に来る前に、引き出しの中にメイク用品を入れて鍵を掛けた。

「ふぅ……」

 ようやく一息吐けた。目を瞑って上を向いてゆっくり息を吸って吐く。五月蠅かった心臓も落ち着いた。引き出しを撫でてみる。

「ついに買っちゃった。アイシャドーとアイライナーだけだけど、手持ちのリップと合わせればそれなりになるかも」

 見つからないように仕舞ったばかりだけど、手元にあると思うと試したくもなる。お父さんとお母さんが出かける時ってないかな。一緒に買い物行くとか。僕も誘われるか。宿題あるって断ればいけそう。

 コンコン。

 どきっとした。ドアをノックされた。タイミングがすごすぎる。

「なに?」
「夜ご飯外で食べることになったけど、何時に出る?」
「夜ご飯?」

 うわぁ、まかさの買い物じゃなくて夕食のお誘いだった。これを断ると不自然だよね。困ったなぁ。あ。

「ごめん。宿題終わってないとこあるから家で食べる。何か残ってる?」

「そう。なら、冷蔵庫に昨日のご飯ラップで包んであるから、それと冷凍庫にある作り置きのおかず何か食べて」

「分かった」

 お母さんの足音が遠くなる。

「はぁ~……緊張した」

 宿題が残っていたのは本当だ。嘘は吐いていない。でも、本音を隠して会話をするのはこんなに焦ることだと理解した。

「でも、これで一時間以上一人の時間が出来た」

 一時間あれば、アイメイクくらい何度か試せるはず。僕は高揚した。
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