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時には曇天
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一つ上手くいくと、今までの自分が嘘のようにあちこちに連鎖していった。
どんな生活を送っていようとも、以前と全く同じ生活であっても、自分でも分かるくらい俺は変わった。病は気からと言うけれども、全てにおいてそうだと思う。自分がどこにいるかを理解しているか、自分をどの位置に見ているか、気の持ちようで明るくも暗くも変えられる。
荒田との関係も、翌日から拍子抜けする程いつも通りで、白昼夢でも見た気分だった。心うちで思うところはあるのかもしれないけれども、こちらも何も言うことはせず、良い距離を保ちながら先輩と後輩を続けた。このままだと、ある日突然他の誰かと結婚することになりましたと報告されそうな予感がする。それだったらちょっと寂しい。可愛がっていた妹がいつの間にか俺から離れていたのに似ている。あれは泣く。お兄ちゃん学校で話しかけてこないでと言われた日は眠れなかった。今も連絡先を知っているだけで、メッセージを送り合ったのは一年以上前だ。
「なるほど。では、次回の打合せで最終確認させて頂きます」
八代さんの助言がきっかけで受注した新しいキャラクターショーも順調で、来月百貨店の屋上で初回が実施されることになっている。当日、客として観に行ってみようか。驚かれるだろうが、きっと喜んでくれる。担当している人間の笑顔が見てみたいんだ。
打ち合わせの日をスケジュールに打ち込んでいると、フロア内の空気が一変した。
「何てことしてくれたんだ!」
突如、怒号が飛ぶ。つい最近までよくあんなことを言われていた。青鬼から発せられたそれに久しぶりだとパソコンの場面に思い馳せていると、次に返された言葉にどきりとする。
「すみません!」
声を聞いた瞬間立ち上がった。椅子が変な音を立てたが気にする暇も無く、一目散に二人の元へ走っていく。
声の主は、自分の教育担当だった。
「山本課長」まるで他人のような声が出た。
「高田、こいつどうにもならん。こんなんでちゃんと教育してるのか? 遊びに来てるんじゃないことを教えろ。高田の責任だぞ」青鬼がデスクを指でとんとん、何度も叩く。
「そんな! 高田さんは関係無いです」
「申し訳ありません!」
言い返そうとする荒田を遮って一も二も無く頭を下げる。横で不服とする後輩へのフォローは後回しだ。視線は床に落としたまま、右手で荒田の頭を掴み無理矢理下げさせる。青鬼は納得していない顔で、手を前後に動かして俺たちをデスクへ追い返した。
荒田の言い分は分かる。最初に謝っていたのだから、青鬼の勘違いではなく実際に荒田が悪かった。それを俺が後から来て、話を聞かないまま謝ったのも、青鬼が俺を叱ったのも気に入らないといったところか。ふてくされ頬を風船にする荒田の肩をぽんぽん叩く。
「もし、俺の指示が足りなくて荒田がミスしても、俺が知らないところでミスしても、結局俺のミスなんだ。それが教育担当の責任で、お前の責任だよ。今は二人で一人、ただの先輩って言っても後輩の不始末は俺の不始末。ああ怒鳴ってるだけの山本課長だって、いざとなれば営業課の責任を取らなきゃいけない。それが会社ってやつなんだよ。守らなきゃ皆好き放題だ、社会の一端で働くなら最低限のルールくらいは、な」
「すみませ、ん、でした」
くぐもった声に反省の色が乗る。それを聞いて、ずっと強張っていた肩がようやく緩んだ。
「分かったんならいい。悔しいなら、その気持ちを覚えてくれてたらいいさ。何故怒られたのか、理不尽に思うなら相手にぶつける前に自分自身に疑問を持て。腹を立てるのはそれからでも遅くないだろ?」
頭を撫でそうになって引っ込める。なんでだろう、すぐ手が伸びてしまうな。我慢しようとしたら、思いがけない声がした。
「撫でてもいいですよ。こういうの、相手が許可すればセクハラじゃないでしょ」
「あは、バレたか。それなら失礼してちょっとだけ」
下から「セットは崩さないでください」と注文が入ったので、本当に頭の先をそっと撫でるに留まった。撫でるというか、髪の毛の先に触れるというか。それでも荒田が満足そうな顔をしたのでよしとする。
「んで、何したの。またコピー詰まらせたか?」
「そんなんじゃないです! 借りてたUSBお返ししようとしたら、マグに沈ませちゃって」
「おいぃ、飲み物はなるべくキーボードから離せって言っただろ! バックアップは取ってあるだろうから、まあ後でもう一度謝って総務に新しいUSB支給してもらえば」
「それがそのぉ……山本課長が使ってらっしゃるの、会社のじゃなくてご自分で買ってきたものらしくて。総務部に使用許可申請もらったって言ってました」
眩暈がした。ダメになった物を見せてもらえば、支給用の地味な黒ではなくはっきりした真っ青な色だった。青鬼はここまで青なのか。いっそ病気か。わざわざ申請って。拘りが強すぎて全然共感出来ない。
「はぁ……じゃあ、今日の上がりに同じの買いに行くぞ」
「やった! 有難う御座います」
「礼を言うより、もう失敗すんなよ」
以前はしてもらうばかりだった。先輩として行動して初めて、付き合い方が見えてくる。自分が失敗した時、先輩に迷惑が掛かって申し訳なかったけれども、それは自分から先輩への反省であり、会社でどう生かしていけばいいか繋がっていなかった。
経験は財産だ。どんな些細なことでも、見聞きしただけでは足りないものが絶対にある。成功した方が良い、誰だって思う。
