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貴族に出世

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 初めておはぎの愛らしさを言葉にしてもらえたのが青年だったのが少々引っかかるが、今までのことは一旦忘れておはぎのどこが可愛いか話し合いたくなった。

「おはぎ様とおっしゃるのですね。摩訶不思議な、今日まで聞いたことのないお名前と存じます。人間界とは一線を画すような、しかしとても素敵な響きで御座います」
「良いこと言うね。ありがとう」
「恐縮です」

 ここで盛り上がってもいいが、貴族が井戸端会議をしてもおかしくないだろうか。すると、青年から助け船を出された。

「神の君……あの、もし宜しければ、もう少しお話をしたいので私の家にいらっしゃいませんか」
「ほんと? 行──」

 誘いに乗ろうとしたところで、後ろから禍々しいオーラが漂ってきた。青年の顔を見ると、せっかく顔色が良くなってきたというのに、初日に逆戻りしていた。

「ひぃ……ッそ、そちらも御使いで……?」
「え、あ……狐さんですか」

 振り向くと、予想通りの相手がいた。何故か人型のまま。

「帰る」
「えー……ごめんね。俺も話したいけど、また今度ということで」
「とんでも御座いません。底辺と言葉を交わしてくださっただけで満足です」

 相変わらず自己肯定感最悪の青年は、それでも気を張って微笑みながらそう言ってくれた。途中まで送ると申し出たが、迎えがあると言って歩いていった。そして、ずっと停まっていた牛車に乗り込んだ。

「あれってあの子の車だったんだ!?」

 清仁の呼吸が乱れる。貴族だとは知っていたが、あの様子ではかなり上の位ではなかろうか。国守より上、清麻呂並かもしれない。横にいる狐が呆れた息を吐く。

「知らずに話していたのか。阿呆め」
「へぇ~、良いとこの子なんだな。そういえば、あの子、おはぎちゃんのことが視えたんですよ」
「たまにいる。我は今は人間の姿だから、誰にでも見えるが」
「ほうほう」

 あやかしも人間に化けると見えるようになるらしい。それなら、こうして会話していても頭のおかしい人間だとは思われない。良いことを知った。

「そういえば、俺を呼びに来たのはなんでですか?」
「荷物持ちをしろ。買い物に行く」
「買い物!」

 清仁の目が光る。ここにやってきて、買い物をするのは初めてだ。

「俺も行くってことは、俺のこと信頼してるってことですか?」

 清仁は長岡では立派なニートなので、生活費は全て国守の給料で賄われている。それを預かっていいということはそういうことではなかろうか。狐が可哀想な子どもを見る目で言った。

「ただの荷物持ちだ」
「あ、はい」

 無言で狐についていく。あくまで清仁はカートでしかない。

──おお、人が増えてきた。

 今までは一人と一羽で適当に散歩していたので、市場がどこにあるかも知らなかった。市場が近づくにつれ人通りも多くなり、役人も庶民も入り混じって賑わっている。
 ともなると清仁の恰好は些か浮いており、下級役人とすれ違うたびに会釈されて少々気まずくなる。

「全く、不相応な恰好をしているから」
「何も言い返せません」

 言われたものをそのまま着ているだけなので、はっきり言って清仁に謝る義務は無いのだが、自分自身としても着るべきではないと思うところがあって強く言うことが出来ない。

 なるべく目立たないよう、狐と壁の間を歩く。狐は細身だが上背があるので、壁役としてはかなり優秀だ。

「狐さんって名前はなんて言うんですか」
「…………仙だ」
「仙さんって言うんですか。なんか妙な間がありましたね」

「お前にはあまり言いたくなかった。我の名が汚れそうで」
「そんなに俺嫌われてます?」

 仙とは良い関係を築けていると思っていたのでわりとショックだ。きっとパーソナルスペースが広いのだろう。そう思っておく。
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