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貴族に出世

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 すでに姿を消した仙のことを恨めしくも有難くも思う。なんだかんだ言って優しいところがあるのだ。

 歴史的に価値のある貨幣を握り締め、清仁ははじめてのおかいものに繰り出した。

「何買おうかなぁ。さっきの通りはまたあの店員さんに話しかけられるから止めておこ。油いるのか知らないし」

 それに、もらったお小遣いでどれくらい買い物が出来るのかも謎だ。万が一足りなかったら、清麻呂の親戚(仮)として申し訳ないことになる。

──まあ、清麻呂さんの親戚ってバレなければ大丈夫か。

「聞いてくれるか店主。私の息子が式部省で働いているんだが、これが真面目な男で」
「はあ、そうですか。立派な御子息ですね」
「そうだろうそうだろう」

 歩いていたら、よくある客の長話が耳に入ってきた。世間話として楽しむのはいいと思う。店側もそういう付き合いで常連客を作るのだろう。しかしそれも度が過ぎれば、次に来るはずだった客を失うことになる。
 延々続く話で店主に同情した清仁がそちらを見遣る。清麻呂が立っていた。

「清麻呂さんかい!」

 思わずツッコんでしまい、清麻呂が清仁に気が付いた。

「おお、清仁! ちょうど良いところに」
「俺は良くなさそうです」

 手を引かれ、店主の元に連れて行かれる。

──あ、これ、俺のこと紹介してまた長くなるやつだ。

 一瞬で悟った清仁は、逆に清麻呂を引っ張った。

「こっち来てください。聞きたいことがあるので。お話のところすみません、この辺で失礼します」
「いえ、また是非どうぞ」

 晴れやかに手を振る店主。やはり少なからず煩わしく思っていたらしい。

「どうした。お前が私に聞きたいこととは珍しい」

 普段国守宅に住んでおり、清麻呂といったら散歩相手くらいにしか思っていない清仁から久しぶりに頼られて、嬉しくなった清麻呂が急いてくる。清仁が仙からもらった袋を見せる。

「国守さんの式神にお小遣いもらったんですけど、この時代の貨幣の価値が分からなくて。これでどのくらい買えますか?」

 そう言うと、清麻呂が吹き出した。

「お前……式神にお小遣いを……大の大人が」
「もう結構ですさよなら」
「待って。ちょっとしたごとではないかッ」

 慌てた清麻呂が清仁の服を両手で掴む。本気なのか、服が乱れてしまった。着崩れて戻せなくなったら大変だ。まだ一人で着られないのに。

「分かったから離してください」
「冷たくしないでおくれ」
「思春期の娘を持つ父親か」

 若干うんざりしつつも、清仁が再度問いかける。

「それで、どれくらいですか」
「うん、そうだった。これか……一人なら一日分の食事くらいにはなるのではないか」
「へえ、意外。有難う御座います」

 てっきり駄菓子程度の金額かと思ったが、現代で言えば二、三千円の価値はあるかもしれない。貴族の清麻呂が一日分と言っているのだから、さすがに千円ということはないだろう。

「買い物してこよ。いってきます」
「よし、行こう」
「はい?」

 当然のように付いてくる清麻呂を避けようとしたが、質問をしたのがこちらなので強く言えず、結局二人で買い物することになった。服が同じためなおさら親子感が出て、実の親とも一緒に買い物など十年していなくて帰りたくなった。
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