それでも、失敗の中にも成功はあるのだ。
どんな生活を送っていようとも、以前と全く同じ生活であっても、自分でも分かるくらい俺は変わった。病は気からと言うけれども、全てにおいてそうだと思う。自分がどこにいるかを理解しているか、自分をどの位置に見ているか、気の持ちようで明るくも暗くも変えられる。
荒田との関係も、翌日から拍子抜けする程いつも通りで、白昼夢でも見た気分だった。心うちで思うところはあるのかもしれないけれども、こちらも何も言うことはせず、良い距離を保ちながら先輩と後輩を続けた。このままだと、ある日突然他の誰かと結婚することになりましたと報告されそうな予感がする。それだったらちょっと寂しい。可愛がっていた妹がいつの間にか俺から離れていたのに似ている。あれは泣く。お兄ちゃん学校で話しかけてこないでと言われた日は眠れなかった。今も連絡先を知っているだけで、メッセージを送り合ったのは一年以上前だ。
「なるほど。では、次回の打合せで最終確認させて頂きます」
八代さんの助言がきっかけで受注した新しいキャラクターショーも順調で、来月百貨店の屋上で初回が実施されることになっている。当日、客として観に行ってみようか。驚かれるだろうが、きっと喜んでくれる。担当している人間の笑顔が見てみたいんだ。
打ち合わせの日をスケジュールに打ち込んでいると、フロア内の空気が一変した。
「何てことしてくれたんだ!」
突如、怒号が飛ぶ。つい最近までよくあんなことを言われていた。青鬼から発せられたそれに久しぶりだとパソコンの場面に思い馳せていると、次に返された言葉にどきりとする。
「すみません!」
声を聞いた瞬間立ち上がった。椅子が変な音を立てたが気にする暇も無く、一目散に二人の元へ走っていく。
声の主は、自分の教育担当だった。
「山本課長」まるで他人のような声が出た。
「高田、こいつどうにもならん。こんなんでちゃんと教育してるのか? 遊びに来てるんじゃないことを教えろ。高田の責任だぞ」青鬼がデスクを指でとんとん、何度も叩く。
「そんな! 高田さんは関係無いです」
「申し訳ありません!」
言い返そうとする荒田を遮って一も二も無く頭を下げる。横で不服とする後輩へのフォローは後回しだ。視線は床に落としたまま、右手で荒田の頭を掴み無理矢理下げさせる。青鬼は納得していない顔で、手を前後に動かして俺たちをデスクへ追い返した。
荒田の言い分は分かる。最初に謝っていたのだから、青鬼の勘違いではなく実際に荒田が悪かった。それを俺が後から来て、話を聞かないまま謝ったのも、青鬼が俺を叱ったのも気に入らないといったところか。ふてくされ頬を風船にする荒田の肩をぽんぽん叩く。
「もし、俺の指示が足りなくて荒田がミスしても、俺が知らないところでミスしても、結局俺のミスなんだ。それが教育担当の責任で、お前の責任だよ。今は二人で一人、ただの先輩って言っても後輩の不始末は俺の不始末。ああ怒鳴ってるだけの山本課長だって、いざとなれば営業課の責任を取らなきゃいけない。それが会社ってやつなんだよ。守らなきゃ皆好き放題だ、社会の一端で働くなら最低限のルールくらいは、な」
「すみませ、ん、でした」
くぐもった声に反省の色が乗る。それを聞いて、ずっと強張っていた肩がようやく緩んだ。
「分かったんならいい。悔しいなら、その気持ちを覚えてくれてたらいいさ。何故怒られたのか、理不尽に思うなら相手にぶつける前に自分自身に疑問を持て。腹を立てるのはそれからでも遅くないだろ?」
頭を撫でそうになって引っ込める。なんでだろう、すぐ手が伸びてしまうな。我慢しようとしたら、思いがけない声がした。
「撫でてもいいですよ。こういうの、相手が許可すればセクハラじゃないでしょ」
「あは、バレたか。それなら失礼してちょっとだけ」
下から「セットは崩さないでください」と注文が入ったので、本当に頭の先をそっと撫でるに留まった。撫でるというか、髪の毛の先に触れるというか。それでも荒田が満足そうな顔をしたのでよしとする。
「んで、何したの。またコピー詰まらせたか?」
「そんなんじゃないです! 借りてたUSBお返ししようとしたら、マグに沈ませちゃって」
「おいぃ、飲み物はなるべくキーボードから離せって言っただろ! バックアップは取ってあるだろうから、まあ後でもう一度謝って総務に新しいUSB支給してもらえば」
「それがそのぉ……山本課長が使ってらっしゃるの、会社のじゃなくてご自分で買ってきたものらしくて。総務部に使用許可申請もらったって言ってました」
眩暈がした。ダメになった物を見せてもらえば、支給用の地味な黒ではなくはっきりした真っ青な色だった。青鬼はここまで青なのか。いっそ病気か。わざわざ申請って。拘りが強すぎて全然共感出来ない。
「はぁ……じゃあ、今日の上がりに同じの買いに行くぞ」
「やった! 有難う御座います」
「礼を言うより、もう失敗すんなよ」
以前はしてもらうばかりだった。先輩として行動して初めて、付き合い方が見えてくる。自分が失敗した時、先輩に迷惑が掛かって申し訳なかったけれども、それは自分から先輩への反省であり、会社でどう生かしていけばいいか繋がっていなかった。
経験は財産だ。どんな些細なことでも、見聞きしただけでは足りないものが絶対にある。成功した方が良い、誰だって思う。
それでも、失敗の中にも成功はあるのだ。
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