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謎の石

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「助けてください。国守大先生様」
「もっと頭を擦りつけろ」
「ははぁ~~~~」
「良い気分だ」

 清仁は頭を床に何度も激突させながら、けらけらと笑う国守を心のうちで精一杯恨んだ。

「情けないのう。大の大人が霊の一人や二人」
「一人で怖いですけど!?」
「全然怖くないぞ。あんな小物」

「清麻呂さんが桓武天皇を呪っている悪霊だって言ってましたけど!?」
「五月蠅い」
「うるさくもなるッ!」

 ここは譲れない。己の命が掛かっている。国守の袴に縋りつき、足で頭を蹴られても決して離さなかった。

「はぁ……すまーとほんの厄を払えばいいのだな」
「国守様!」
「ほれ」

 何をしてくれるのかと期待したら、雑に護符を貼られた。カバーよりやや大きいところも嫌だ。

「え、これだけ?」
「小物だと言っただろう。それで十分」
「だって、桓武天皇のご家族亡くなってるんですよね」

 式神を従えているくらいなので国守の力は本物だと疑っていないが、さすがに護符一枚では不安になる。しかし、国守の返答はその斜め上をぶち破るものだった。

「あれは偶然が重なっただけだ。早良親王とはなんら関わりない」
「偶然!?」

 信じられない。信じられるわけがない。だって実際に天皇の近しい家族が次々不幸に見舞われ、天災も同時期に起きたと言っていた。しかも、早良親王が夢枕に立つという恐ろしいおまけ付き。それを偶然と片付けていいものだろうか。

「お前、天皇だけそうなったと思っているのではあるまいな」
「どういうことですか?」
「たとえば、病気に罹ったら死亡率は高い。伝染病なら尚更。皇后方がどんな病気だったかは知らないが、よほど丈夫な方でなければ寿命を全うする方が珍しいのだ」
「な、なるほど……」

 令和の物差しで考えていた。この時代はまだ医療が確立していない。若くして亡くなるのは皇族だって同じ。それがたまたま時期が重なった。そう考えれば簡単に祟りとは言えなくなる。

「川の氾濫は?」
「たまにある」

 そう断言されてしまえばもうそれまでだった。現代だってたまにある。天災なのだからそこは止められない。つまりはそういうことか。清仁はがっくり肩を落とした。

「で、なんであの人は化けて出てきてるんですか」
「怨みがあるから。しかしそれまで。私のような力がある者が霊になったならば分からんが」
「死んでも日本を祟らないでくださいね」
「はははは」
「怖」

 護符に包まれたスマートフォンを見遣る。この状態自体呪われている気もする。あんまりなので、畳んでケースの中に押し込んだ。

「早良親王ってどうしたらいなくなるんですか?」
「本人は呪っているつもりだろうから、気が済んだらいなくなるだろう」
「気が済んだらって」

――あの人、相当しつこそうだけど。

「ちなみに亡くなったのは八年前だ」
「全然気が済んでないじゃん!」
「私は護符で守られているから近づけない。霊力の弱いお前に憑いたのだ。よかったな、位の高い人物に好かれて」
「嫌味がすごい」

 そんな好かれ方、一生いらない。それにしても、呪う力が無いのに八年も現世を漂って生者に訴えかけるとは、なんたる精神力。

「俺からしてみれば、姿を現されるだけで嫌だから、呪われてるようなもんです」
「それは早良親王も喜ぶ」
「なんでだよ。俺関係無いよ!」

 早良親王からしてみると、桓武天皇を恨んで恨んで死んだのだから、祟りが成功した方がいいのかもしれないが、全くの他人である自分にまで及んでは堪ったものではない。

「桓武天皇は? 桓武天皇の枕元に立てばいいのでは?」
「あそこは天皇に頼まれて私が清めに清めているから、もう立てない」
「一番の当事者なのに!」
「私の霊力が素晴らしくて申し訳ない」

 全然申し訳なさそうな顔をしていなくて腹が立つ。しかし、国守も仕事を全うしただけなので責めることは出来ない。

「もういいや。とにかくスマホが無事なら」
「そうだ。そのくらい強くないと立派な男にはなれない」
「幽霊気にしないのって立派なのかなぁ」

 もうこれ以上掘り下げても仕方がない気がしてきた。スマートフォンを袖の中に仕舞う。気軽に取り出せるポケットが無くて不便だ。小ぶりの鞄も欲しい。

「それで、石はどこだ?」

 横の国守が良い笑顔で問うた。清仁は再度逃げ出した。
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